501.謝る、器量。

 ゲス衛兵は、チャッピーを捕まえようと、手を伸ばす……


「えーいなの〜」


 チャッピーの場違いなほどの、のんびりな言葉とともに、ゲス衛兵が宙を舞った。

 ゲス衛兵は、チャッピーを捕まえようとする動作をそのまま利用され、体捌きで空中に放り投げられてしまったのだ。


 あれは『護身柔術体操』の中にも組み込まれている基本の体捌きだ。


 見ていた先程の子供たちや、他の旅人から歓声が上がる。


「な、生意気な小娘め、もう手加減はしないからな!」


 ゲス衛兵は、今度は全力で殴りかかってきた。


「ひらりなの〜」


 ——ボンッ、ズズズズズ


 チャッピーは流れるような動きで拳をかわすと、足をひっかけ転倒させた。

 ゲス衛兵はつんのめり、そのまま顔から地面に倒れこんだ。


 顔全体をすりむくとともに、鼻血を出したようだ。


「お、おのれ!」


 ゲス衛兵は激昂し、なんと剣を抜いた!


 こいつ、子供に剣を抜くのか! 本当にゲス野郎だ!


「やめろ!」


 大きな叫び声が聞こえ、その方向を見ると中学生くらいの男の子が全力で走ってきた。

 犬耳の少年が木の棒を持って、決死の形相をしている。

 犬の亜人のようだ。耳は垂れ下がったタイプの耳だ。

 おそらく勇気を振り絞ってきたのだろう。少し震えている感じだ。


「バロンか! ひっこんでろ!」


 ゲス衛兵の知り合いのようで、怒鳴りつけている。


「いえ、ひっこめません! 子供になんてことをするんですか! 剣を抜くなんて! 衛兵の剣は守るための剣のはずだ!」


 バロンと呼ばれた少年は、勇気を振り絞るように声を張り上げた。


「うるさい! また殴られたいのか! 立てなくしてやるぞ!」


「僕の事はいくら殴ってもいい! だから子供に剣を振るなんて、やめてください! 衛兵のすることじゃない!」


 バロン君は、泣きながら抗議している。

 この子は……なかなかに見込みがある。


「うるさい! その口を開けなくしてやる!」


 ゲス衛兵は怒鳴りながら、剣を振り下ろした。


「チャッピーは、大丈夫なの!」


 チャッピーは、そう言いながら素早く移動すると、犬耳少年に振り下ろされるゲス衛兵の肘を、ジャンプして蹴り上げた!


