498.セイバーン公爵領特別御用商会の、証書。
ユーフェミア公爵によって、『フェアリー商会』がセイバーン公爵領に進出する段取りはなされていた。
俺に対する報償の一部ということらしいが……完全に外堀が埋められている状態になり、進出するしかない状態だ。
まぁ元々そのつもりだったから、嫌ではないのだが……俺が思っていたより、はるかに大きな規模での事業進出になりそうなんだよね。
ただ純粋に商売のことを考えると、人口が多いセイバーン領の方がやりやすいかもしれないけどね。
事業をするための最低限の物件は、各市町でユーフェミア公爵が確保してくれているので、後は人材だけだ。
良い人材が集まってくれれば、すぐにでも始められそうだが、今までと違って人材の確保が大変じゃないかと思う。
今までは保護した人たちや避難民たちの雇用対策も兼ねて雇っていたけど、セイバーン公爵領ではまとめ採用できるかは疑問だ。
何しろこの領は、特に問題もなく素晴らしい領運営をしているんだから、仕事に困っているという人はそれほどいないんじゃないかと思うんだよね。
まぁ実際に各市町で当たってみないとわからないけどね。
俺のそんな不安を見透かしたかのように、またもやユーフェミア公爵はニヤけ顔で俺に言った。
「人の雇用の問題も少し手を打っといたよ。貴族の傍系や家督を継げない貴族子息なんかは、自分で食い扶持を稼がなけりゃいけないからね。『フェアリー商会』の情報を流して、興味があるものは尋ねるように言ってある。そういう者たちの中にも、結構使える者はいると思うよ。面接して決めてくれればいいけどね」
「そこまで手を打っていただいてるのですか……恐縮です。各市町の物件といい、求人の声かけといい……もしかして、守護様や代官さんにお願いしたのでしょうか……?」
そこまで俺たちのことを考えてくれて嬉しいのだが……少し不安になってしまった。
「なぁに、気にすることはない。各市町の発展のためだし、何よりも領民のためだからね。一つの商会に肩入れしてるように思う奴も中にはいるかもしれないが、すばらしい商会や産業を誘致するのも、守護の仕事だからね。ハハハハハハ」
ユーフェミア公爵は、そう言って豪快に笑った。
やはり俺が危惧していた通り……どうも鶴の一声で、守護や代官を動かしているようだ。
何か……申し訳ない気持ちでいっぱいだ……。
「あの……我々が進出することで、既存の商会や商人が食べていけなくなるようだと、まずいと思っているんですが…… 」
俺は、懸念材料も投げかけてみた。
デパートのような感じで、大型店を『フェアリー商会』で出すと、もともと地元のメイン通りでがんばっていたお店の収益構造を崩してしまう可能性があると思うんだよね。
大型店ができて、商店街がシャッター商店街になるようなことが起きては困るからね。
「まったく……そんなお人好しで……よく商会の会頭をやってるね。まぁいつもの事だけどね。心配しなくても大丈夫さね。メイン通りに近いところに、『フェアリー商会』の用地を確保してあるから、メイン通りから人がいなくなるって心配はない。むしろ、より人を呼び込むかたちになるはずさ。競合する商品の値段だけ、相場を崩さないように気をつければ、他の商会が潰れるってことはないだろうよ。むしろ『フェアリー商会』の集客効果で、良くなるんじゃないかね」
ユーフェミア公爵は、久しぶりにダメな子供を見るような目で俺を見ながら、そう言った。
確かにユーフェミア公爵の言う通り、うまくいけば逆に経済効果を落とせるかもしれない。
そういう意味では、銭湯はいいかもしれないね。
入浴が習慣になってくれれば、それだけ人が集まるということになるからね。
それから『フェアリー商会』に関しては、ユーフェミア公爵から特別の営業許可証が発行されているので、セイバーン公爵領の全ての市町で商売ができ、改めて申請する必要はないとのことだ。
そして『セイバーン公爵領特別御用商会』という証書が与えられ、信用調査なしで直接領と取引可能になると説明された。
