519.屋台で、買い食い。

 夕方になって少し落ち着いたところで、子供たちを連れて屋台巡りに出かけることにした。


 『ドワーフ』のミネちゃんや、王立研究所の上級研究員ドロシーちゃんも来ているし、屋台の食べ歩きに連れて行ってあげようと思ったのだ。

 なんといってもミネちゃんは、食べるの大好きだからね。


 孤児院と行商団の子供たちも連れて、かなりの大人数になっている。


 この『セイセイの街』は、街の構造はピグシード辺境伯領やヘルシング伯爵領と同じように、マナゾン大河に向けて半円形になっていて、外壁で囲まれている。

 そしてこの街は、更に外側に半円形の外壁がある。

 荘園全体を包むように、後から外壁が追加されたのだ。

 半円形の外壁が二重に囲っている構造なのだ。


 俺たちが騒ぎに巻き込まれながら通ったのは、外側の外壁の門で、街の東側に位置した東門だ。

 そこを入ると、元々あった外壁のところは、常時開放されているので素通りできる。

 ちなみに、この元々あった外壁は、今は内壁と呼ばれているようだ。

 その門……内壁東門を入ったところから、港のある西門までの直線状の道が中央通りで、その周りに様々な商店がある。ちなみに西門は、港門とも呼ばれているようだ。

 広場もあって、屋台が出ているので、基本構造は他の市町と同じなのだ。


 孤児院がある場所は、東門に近いエリアの北側の『中級エリア』の端だ。

 街全体で見ると、北東に位置する場所だ。

 東門の衛兵詰所が比較的近いので、犬耳の少年バロン君は東門の詰所に下働きに行ったのだろう。

 西門の詰所は、かなり距離があるからね。


 屋台などがある広場は、この街でも中央通り沿いにある。

 東門前広場、中央広場、西門前広場と三カ所あるのも一緒だ。

 港のすぐ前の西門前広場が一番活気があるらしいが、歩いて行くには遠いので、今日は東門前広場の屋台を巡ることにした。


 聞いた話によると、この街はワインの生産が盛んらしく、『セイセイワイン』という名前で流通もしているそうだ。

 メインは、赤ワインらしい。

 ブドウの栽培が盛んで、ワイン以外にも食用のブドウもいろいろあるそうだ。

 品種が多く、色や味や大きさが様々あるらしい。

 今は、粒の大きい甘い品種が人気なのだそうだ。


 野菜類や穀物も幅広く作っていて、ほぼ自給できる程度の種類と生産量があるらしい。

 だが逆に特産と言えるような作物は、ブドウくらいしかないようだ。


 マナゾン大河の支流が街を通っていて、荘園の部分にはその水を引き込んだ池もいくつも作られているらしい。

 そして、その支流と池には、大量のザリガニが繁殖していて、この街の名物になっているらしい。

 この街の人は、ザリガニが大好物で、どこの酒場に行っても、茹でたザリガニが山のように積んであるらしい。

 酒のつまみの代表のようだ。


 俺が元いた世界の日本では、あまりザリガニを食べる文化はなかったが、他の国では夏の風物詩としてザリガニを好んで食べる国もあったはずだ。

 俺は食べたことはないが、結構美味しいらしいんだよね。


 広場には、ザリガニ専門の屋台も出ているらしいので、食べてみようかと思っている。


「今日も負けられない戦いが、そこにあるのです! すべての屋台が、待ち伏せているのです! でもミネは、正々堂々正面から挑むのです!」


 やばい……ミネちゃんが、早速わけのわからないフードファイターモードに突入してしまった。

 今日も全種類を制覇する気らしい。

 そして……ツッコムのも野暮ではあるが……別に屋台は待ち伏せしてないと思う……常にオープンな状態だと思いますけど……。


 俺は、孤児院と行商団の子供たちにも、以前リリイたちにあげたのと同じ『がま口財布』を渡した。

 一人五千ゴルのお小遣いも、入れてある。


 これで屋台を巡って、好きなものを買わせてあげようと思っている。

 子供たちは、『がま口財布』を貰えたことだけでも喜んでいたが、中を開けて銀貨三枚と銅貨二十枚が入っているのを見て、かなり驚いていた。

 お小遣いとしてあげるという話をしたが、みんな貰っていいのか悩んでいる感じだった。

 遠慮して、使わなそうな雰囲気だ……。

 無駄遣いする癖がついては困るけど、今まで自分の欲しいものなど買ったことがない子供たちだろうから、今日ぐらい子供らしく遠慮なしで欲しいものを買ってもらいたい。


 今日は特別だから、遠慮しないで買うようにと改めて話した。

 それでも……子供たちは少し躊躇しているようだ。

 だが、フードファイターミネちゃんが、微妙な空気を気にもとめず口火を切ってくれた。


 香ばしい匂いをさせている肉串屋台を、ロックオンしたのだ。


「クンクンクン……この匂いは……ミネを誘っているのです……。勝負を申し込まれたのです! 逃げるわけにはいかないのです! まずは、一対一で真っ向勝負なのです! おじさん、一本くださいなのです!」


 そう言って、早速肉串を買って、食べ始めた。


「もぐもぐ……お、美味しいのです! このお肉さん、中々やるのです! 適度な歯ごたえとジューシーさを合わせ持つなんて……二刀流の使い手なのです!」


 ミネちゃんはそう言いながら、美味しさを噛み締め、幸せそうな笑みを浮かべた。


 その様子を見ていた子供たちは、唾を飲み込んで、次々に肉串を注文していった。

 突然の注文フィーバー状態になった肉串屋台のおじさんは、慌てて肉を焼いていたが、かなり大変そうだった。

 ミネちゃんのおかげで、子供たちも遠慮なく買えるようになったようだ。

 少し不安なのは……子供たちが屋台で買い食いすることを、勝負か何かだと勘違いするのではないかということだ……。

 好きなものを買って、楽しんで食べるのが屋台の醍醐味なのだが……。

 買い食いは、決して勝負事では無いのだ……。


 そう思っていた矢先、ミネちゃんは、次の勝負に挑んでいた。


「この勝負は、幸せな気持ちに負けず、立て続けに口に放り込んだミネの勝ちなのです! でも、可哀想だから、リベンジを受けてあげるのです! まとめてかかってくるのです! おじさん、肉串三本くださいなのです!」


 ミネちゃんは、なぜか肉串を仮想敵として、一対三の勝負を挑んでいる……もうわけがわからない……。


 リリイとチャッピーは、健気に小さな子供たちの面倒を見ていて、肉串を食べさせてあげるために肉を小さなサイズにカットしてあげている。


 俺が渡した調理バサミを使って、小さく切ってあげているのだ。

 最初、肉をカットするのに魔法カバンから『蛇牙裂剣じゃがれつけん』を取り出したので、慌てて止めたのだ。

 子供が剣を取り出したら、大きな騒ぎになるからね……危なかったのだ。

蛇牙裂剣じゃがれつけん』は、リリイの標準武装ではないが、一応渡してあったのだ。

 他の仲間たちにも、念のために渡してある。


 ちなみに調理バサミは、ピグシード辺境伯領の『マグネの街』にある『フェアリー商会』の鍛治工房で作ってもらったものだ。

 この世界のハサミはU字型の形状のものが一般的らしい。糸切りバサミみたいなやつだ。

 俺は使い慣れたX型のハサミが欲しかったので、工房長のカジンさんに依頼したのだ。

 少し大きめだが、結構いい感じに仕上がっている。

 カジンさんが、頑張ってくれたのだ。

 今後、商品としても本格的に売り出そうと思っている。



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