500.ゲスな、衛兵。

 『コロシアム村』建設予定地の確認を終えて、俺たちは近くの『セイセイの街』に行くことにした。

 飛竜たちと飛竜船は、この場所で待機してもらうことになっている。

 『アメイジングシルキー』のサーヤには、軍団集めのために『エンペラースライム』のリン達を迎えに行ってもらい、その後様々な手配をしてもらうことにした。



 のんびり歩きながら、『セイセイの街』に向かっている。

 歩くとかなり距離があるのだが、たまにはこういうのもいいだろう。


 リリイはユーフェミア公爵と、チャッピーはシャリアさんと手をつないで、楽しそうに歩いている。


 そしてなぜかニアは、俺の肩に止まって頭に寄り掛かっている。


 『セイセイの街』の外壁の東門に近づくと、人だかりができていた。


 どうも行商団の代表と門番の衛兵が、もめているようだ。


「ほんとに女だけの行商団なのか? それにしても、いい女が揃ってるじゃないか……子供も多いなぁ……」


 二十代前半くらいの衛兵が、舐め回すように行商団代表の女性を見ている。


「早く通してもらえませんか?」


 行商団代表の女性は、努めて冷静に受け答えをしているようだ。

 女性は二十五、六くらいに見える細身の長身美人だ。

 胸のあたりまで伸ばした黒髪が、さらさらと風に揺れている。


「ダメだ! 荷物を検めないと、通すわけにはいかーん! 最近は『正義の爪痕』なんていう犯罪組織も暗躍してるんだ。怪しい者を入れるわけにいかない。危険な旅を女と子供だけでできるなんて、おかしいだろ! 何を隠してる? さっさと言え!」


「ですから、ほんとに私たちだけです。積荷も確認したじゃないですか!」


「すべて見たわけではなーい! 怪しいゆえ、全部の積荷を検める。まぁそれが嫌なら、特別に通してやらないこともないがな……ヒッヒ」


 どうも門番の衛兵が難癖をつけて、金品を要求してるっぽいけど……。


 一緒に見ているシャリアさんは、怒りに震え駆け出そうとしたが、ユーフェミア公爵に腕を掴まれ止められた。


「シャリア、もう少し様子を見よう。これが現実だ。我らの力の及ばなさを直視しよう……」


 ユーフェミア公爵は、拳を握り怒りをぐっとこらえているようだ。


「どういうことですか? お金をよこせということですか? 通行税はすでに払いましたけど……」


 行商団代表の女性が、冷静に衛兵に詰め寄っている。

 行商団を率いているだけあって、中々肝がすわっているようだ。


「な、何を馬鹿なことを言ってる……。金をよこせなんて言ってない! ただ楽に通りたければ、相談に乗ってやると言っただけだ……」


 衛兵は、顎を摩りながら薄ら笑いをしている。

 建前は違うと言っているが……暗によこせと言っている感じだ。


 ドラマなんかで良く見る木っ端役人そのものだ。

 やられ役感がハンパない……。

 清々しいくらいの木っ端役人キャラだ。


「セイバーン公爵領には、お金を要求するような恥知らずな衛兵はいないと聞いていましたが、さすがのユーフェミア公爵様も、この小さな街までは目が届かないようですね」


 行商団代表の女性は、衛兵に見下すような、憐れむような視線を向けた。


「な、なにを! 貴様! 生意気な口を、覚悟しろ! 隅々までじっくり調べるからな!」


 そう言うと衛兵は、部下と思われる二人の若い衛兵に指示を出して、積荷を乱暴に開け始めた。


「やめて!」

「お姉ちゃんをいじめないで!」

「僕たちは、何も悪い事してないよ!」

「やめて! やめて!」

「いじわるしちゃダメ!」


 行商団の子供たちが、一斉に出てきて衛兵の前に立ちはだかって、手を広げた。


「ガキはひっこんでろ! 痛い目にあうぞ!」


 なんと! 衛兵は子供たちを怒鳴りつけた。


 コノヤロウ! ……もう許せない!