 ——ゴキッ


 ゲス衛兵の肘は、反対側に折れ曲がってしまった。

 完全に骨が折れたようだ。


「ごめんなさいなの〜。加減をちょっと間違えちゃったなの〜。すぐに治療するなの〜」


 チャッピーが、焦った顔になっている。

 あの犬耳の少年を助けようと、ちょっと焦って力の加減を間違えたようだ。

 いや……多分……力の加減を間違えたんじゃないな。

『足枷のアンクレット』も使っていたし、本気の動きでも大丈夫だったはずだ。

 チャッピーもそう思っていたはずだし。

 おそらく……技のキレが良すぎたんだろう。

 クリーンヒットしすぎてしまったようだ。

 いわゆるクリティカルヒット状態だ。

 敢えて言うなら、力の加減じゃなくて当て所を間違えたというか……的確すぎたということだろう。

 これは完全な不可抗力だよね。


「うぎゃああああああ!」


 ゲス衛兵は、悲鳴をあげている。


 チャッピーは、すぐに魔法カバンから『身体力回復薬』を出して、かけようとしたが、俺が止めた。


「チャッピー大丈夫だよ、後は俺に任せて」


 少ししょんぼりしたチャッピーの頭を撫でてあげて、わざとじゃないし何も問題ないと言ってあげた。


「ぐあああ、お、おのれ……ただで済むと思うなよ! お前たち、何をしている! 早くこいつらを捕まえろ!」


 ゲス衛兵は、ぼう然と見ていた若い二人の衛兵に怒鳴り散らした。


 若い二人の衛兵は、どうしていいかわからず、固まってしまっているようだ。

 この子たちも、先輩に強要されている状態で、どうしていいかわからないのだろう。

 だが厳しく見ると……今のところ……衛兵としての資質は感じられない。

 さっきの犬耳少年の方が、よほど衛兵らしい気概を持っている。


「どう見ても、あなたの負けでしょう。約束通り、この人たちに、土下座して謝ってください」


 俺は、ゲス衛兵に追い打ちをかけた。

 それに、約束は約束だからね。


「なに! 貴様! 何を言っている! 許さぬぞ!我は騎士爵家の人間だ! 貴族なのだ! 報いを受けさせるからな!」


「どこの誰かは関係ありません。約束は約束です。謝ってください」


「知るか! 早くこいつを捕えろ!」


 ゲス衛兵は、痛みを忘れたかのように怒鳴りまくっている。

 そしてこいつは、約束を守る気は全くないようだ。


「なんだ! 何事だ!」


 門の方から叫び声がして、今度は三十代くらいの衛兵が走ってきた。


「は、班長! 」


 固まっていた二人の若い衛兵が、すがるような声を出した。


「いったい、どうしたのだ?」


 尋ねた班長に、二人の衛兵は必死に事態を説明していた。


「大体の話は、聞きました。うちの馬鹿な兵が大変なご迷惑をかけしたようです。申し訳ありません」


 班長と呼ばれた衛兵は、俺の前に来て頭を下げた。

 少し意外だった。

 俺が、どこの誰かはわかっていないはずなので、事の成り行きだけを聞いて即座に謝ったようだ。

 中々できることではない。

 ただ、もしかしたら……あのゲス衛兵は普段から素行に問題があって、今回の話もすぐに納得がいったのかもしれないけどね。


「いえ、私は、約束通りこの衛兵に謝ってもらいたいだけです。それに謝るのは、こちらの行商団の皆さんに対してです」


 俺がそう言って、改めてゲス衛兵の方を見ると……


「なぜ俺が謝る必要がある! お前たちは、衛兵に楯突き怪我をさせのだ! 班長、こいつらを捕まえてくださグボッ」


 ゲス衛兵がまだ言い終わらないうちに、班長の鉄拳制裁が顔面に炸裂した。


「本当に申し訳なかった。私が謝ります」


 班長は、俺に向かって土下座した後に、行商団の人たちの方に行って土下座した。

 衛兵にとって土下座は、かなり抵抗があると思うが、この班長はそれができる器量がある人のようだ。


「やめてください。あなたに謝ってもらっても、しょうがありません」


 俺はそう言って、班長を立たせようとしたが……


「いえ、部下の責任は、私の責任です。深くお詫びいたします」


 班長は、改めて深く頭を下げた。


「あの……私たちはもういいですから、問題がないなら街に入れていただけると助かります。後ろの人たちも迷惑しているでしょうから」


 行商団の代表の女性はそう言うと、少し微笑んでくれたようだ。


 そこに、ユーフェミア公爵とシャリアさんが、ゆっくりと歩いてきた。


 二人とも怒りのオーラをまとっている感じだ……。


 行商団の人たちの前にくると、静かに立ち止まった。


「私は、このセイバーン公爵領の領主ユーフェミア=セイバーンです。我が兵が大変な失礼を働きました。深く謝罪いたします」


 なんと、ユーフェミア公爵が名乗って謝罪をしてしまった。

 しかも、片膝をついている。

 シャリアさんも同じ姿勢だ。


 これには俺も驚いた。

 まさか領主が公衆の面前で謝罪をするなんて……。

 ただ、俺的にはさすがだと思った。

 ユーフェミア公爵が、また好きになってしまった。


 だが周りは大変な感じだ。

 場が一瞬にして静まり返って、変な静寂に包まれている。


 みんな、驚きのあまり固まっているのだ。

 謝罪を受けた行商団の人たちも、ただ口をパクパクさせているだけだ。


 そしてあのゲス衛兵と若い衛兵二人は、ぐったりしている。

 口から泡を吹いているっぽいけど……気絶してしまいそうな感じだ。

 そして班長と呼ばれていた衛兵も、顔面蒼白になっている。


「あんたは、まともな衛兵のようだね。この行商団の皆さんを守護屋敷の別館にご案内しな。そして、守護と衛兵長をすぐに呼びな」


 ユーフェミア公爵からの指示を受け、班長は引きつりながら「はい」とだけ言って走っていった。


 守護屋敷に案内されそうな行商団の皆さんは、当然断ることなど出来ず、黙って聞いていた。

 ちょっとかわいそうな気もするが……ユーフェミア公爵としては改めてお詫びをしたいのだろう。

 そしておそらく……色々と話を聞きたいのではないだろうか。

 実は俺も、女性と子供だけの行商団というのは……何か訳ありな気がして、少し話を聞いてみたいと思っていたんだよね。


「坊主も偉かったね。衛兵になりたいのかい?」


 ユーフェミア公爵は、今度は勇気ある犬耳の少年に声をかけた。


「は、はい。ぼ、ぼぼ、ぼくは、衛兵になりたくて、下働きをさせてもらってます」


 犬耳の少年バロン君は、カチンコチンになって、棒読み状態でなんとか返事をしていた。


「そうかい、あんたは見込みがあるよ。あんたも一緒について来な! ハハハ」


 ユーフェミア公爵は豪快に笑うと、バロン君の肩に手を回した。


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