512.突然の、告白。

「やっぱり神託にあった『桃色の勇獣の子』というのは、この子たちで間違いなかったようだね。親たちまで霊獣になっちまうなんて、凄いことになったもんさね。それにしても……『従者獣』の名付け親になるなんてね。嬉しいね……」


 ユーフェミア公爵はそう言って、笑みをこぼした。


『従者獣』となった赤ちゃんパンサーたちは、スヤスヤ眠っている。

 まぁ『従者獣』になったとは言え、生まれたての赤ちゃんだし……当分の間は、お乳を飲むことと寝ることが仕事だろう。


「さて……これからどうしたもんかね……。この子たちが『従者獣』になったということは、テレサのそばで守るという使命だと思うが……今はまだ赤子だしね……。それに、この子たちの親は、『花色行商団』の一員でもある。テレサのそばに残るというのも難しいだろう……」


 ユーフェミア公爵は、顎に手を当てながら考えている。


 確かに……今後どうするかは結構難しい問題だ。

 『花色行商団』の人たちは、各地を渡り歩くのが仕事だから、ここに留まることはできないはずだ。

 そうなると、この赤ちゃんパンサーたちはテレサさんの側に居れないことになる。

 まだ赤ちゃんだから、親から引き離すわけにはいかないからね。


「ユーフェミア様、実は……お話ししたいことがございます」


 団長のルセーヌさんが躊躇しつつも、何かを決意したような顔をしている。


「なんだい? 遠慮せずに言ってみな」


「実は……私は……ユーフェミア様に……ほ、惚れてしまいました! も、もう我慢できません! すべてを……委ねます……」


 ルセーヌさんが、突然跪いてそんなことを言った。


 え! ……なにそれ!?

 これってまさか……百合的な展開じゃないよね……?


 ユーフェミア公爵も一瞬ドキッとしたようで、言葉が出なかった。


「あ、あの……変な意味ではなくて……そのお人柄に感服いたしました。人として、貴族様として、領主様として、尊敬しているという意味です。師匠の他にも心から尊敬できる人に出会えるとは思いもしませんでした。ユーフェミア様を信じてお話しいたします。実は……私は罪人です。私はどうなっても構いません。仲間たちと子供たちは無関係です。どうか寛大なご処置をお願いします」


 ルセーヌさんの突然の告白に、仲間の女性たちがどよめいたが、ルセーヌさんはすぐに手を挙げて落ち着かせた。

 女性たちもルセーヌさんの気持ちがわかったようで、無言でうなずき落ち着きを取り戻した。

 子供たちは、何が起きたかわからないような顔をしている。


「わかったよ。話が何であれ、他のメンバーや子供たちのことは、誠意を尽くした対応をするよ」


「ありがとうございます、ユーフェミア様。あ、あの……ユーフェミア様は……怪盗ラパンをご存知ですか?」


 ルセーヌさんは……突然そんなこと言った。

 怪盗ラパン……? ……怪盗ルパン的なやつ……?


「ああ、知ってるよ。私の下にも報告が上がっている。我が領にも現れたらしい。隣のコバルト侯爵領を騒がせていた盗賊だね。義賊とも言われて人気が出ているらしいね。最近になって、我が領の『ヨバーン市』と『ナセセイの街』にも現れたようだ……」


 ユーフェミア公爵によると、怪盗ラパンというのは『コウリュウド王国』を騒がせている盗賊らしく、最近ではセイバーン公爵領の西隣にあるコバルト侯爵領の全域に出没していたそうだ。

 それがついに、セイバーン公爵領にも現れたとの報告が上がっていたらしい。


 ただユーフェミア公爵の口振りからすると、あまり脅威とは感じていないようだ。

『正義の爪痕』の問題が大きいから、それに比べれば、盗賊は脅威ではないのかもしれない。

 それに怪盗ラパンは、どうもただの盗賊ではなく義賊のような活動をしているようだ。

 もっとも、俺が思っている義賊とも若干違うようだ。


 普通の義賊は、悪徳商人や悪徳貴族からお金や食べ物を盗んで、貧しい人に与えるイメージだ。

 ヘルシング伯爵領の『サングの街』で、義賊だったスカイさんたちが行っていたような活動だ。


 怪盗ラパンも同じような活動もしてるようなのだが、そもそも盗むものが変わっているらしい。

 それは……奴隷として売られそうな子供や、捕獲された珍しい動物や、犯罪の証拠などを盗んでいるようなのだ。


 盗まれた人や動物はどこかへ消え去り、犯罪の証拠は衛兵隊の詰所などに、いつの間にかもたらされているらしい。

 この証拠によって、何人もの悪人や悪徳商人、問題貴族が捕まっているのだそうだ。

 衛兵隊が腐敗していて、証拠を握り潰したり、正常に機能していないときは、衛兵隊の食料などを奪い人々に配ったこともあったらしい。


 人々の間では、怪盗ラパンから被害を受けた者は、何か後ろめたいことをしていると思われるほど、盗む相手を厳選しているらしい。

 それゆえに、人々からの人気も高いようだ。

 ある意味……影の警察的な感じなのだろう。


 ヘルシング伯爵領の『サングの街』のスカイさんたちも、今は義賊をやめて、『闇影の義人団』として陰ながら人々を守る活動をしている。

 怪盗ラパンは、どうもそれと同じようなことをしているようだ。


 それにしても……スカイさんたちといい……なにか……義賊が流行っているのだろうか……。

 まぁ地位も権力もない人が、何かを正したり誰かを救おうと思って、義賊的な行動に走るのはわからなくもないが……。



 それにしても……どうして突然ルセーヌさんから怪盗ラパンの名前が出たのか……


 あれ……ユーフェミア公爵は、少しニヤけながら大きくうなずいている。

 何かを察したようだ。


「ユーフェミア様……怪盗ラパンは……私なのです。盗賊として、多くのものを盗みました。どうぞ厳罰に処してください。そのかわり……私の仲間たちと子供たちを保護していただきたいのです。『花色行商団』は解散いたします。それゆえに、テレサさんにグッドたち親子を仕えさせることも可能です」


 なんと……ルセーヌさんが怪盗ラパンらしい。

 突然のカミングアウトだ!

