518.バロンくん、特訓計画。

 怪盗と敏腕デカによる特捜コンビ……ルセーヌさんとゼニータさんは、少しぎこちない感じだが、早速『マットウ商会』の調査に出かけていった。


 丁度セイバーン家長女のシャリアさんが入ってきたが、すれ違いざまゼニータさんとハイタッチをしていた。

 そういえば二人は友人であり、飛竜仲間だということだった。


 シャリアさんは、ユーフェミア公爵を迎えに来たようだ。

 二人は、一旦『領都セイバーン』に戻るとのことだ。


 ちなみにシャリアさんは、この街で急に酒癖が悪い者が増えているという件についての調査報告もしてくれた。

 酒場を中心に喧嘩をする者が増えていて、急に酒癖が悪くなった者が増加しているのは、間違いないとのことだ。

 ただその原因については、判明しなかったらしい。

 満遍なくいろいろな酒場で、喧嘩沙汰が起きているそうだ。


 そんな報告を受け、ユーフェミア公爵とシャリアさんを見送った後、今度は『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんと人族の天才少女ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員ドロシーちゃんが現れた。

 もちろん、転移の魔法道具でだ。

 ミネちゃんの転移の魔法道具には、リリイとチャッピーの転移の魔法道具が転移先として登録してあるので、リリイたちがいるところには、どこでもやって来れるのだ。


『転移の羅針盤 百式 お友達カスタム』自体が、転移先として登録できることは、他の皆には教えないように頼んでいたが、ドロシーちゃんは完全に知ってしまっているようだ。

