504.豹の赤ちゃん、誕生。

 俺たちは、『花色行商団』のルセーヌさんの後について、彼女たちの馬車に駆けつけた。

 馬車は、守護屋敷の厩舎の近くに停車してあった。

 三つある大型馬車のうち、荷物を積んでいない乗用の馬車の後ろの扉が開いている。

 近づくと、中にはピンク色の大きな豹が横たわっていた。

 俺の知っている一般的な虎よりも大きい感じだ。

 体長は、二メートル以上ありそうだ。

 横たわっているのでわからないが、おそらく体高も一メートル五十センチ以上はありそうだ。


 虎耳の女の子ラムルちゃんが「生まれる」と言っていたのは、このピンク豹『メガピンクパンサー』の赤ちゃんのようだ。

 馬車の扉付近には、左前足を失っているもう一頭の『メガピンクパンサー』が心配そうに立っている。

 この子がお父さんなのだろう。


「ラック、大丈夫?」

「ラック、がんばって!」

「「「がんばって!」」」


 ラムルちゃんに続いて、子供たちが声をかける。


 ラックと呼ばれた出産間近の『メガピンクパンサー』は、一緒に来た俺たちを一瞬見たが、特に警戒することもなく出産の体制に入った。


 俺は、元の世界にいた時に飼っていた猫の出産に立ち会ったことがあるが、初産で三匹中三匹とも逆子で、かなり大変だったことを思い出した。

 まぁ大変だったといっても、俺は頑張れと応援するだけで、何もできなかったけどね。


 出産中のラックに余計な負担がかからないように、俺たちは少し離れたところで見守ることにした。

 近くには、いつも一緒にいる行商団の人たちだけの方がいいだろうと思ったのだ。



 少しして、最初の赤ちゃん豹が生まれて、その後は立て続けに生まれた。

 あまり時間をかけずに、三匹の赤ちゃん豹が無事誕生したのだ。


 俺の知っている猫の出産は、かなり時間がかかった。

 一匹産んだ後、しばらく時間をあけてもう一匹を産むという感じだった記憶がある。

 この『メガピンクパンサー』は、あっという間に出産を終えてしまった。


 ラック母さんを刺激しないように、そっと覗かせてもらったが、めちゃめちゃ可愛い赤ちゃん豹だった。

 毛が乾いて、モフモフ状態になったら……想像しただけで、ニヤニヤが止まらない。


 ニアとリリイとチャッピーは、感動と興奮が抑えられず、行商団の子供たちと一緒に近くで見ている。

 ユーフェミア公爵も、優しいお母さんの顔になって見つめている。

 というか……デレッとしてしまっている。

 これまた……さっきまでの厳しさとのギャップが大きく……美魔女のギャップ萌え攻撃に、俺の心はキュンとなってしまった……。



 そんな俺たちのところに、衛兵隊で下働きをしている犬耳のバロンくんがやってきた。

 衛兵隊の班長を、連れてきたようだ。


 門前での騒動の時に駆けつけて、最初に謝罪してくれた班長だ。

 あの時、ユーフェミア公爵に指示されて、守護と衛兵長を呼びに行ってくれたのだが、用件を終えた後、衛兵隊に戻ってしまっていたのだ。

 ユーフェミア公爵は、班長とも話をしたかったらしく、一緒に守護屋敷に来たバロンくんに指示をして、迎えに行ってもらったのだ。


「ユ、ユーフェミア様、は、班長を、お、連れいたしました」


 バロンくんが、緊張しながら報告をする。


「わ、私に御用でしょうか」


 班長は片膝をついて頭を下げた。


「いや、あんたにも少し話を聞こうと思ってね。あんたは衛兵としての心構えを、ちゃんと持っているようだ。その点については、褒めてあげるよ。あの馬鹿者は、あんたの部下なのかい?」