 でもなんでわざわざ……

 グッドたちをテレサさんに仕えさせるためなら、普通に預けて自分たちは去ればいいのに……。


「ほほう……やっぱり、あんたが怪盗ラパンなんだねえ……」


 ユーフェミア公爵が笑みを浮かべた。

 てか……気づいてたってこと?


「え……気づいてたのですか?」


 ルセーヌさんも衝撃を受けている。


「いや、確信があったわけじゃないさ……。ただあんたたちがセイバーン領に来てから訪れた二つの市町と怪盗ラパンが出没した市町が一緒だったからね。なんとなく、そんな気がしたって程度さね。勘が働いたってやつさ。それにしても、なぜ急にそんな告白をするんだい? 義賊といっても、盗賊には違いない。捕まれば、間違いなく奴隷落ちで強制労働だ。場合によっては死罪だってあり得るんだよ」


「わかっています。なぜか……もう怪盗として仕事をする必要はないと思ってしまったのです。ユーフェミア様のお人柄に触れたからかもしれません。私が怪盗を続けている限り、一緒に旅する仲間たちや子供たちが危険に巻き込まれる可能性があります。ユーフェミア様なら、私の代わりにお守りくださると感じてしまったのです。不躾で勝手なお願いなのはわかっていますが……」


 ルセーヌさんは、涙を浮かべ言葉を詰まらせた。


「行商団の仲間や子供たちは、あんたが助け出した者たちかい?」


「は、はい、そうです。助け出した人たちの中で、行くあてのない者や再度危険が及びそうな者がここにいる者たちです」


「仲間や子供たちが安全に暮らせるなら、行商をして渡り歩く必要もないし、怪盗としての活動もやめるってことかい?」


「はい、そうです。師匠からも続ける必要がないと思ったら、いつでもやめなさいと言われています。怪盗として動くには、守るべきものが多くなりすぎました……」


「ほほう……もしや……あなたの師匠っていうのは……怪盗イルジメかい?」


「は、はい! なぜ……それを……。師匠は、事実上引退したようなものです。師匠の居場所などは、どうかご容赦ください」


「安心しな。イルジメを捕まえようとは思ってないよ。居場所を教えろなんて言わないから。ただ怪盗ラパンは、怪盗イルジメの流れを汲んでいるんじゃないかと思って、訊いただけさね。やってることが似てるし、ただの模倣犯とも思えなかったからね。実は私は……怪盗イルジメの大ファンさね。イルジメのおかげで、何人もの悪党を捕まえることができている。ここだけの話、国王もイルジメのファンだよ、ハハハ」


 ユーフェミア公爵は、悪戯っぽく笑った。

 国王と公爵が、怪盗のファンとか言っちゃっていいのだろうか……。


「ルセーヌ、あんたはこれからどうしたんだい?」


「私はただ……仲間や子供たちが安全に暮らせればいいと思っています。一人でも多くの人を救えればと思っていましたが、私にできることには限りがあります……。ユーフェミア様のような為政者がいることもわかりましたので、罪を償いたいと思います」


「ルセーヌ、あんた私に丸投げする気かい? あんたも見ただろ、この街のあの衛兵の有り様を……。私一人がいくら頑張ったってね、やれることには限界があるんだよ。あんたも心意気を持って怪盗を引き継いだんだろう! それを簡単に辞めるつもりかい?」


 またユーフェミア公爵が衝撃発言をしている……。


 窃盗という罪を犯した罪人が自首してきているのに、やめないように説得しちゃってる。

 普通で考えたらありえないと思うんですけど……。


 もうこの展開が滅茶苦茶すぎて……思考が混乱してしまう。

 ただ心情的には共感できるけどね……。


「し、しかし……」


 ルセーヌさんも、言葉が出ないようだ。


「あんたはこの告白をする前に、私に全てを委ねると言ったね……。いいだろう。あんたには、自首させないよ。ルセーヌ、お前を私のものにする!」


 ユーフェミア公爵は、なぜか……めっちゃ男前な感じでそう言った。


 そしてなぜか……ルセーヌさんが頬を赤く染めている。

 これってやっぱり……百合展開なの……?

 てか……そういうお話なわけ?


 たぶん違うとは思うが……。

 というか……そう信じたい。

 二人とも表現の仕方とかが、まぎらわしすぎるんだよ!


「は、はい。師匠もユーフェミア様なら許してくださると思います……」


 え、この展開まだ続くの……?

 ルセーヌさんも、ここでうっとりしちゃうのやめようよ……。


「心配しなさんな。もちろん私の仲間として働いてもらうという意味だからね。だから勝手に自首する事は許さないよ。人々のために働いてもらう。怪盗ラパンは、この私ユーフェミア=セイバーンが責任を持って庇護下に置く。人々の役に立つことで、罪は償ってもらう。いいね、ルセーヌ?」


「はい、ユーフェミア様、全力でお仕えいたします」


 ルセーヌさんは、相変わらず乙女な顔になっているが……深く考えるのは、やめることにしよう……。



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