 俺は瞬間、体が動いてしまった。


 子供たちと衛兵の間に割って入っていた。

 このゲス衛兵が俺のスイッチに触れたせいで、思わず飛び出してしまった。


 だが、俺はすぐに冷静さを取り戻した。


「ふう……子供を怒鳴るなんて、正気ですか?」


 俺は、大きく深呼吸をして、怒りを抑えながら冷静な口調を心がけた。


「な、なんだと! 貴様どこから来た? こいつらの仲間だな!」


「なんで、子供を怒鳴ったんですか?」


「うるさいやつだなぁ! 邪魔だからだよ!」


「子供は怒鳴っていい存在じゃない! 慈しむべき存在だ! 衛兵のくせに、そんなこともわからないのか!」


 冷静に話そうと思っていたのだが、イラッとしてしまい、軽く怒鳴ってしまった。


「な、なんだと!」


 ゲス衛兵は、一瞬ブルっと体を揺らしていたが、気を取り直して俺の胸ぐらをつかもうとした。

 だが俺は、くるりと体を躱した。


「なぜこの方たちの積荷を、全て調べる必要があるのですか? この後には、まだ人がいっぱい並んでいます。日が暮れるまでに、中に入れない人も出るんじゃありませんか?」


「うるさい奴だな、怪しいから丁寧な仕事をしてるだけだ!」


「なぜ怪しいのでしょう? 私には、難癖をつけて金品を要求しているようにしか見えないのですが……」


 俺は、後ろの方の人にも聞こえるように、声のボリュームを大きくしてはっきり言ってやった。


「なんだと! こいつらは、女と子供だけの行商団なんだ! 女と子供だけで、行商なんかできるわけないだろ!」


「なぜ決めつけるのですか? 女性は弱いと言いたいようですが、この領の領主も女性だったはずですが……」


「ふん、知ったことか! 領主なんて家柄でやってるのさ。女の身で、なにができるってんだ!」


 あーあ……言っちゃった……こいつ終わったな……。

 今の発言、絶対ユーフェミア公爵にも聞こえていたはずだ。

 こいつの命はないかもしれないな……まぁ自業自得だけどね。

 それにしても、この世界では、男尊女卑的な考え方があるのはわかっていたが、改めて目の当たりにすると、胸くそ悪くなる。

 こいつを殴りたい衝動を抑えるのが、本当に大変だ……。

 さて……どうしてやるか……


「じゃぁもし、女の子に負けたら土下座して謝罪してくれますか?」


「はあ! 馬鹿なこと言ってんじゃねー! 女しかも子供に負けるわけねーだろ!」


「じゃぁ、私の仲間の女の子と戦って、もし負けたら土下座してくださいね」


「ヒッヒ、死んでも知らねーぞ! 俺が勝ったらお前の全財産を貰うぞ! いいな!」


 衛兵は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 こいつ、やっぱり金か……ゲス野郎が!


 本当は子供を巻き込む事はしたくないが……こいつの心をコテンパンにへし折るために、今回は特別だ。

 俺は、リリイとチャッピーの方に顔を向けた。

 二人は、以心伝心で俺の意図を理解したらしく、超高速のじゃんけんをしている。

 どっちが相手をするかを決めているようだ。

 壮絶なアイコの末、チャッピーが勝ったようだ。


 リリイは、一瞬悔しそうな顔したが、チャッピーをハイタッチで送り出した。


 チャッピーが、ニコニコしながら歩いてくる。


「チャッピー、わかってると思うけど、殺しちゃダメだからね」


 俺は、あえて衛兵に聞こえるように言った。


「わかってるなの〜。子供をいじめる悪い大人は、 やっつけちゃうなの! でも、八割カットで行くから大丈夫なの〜」


 チャッピーは胸を張ってそう言った後、『足枷のアンクレット』の調整をした。


 訓練用の魔法道具『足枷のアンクレット』は、任意にステータスを低減できるのだ。

 八割カットって言ってたけど……下げすぎじゃないかな……。

 レベル10程度のステータスになっちゃうと思うんだけど……。


 でもそこまで落として、思いっきり戦いたいのかなあ……。

 まぁ任せてみよう。


 念のため、このゲス衛兵を『波動鑑定』すると、レベル18だった。


 やっぱり、チャッピー能力落としすぎじゃないかな……。


 俺の若干の心配をよそに、チャッピーはやる気満々のようだ。

 ボクシングのようなスタイルで、両手を胸の前に出して構えた。


 体術で戦うらしい。

 おそらく『護身柔術』で戦うのだろう。


 衛兵もさすがに剣は抜かないようだ。


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