517.新しい衛兵長は、敏腕デカ。

 午後になって、ユーフェミア公爵が教会の様子を見に来た。


「これまた予想以上の人出だね……。教会までたどり着くのが一苦労だったさね」


 ユーフェミア公爵は、腕を組みながら呆れるように言った。


「はい。ユーフェミア様が事前に予想して、周辺の空き地を入手していなかったら、もっと大変だったと思います」


 俺はそう言って、改めてユーフェミア公爵の事前の手配に感謝した。


「そうだね……。ただ……もう少し整備できるといいね……」


「はい。私もそう思っていました。もう少しできることがないか、考えてみます」


「ところで、テレサはずっと祝福を授けてるのかい? あの子の体が心配だよ……」


「はい。何も言わなければ、ずっとやってしまうので、孤児院の子たちをつけて、定期的に休みを入れるようにしてもらっています」


「そうかい。それはよかった。そうだ、あんたたちに紹介しよう。昨日少し話した新しい衛兵長だよ」


 ユーフェミア公爵がそう言って促すと、黒髪ショートでそばかすが特徴的な可愛い感じの女性が前に進み出た。

 とてもスレンダーで、敏腕デカ並みの凄腕衛兵とは思えない。


「新しく赴任することになりましたゼニータ=ヘイジと申します。よろしくお願いします」


 彼女は元気いっぱいに挨拶した……というか声がめっちゃでかい。


 彼女はヘイジ準男爵家の長女で貴族令嬢なのだが、親の反対を押し切り衛兵隊に入隊し、一衛兵から努力して『特別捜査班』の班長にまで上り詰めた人だと昨日聞いていた。

 その話を聞いて、できる女刑事をイメージしていたのだが……見た感じは明るい部活少女的な感じだ。

 ただ、彼女の手腕で解決した殺人事件や窃盗事件はいつもあるらしいので、敏腕デカなのは間違いないだろう。


 ユーフェミア公爵は、この街の近郊で行われる『三領合同特別武官登用武術大会』や『光柱の巫女』の出現により活気づいているこの街の状況を説明し、衛兵隊の立て直し及び効果的な配置編成などを命じていた。


「ユーフェミア様、ご指示の通りすぐに衛兵隊の体制を整えます。ただそれとは別に、一つ懸念事項がございます。最近我が領に怪盗ラパンが現れたのをご存知でしょうか? 私の予想では、次に怪盗が狙うのは、この『セイセイの街』だと思います。この機に、怪盗ラパンも必ずや捕縛いたします!」


 突然、ゼニータさんから怪盗ラパンの話が出た。

 さすが敏腕デカだけあって、領都に居たにもかかわらず怪盗ラパンの動きを把握し、この街に現れるとまで予想している。

 素晴らしい洞察力と、逮捕に向けた熱意だ……それはいいのだが……

 その怪盗ラパンは、すでにユーフェミア公爵の仲間になっちゃってるんですけど……。


 ゼニータさんの決意を込めた宣言に、俺たち周りの人間は固まるしかなく……場の空気がしばし凍りついた。


 とても微妙な空気だ……ユーフェミア公爵も苦笑いしている。


 さて……この事実をどう伝えるのだろうか……。


 この場にいるゼニータさん以外の全員が、ユーフェミア公爵を凝視している……。

 ユーフェミア公爵は、さらに苦笑いしているが……。


「その怪盗ラパンだけどね……あんたはどう思ってる?」


「は? ……は、はい……。怪盗ラパンが盗みを働く対象は、悪徳商会や問題貴族です。ときには犯罪の証拠を盗んで、衛兵隊に届けることもあります。また可哀想な子供を盗むことで、救っているという話も存じています。ですが、盗賊です! その行いが、一時的に人の役に立っているとは言え、見過ごすわけにはいきません! 人の役に立ちたいのであれば、衛兵になればいいものを、怪盗などをやって人々にもてはやされているのは、個人的に気に入りません!」


 ゼニータさんは、ユーフェミア公爵の質問に、最初は戸惑いながらも、その意図を察知したようで、立て続けに言葉を発した。少し逆ギレ気味だ。

 どうも怪盗ラパンに対して、思うところがあるらしい。

 言葉振りから察するに、怪盗ラパンの行為が人助けになっているのはわかっているが、それでも取り締まらざるを得ないという……何か、もどかしい苛立ちのようなものを持っているようだ。