 ユーフェミア公爵はそう言って、班長と話し始めた。


 班長さんは、名前をモルタさんというらしい。


 あのゲス衛兵は、港門の衛兵だったらしいが、十日前に東門に配置換えされたらしい。


 港門でも問題を起こしていたらしく、東門に移されたようだ。


 そんな話から総合すると、モルタさんはまだゲス衛兵を預かったばかりで、問題行動を放置していたという感じではないようだ。

 ただ、港門で問題を起こしたのに、厳正に対処せず配置換えで済ませた衛兵長の判断は、問題ありといえるだろう。

 まぁ彼の立場からすれば、守護の口利きでの採用だったし、最下級の騎士爵とはいえ貴族の子息なので思い切った対策が取れなかったのかもしれない。

 いわゆる忖度というやつなんだろうが……。


 ただそんなことではダメだろうし、おそらくユーフェミア公爵が嫌うことのはずだ。

 衛兵長は、完全に判断を誤ったようだ。


 ユーフェミア公爵は、それ以外にも衛兵隊の実態やモルタさんが普段どう思い、どう考えているのかなど色々聞き出していた。


 まぁ聞かれているモルタさんは、汗ダラダラで少し可哀想だったけどね。


 一通りの話が終わると、今度はバロンくんとの話になった。


 バロンくんはさっきも少し聞いたが、衛兵になりたくて、衛兵隊で下働きをしているとのことだった。


「バロン、キミはなかなか見込みがあるよ。でも、なんで衛兵になりたいんだい?」


 ユーフェミア公爵は、緊張がほぐれないバロンくんに優しく話しかけた。


「そ、それは……守りたいからです。悪い奴をやっつけて、弱い人を守りたいんです……」


 緊張が続いているせいか、言葉に力はないが、目には強い意志が宿っている。


「そうかい。いい衛兵になってくれそうだね。その心意気があれば、衛兵はもちろん、騎士にだってなれるさね」


 ユーフェミア公爵が、優しく頭を撫でてあげた。


「ほんとですか!? 僕でも騎士になれますか? セイリュウ騎士になりたいんです!」


 バロンくんは感激し、急に言葉に力がこもった。

 騎士という言葉に食いついたようだ。

 前にユーフェミア公爵が、騎士は男の子が憧れる職業の一つだと言っていたが、バロンくんも憧れているようだ。


「ああ、もちろんさ。どうせなら、衛兵と言わず『セイリュウ騎士団』に入ることを目指しな。セイリュウ騎士には、身分なんて関係ない。戦う力と守る心があれば、きっとなれるよ!」


「はい。わかりました。がんばります!」


 バロンくんの顔が、高揚して、なんだかキラキラしているように見える。


「そうさね……しばらくは、衛兵隊の下働きは休んで、このシンオベロン騎士爵のもとで、働きながら武術を学びな。これから、この街の近くで大きなイベントをやるんだ。その手伝いをするといい。いろいろ勉強になるはずだ」


 ユーフェミア公爵は、突然そんなことを言って、俺の方に顔を向けた。


 なんか……すごい無茶振りをされた気がするが……。

 まぁいいけどね。

 このバロンくんは見込みがあるし、応援したくなる子だからね。


「はい。わかりました。ありがとうございます。必ず立派な騎士になって、ユ、ユーフェミア様のお役に立ちます! シ、シンオベロン閣下、よ、よろしくお願いします」


 バロンくんは声を震わせながら、ユーフェミア公爵に礼を言うと、俺の方を向いて、右の拳を左肩に当てる衛兵の敬礼をした。


「悪いけど、この子をちょっと鍛えてやっておくれ。武道大会まででもいい。『護身柔術』だけでもいいよ」


 ユーフェミア公爵に改めて頼まれて、俺は首肯した。


「バロンくん、じゃあよろしくね。お父さんとお母さんにも、話をしないとね」


 俺は、改めてバロンくんに挨拶をした。

 そして親御さんに、しっかり話をしておかないといけないと思う。



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