 大森林などユーフェミア公爵たちにまだ存在を明かしていない場所にいるときに、突然転移で来られても困る。

 そう思って、その機能を広めないようにしたいと思っていたが、なんとなく広まるのは時間の問題のような気がしてきた……。

 むしろ正式に告知して、マナーとして突然転移しないで、事前に通信で連絡を入れてから転移するという教育を徹底した方がいいかもしれない。

 今のところ、この機能を使っているのはミネちゃんだけで、必ず事前にリリイとチャッピーに連絡をしてくれているようだ。

 突然転移して来られると、トイレに入っているときに現れるという恐ろしい事態も考えられるからね。


 今度集まった時に、正式に皆に告知して、事前連絡をマナーとして徹底してもらうように話をしよう。

 そして、むしろこの機能を有効に活用した方が、ピンチのときに助けに行けたりするから、より良い使い方とも言えるだろう。


 今回も事前にリリイたちに通信が入ったので、俺はあるメンバーを一緒に連れてきてくれるように頼んでいたのだ。

 一緒に来たのは、吟遊詩人のアグネスさんとタマルさん、そして弟子入りしているギャビーさんとアントニオくんだ。


 この『セイセイの街』での『フェアリー商会』のPRや求人活動を行ってもらおうと思っている。

 ただ、実はそれ以上に頼みたいことがあって呼んだのだ。


 それは、孤児院の犬耳の少年バロンくんへの特訓だ。

 彼は衛兵になりたくて、衛兵隊で下働きをやっていたが、今はユーフェミア公爵の指示もあり、『光柱の巫女』テレサさんのマネージャー兼護衛のようなかたちになっている。


 そんなバロンくんだが、やはり強くなりたいという思いが強く、『三領合同特別武官登用武術大会』に出場したいと考えているとのことだった。


 この『三領合同特別武官登用武術大会』は未成年であっても出場できるので、予選にはバロンくんも出場するつもりらしい。


 そこで、お節介ながら家庭教師をつけてあげようと思ったのだ。

 どうせ出るなら本選に進んでもらいたいし、今後のことを考えると、強く鍛えてあげたい。

 そこでまずは、『護身柔術』をマスターさせてあげたいと思っている。

 そのための先生が、アグネスさんとタマルさんというわけだ。


 二人に直々に指導してもらえば、大会までの短い間でもかなり上達できると思う。

 猛特訓して、どこまで強くなれるか、バロンくんの特訓パートの始まりだ。


 孤児院の子たちや行商団の子たちと一緒に、『護身柔術体操』は既に始めている。

 リリイとチャッピーの指導の下、朝昼晩と楽しく体操をしているのだ。

 この基礎修練を行いつつ、実戦的な訓練をアグネスさんとタマルさんにつけてもらおうと思っている。


 そして新しく来た衛兵長のゼニータさんにもお願いして、衛兵が使う『コウリュウド式伝承武術』の基礎を教えてもらおうと思っている。


 アグネスさんたちは、快く了承してくれた。

 そしてリリイとチャッピーに久しぶりに会えて、すごく喜んでいた。

 リリイとチャッピーも、会うなり走り寄って抱きついていた。


 毎度のことながら、アグネスさんとタマルさんは、リリイとチャッピーが大好きなようで、今回も涙ぐんでいたように見えた。


 ミネちゃんとドロシーちゃんは、『光柱の巫女』テレサさんと『従者獣』の赤ちゃんパンサーたちに、興味津々のようだ。


 早速赤ちゃんパンサーたちを見せてもらい、ニヤニヤが止まらない状態になっていた。


 俺はミネちゃんとドロシーちゃんに、ロザリオを制作していることを伝え、子供たちでも石の加工が出来るような魔法道具を作ってもらえないか相談した。


 二人とも、二つ返事で了承してくれた。


 なんでも、ある程度の大きさの原材料となる石を入れると、指定した何種類かの形に自動でカットするような装置を目指すらしい。もちろん、糸を通すための穴も開けられる装置のようだ。


 普通にそんなプランを聞かされたが……めちゃめちゃ凄すぎると思うんですけど……。

 そんな加工装置が作れたら、本当に子供でも作れる!

 そんなの作れちゃうわけ……?


 ここは、二人の天才に大いに期待しよう!

 そして『フェアリー商会』用にも、頼もうと思っている。

 石を加工したアクセサリーの販売を始めてもいいかもしれないね。


 そんな話をしているところに、今度はニアが『猿軍団』の『パシリチーム』ミザ、イワザ、キカザの三匹を連れてきた。


 ニアさんの猿軍団は、『三領合同特別武官登用武道大会』の時に補助要員として活動してもらう予定だが、その練習も兼ねて中心となる三匹を連れてきたらしい。

 ここで何を練習するのかと思ったら、参拝に来ている人たちの行列の整理に当たらせるらしい。

 そして誰が作ったのか知らないが、『最後尾』と書いたプラカードを持っている。

 行列整理のお約束グッズだ。

 これを持たせて誘導させるらしい。

 そしてなぜか……ピンク色のスタッフジャンバーみたいなものを着ている。

 スタッフジャンバーの背中には『光柱の巫女スタッフ』と入っている……なんかすごく残念感が……。

 『舎弟ズ』のユニフォームもそうなんだけど……この背中に文字を入れるパターン……本当にやめてほしい。

 異世界で流行ったりしたら大変だ!


 どうも今回のこの一連の装備も、おそらく『ライジングカープ』のキンちゃんの『ランダムチャンネル』による情報だろう。

 そして、少しだけ抗議したい……スタッフであるということを明示したいなら、背中に文字じゃなくて腕章だと思う!


 それにしても、この『パシリチーム』の三匹……最初に見たときには、あんなに悪戯っ子だったのに、今は借りてきた猫のようになっている……とても不憫だ……がんばれ! パシリトリオ!





  ◇





『マットウ商会』セイセイ支店の支店長室。


「例の酒の効果は、出てきているようだなぁ」


 支店長が、部下に確認する。


「はい。酒場で暴れる者は、確実に増えています。計画通り進んでいると言っていいでしょう。しかしあの酒で住人の気性を荒くしてどうするんですか?」


「さぁな、俺にも詳しいことはわからん。それに気性を荒くしているだけではないみたいだな。もっと何か別の効果があるようだ。だが俺たち末端には、明かされない話さ。まぁ言われたことをやって、金をもらって贅沢に暮らせればいいだろう」


「そりゃそうですね。ヒッヒ」


「ちょうどこの街の近郊で武術大会をやることになったから、人が集まって好都合だ。本部からの指示だ、値段を下げてもいいから、どんどん酒場に酒を卸せ。うちから仕入れていないところも、安い値段で買わせてしまえ」


「わかりました」


「それから、本部からは怪盗ラパンに気を付けろとも言われている。ヨバーン支店とナセセイ支店がやられている」


「ここも護衛を増やしたいですね」


「そうだな。街のゴロツキを集めて頭数だけでも増やすか」


「そうしたいところですが、突然、ゴロツキどもが街からいなくなったんですよ。噂じゃ、誰かが捕まえて衛兵に突き出したとか……」


「なに……そんなことがあるはずがない。この町にゴロツキが何人いたと思うんだ。何かの間違いだろう」


「はい。もう少し調べてみますが、いずれにしろゴロツキの姿がないので、奴らを加えることは難しそうです」


「そうか……やむを得んな。当面今の護衛で十分に警戒するほかないな。特にあの酒を盗まれるようなことがあってはまずいからな……」



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