「ほほう……。はっきり言うね。あんたらしいね。その真面目な考え方も、間違っちゃいない。ただ、この世界じゃねぇ……表立って退治できない悪党もいるからねぇ……」


 ユーフェミア公爵が苦笑いしながらそう言ったが、ゼニータさんは気にくわなそうな顔をしている。

 公爵に対して不満を顔に出すとは……この人はすごい度胸があるのか……嘘をつけない人なのか……。


「ユーフェミア様、お言葉ですが、犯罪をお許しになるのですか? 私は納得できません!」


 ユーフェミア公爵に、真っ向から文句を言っている。

 ゼニータさんは、すごい生真面目な人のようだ……というか、融通のきかない熱血漢だな……。

 これは……話が面倒くさくなりそうだ……。


 ここまでの反応を見る限り、ゼニータさんには、ルセーヌさんのことは内緒にした方が良さそうだ……。


「私はねぇ……怪盗ラパンのことは知らなかったが、話を聞いてね……ファンになっちまったのさ。もともと王都を騒がせた怪盗イルジメのファンだったからね」


 なんと……ユーフェミア公爵は、犯罪捜査の最前線に立っているゼニータさんに、とんでもないこと言ってしまった。

 これ言っちゃいけないやつだと思うんですけど……。


「ユーフェミア様!」


 ゼニータさんは、顔を真っ赤にして声を荒らげた。


 てか……気持ちはわかるけど……公爵にその態度は、いくらなんでもまずいんじゃないかと思う……。


「ハハハハハハ! まぁまぁそう怒りなさんな。悪かったよ、一生懸命罪人を捕まえているあんたに対して。でもね、私は綺麗事だけを言うつもりはないんだよ。怪盗ラパンが行っている事で、助けられた人がいるのも事実。そして怪盗ラパンによって助けられなければならないということは、すなわち私の領政が行き届いてないということだ。私は大いに反省しなきゃいけないし、ある意味、補ってくれた怪盗ラパンに感謝しなきゃならない。罪人を捕まえている衛兵のあんたにとっちゃ許せないことかもしれないがね。あんたは、何のために衛兵になったんだい? 人を守るためなのか、法を守るためなのか、どっちだい?」


「そ、それは……もちろん人々を守りたいからです! ただ法を守らずして、どうして人が守れるのですか!?」


 ゼニータさんの眼差しには、抗議がこもっている。


「じゃあ訊くが……法を守っていたら、人が守れないとき、あなたならどうする?」


「そ、それは……」


 ゼニータさんは言葉に詰まった。

 彼女にも、そういう葛藤があったのかもしれない。


「あんたの言う通り、法は守られなければならない。法を守らずして、秩序は保てない。だが法だけを守ればいいのかい? 法になってなくても、人として守らなきゃいけないこともあれば、法を超えて人を助けなきゃいけないこともある。これから衛兵長になるあんたには、そのこともしっかり考えて欲しかったのさ。あんたを信頼して衛兵長を任せるんだ。法を超えたところで、人々に尽くしてほしいのさ」


 ユーフェミア公爵は、子供を諭すように優しく言った。


「はい。おっしゃりたいことが、なんとなく……わかりました。肝に銘じます」


「そうかい。それはよかった。じゃぁあんたに、改めて紹介するよ。さっき自己紹介してくれたこのルセーヌが、あんたが捕まえようとしている怪盗ラパンさね。もっとも今は、私の勅命で動く隠密だけどね」


 なんと! ユーフェミア公爵があっさり教えてしまった。

 

 ユーフェミア公爵の話を何とか飲み込んだばかりのゼニータさんが、この話に耐えられるだろうか……。

 突然、目の前にいる人間が怪盗ラパンだと言われ、今はユーフェミア公爵直属の隠密と言われても、普通は気持ちの整理などできないだろう。


 ゼニータさんは、大きく息を吸って言葉を発しようとしたが、言う前にユーフェミア公爵が手を出して止める仕草をした。

 そしてルセーヌさんを仲間にした経緯や、今までの彼女の行動について一気に説明した。

 自分から怪盗だと名乗り出て、罪を償おうとしたことも教えた。


「どうだい? まだ怪盗ラパンを捕まえたいかい? どうしても捕まえたいなら、それが正義だと思うなら、領主の私も捕まえな。素直に縛につくよ」


 ユーフェミア公爵は、説明の最後に、改めてゼニータさんの意思を確認した。

 自分も捕まえろと言うのは……少しずるい気がするが……まぁ本気さを表すためだろう。


「いえ、怪盗ラパンは消えたようです……。他に捕らえるべき悪人もおりますので、怪盗ラパンのことは忘れ、私のするべきことをします……」


 ゼニータさんは、心を落ち着けるかのように静かに言った。


「そうかい。それはよかったよ。他にも追っている悪人がいるのかい?」


「はい。実は……『マットウ商会』という新鋭の商会が、様々な犯罪に関与している可能性があります。『ヨバーン市』と『ナセセイの街』でも、怪盗ラパンのターゲットになっていますし、この街でもおそらくターゲットになるはずだったのではないでしょうか?」


 ゼニータさんはそう言いながら、ルセーヌさんを見つめた。

 さすが敏腕デカ……『マットウ商会』のことについても、当たりをつけていたらしい。


「さすがだね。実はルセーヌからも、その話があってね。この街の『マットウ商会』の調査をしてもらっているのさ。これからは、あんたたち二人が組んで、『マットウ商会』を調査したらいい。ハハハ、面白い特捜チームができそうだね!」


 ユーフェミア公爵はそう言うと、豪快に笑った。

 この人……もはや楽しんでしまっている。

 俺だったら、怖くて絶対に組ませられないコンビだけど……。


 そして、その二人は、気まずそうな顔をしている。

 大丈夫だろうか……。


 だがユーフェミア公爵は、そんな二人の様子など気にも止めず、無言の圧で返事を促した。


「か、かしこまりました。ユーフェミア様」

「ご、ご指示を承りました……」


 ルセーヌさんとゼニータさんが、微妙な感じで返事をした。


 怪盗と敏腕デカの特捜コンビが誕生してしまったようだ。



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