ピグシード辺境伯領やヘルシング伯爵領には、そういう制度がないので、いまいちピンとこなかったのだが、かなり凄いことのようだ。
セイバーン公爵領では、商会の数が多すぎて、領と直接取り引きできるのは、信用調査をして認められた商会のみらしい。
その商会も『セイバーン公爵領取引商会』という証書が与えられるのみで、それには取引できる分野が明記されていて、その分野でのみ通用するものだそうだ。
『セイバーン公爵領特別御用商会』というのは、分野を限定することなく全ての商取引を領と直接行える特別な許可を示す証書とのことだ。
セイバーン公爵領では、商会との不正な取り引きや癒着を嫌うので、『セイバーン公爵領特別御用商会』証書が発行された事は、長い歴史の中でもほとんどなかったらしい。
現在でも、発行されている商会は、なんと『フェアリー商会』のみとのことだ。
あまり実感はないが……何か凄い証書をもらったようだ。
破格の待遇だ。
セイバーン公爵領には、武具の『マグネ一式シリーズ』を納品しているが、その取引自体、特例中の特例だったらしい。
聞くところによると、それを直接のきっかけとして、今後のことも考え『セイバーン公爵領特別御用商会』として認定し、証書を作ってくれていたとのことだ。
それだけ信用していただいているということなので、嬉しいことではあるが……既存の商会に睨まれそうで怖いんですけど……。
なるべく波風立てないように、目立たないようにしたかったのだが……完全に目立ちすぎてしまう気がする……。
まぁ考えてもしょうがないが……。
何故か……俺の商会なのに……俺のコントロールを離れている感じなんだよね……トホホ。
そしてもう一つ、ユーフェミア公爵から報告されたのは、俺に対する報償の一つとして『領都セイバーン』の領城に隣接する一等地に、俺の屋敷を作っているという話だった。
元々セイバーン家が管理していた屋敷を、俺に与えるために現在整備中とのことだ。
使われていなかった屋敷らしいが、話を聞く限りかなりの大豪邸のようだ。
そして何故か……元々あった本館と別館の他に、新たに本館を二つ建設中とのことだ。
本館が三つあるって……もはや“本館”という概念が置き去りにされている気がするが……。
三つの本館は、セイバーン家三姉妹のシャリアさん、ユリアさん、ミリアさんが、それぞれ内装などをデザインしているらしい。
なぜだろう……なんとなく……何かにロックオンされているような感覚があるが……。
そして何故か……この話を聞いていたアンナ辺境伯とエレナ伯爵が、「しまった」という顔をして何やらブツブツ言っていた。
アンナ辺境伯は、俺のために『領都ピグシード』の領城の近くに、俺の貴族としての屋敷を現在建設してくれていて、もうそろそろ出来上がる頃なのだが……。
なぜか……「ソフィアの分はいいとして、タリアのために、もう一つ本館を作らないと……」を決意にも似た言葉を口にしていた……どういう意味なのだろう……。
本館を複数館作るということが、流行っているのだろうか……。
エレナ伯爵は、キャロラインさんと相談し、『領都ヘルシング』の領城の近くに俺の屋敷を作ると宣言していた。
別に必要ないので固辞したのだが…… いつものように「グリムさんのことが好きなわけではありませんから! 領政顧問に就任していただいたのですから、その仕事をしていただくために領城の近くに、すごく大きくて豪華な屋敷を作るだけです! 別に好きだから、気合を入れて作るわけじゃありませんから!」といつものように、わけのわからない逆ギレをされてしまった。
キャロラインさんからは、エレナさん監修のものとキャロラインさん監修のものの二つの本館を作ると宣言されてしまった。
やっぱり最近の流行は、本館を複数館持つことのようだ。
それにしても、俺の意向と関係なく、家が増えていくのはなぜだろう……。
そして、ちょっと背筋に悪寒を感じるのは、なぜだろう……。
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