497.セイバーン公爵領の、状況。

 ユーフェミア公爵による『正義の爪痕』おびき寄せ作戦の『特別武官登用武術大会』の説明が終わると、アンナ辺境伯からも話があった。


「ユフィ姉様、どうせなら我がピグシード辺境伯領と、エレナさんのヘルシング伯爵領も含めた三領合同の武官登用武術大会にいたしません? セイバーン領の主催ですから、武官登用の優先権はセイバーン軍でいいと思いますが、選考から漏れた者でも将来性がありそうな者や、やる気のある者については、私やエレナさんの判断で登用できるということにしたいのですが……」


「なるほど! それは面白いね。私に遠慮する必要はないよ。そもそも『正義の爪痕』をおびき寄せるための作戦なんだし、優秀な人材がいたらそれぞれが声をかけて、その者に選ばせるっていうかたちにしてもいいんじゃないかね。どうだい? エレナもその方がいいだろう?」


 ユーフェミア公爵は、アンナ辺境伯の提案に全く問題ないといった感じで、大きく頷きながら答えてくれた。そしてエレナさんにも、同意を促した。


「そうしていただけると、とてもありがたいのですが……ユーフェミア様は、それでよろしいのでしょうか?」


 エレナさんは、少し嬉しそうに、そして少し申し訳なさそうに尋ねた。


「ああ、構わないよ。そうしたとしても、ほとんどの者はセイバーン領出身だろうから、他領に移住するのはハードルが高いだろう。それだけで充分セイバーン領に有利だからね。主催者メリットは十分にあるから、全く問題ないさね」


「姉様、ありがとうございます」

「ユーフェミア様、感謝いたします」


「それじゃあ、名称も『三領合同特別武官登用武術大会』にしよう」


 ユーフェミア公爵は、満足そうに、そして楽しそうに笑みを浮かべた。



 ユーフェミア公爵は、セイバーン公爵領についても、少し説明をしてくれた。


 セイバーン公爵領には、伯爵家が三つ、子爵家が四つ、男爵家が七つ、準男爵家が十一、騎士爵家が十五あり、一代限りの名誉爵位の名誉男爵家が六つ、名誉準男爵が九つ、名誉騎士爵家が十八あるそうだ。


 各市町の周辺は肥沃な土地が多く、様々な農作物が豊富に取れ、完全に自給できる豊かな領らしい。


 そして金鉱脈も所有しており、それも豊かにしている理由らしい。


 金の採掘権は王家の専権となっていて、勝手に金を採掘し販売することはできないそうだ。

 だが、王家の依頼で金の採掘をしているらしく、その手数料だけで莫大な収益になるらしい。

 王国内で金鉱脈を所有する領については、年間採掘量を均等に割り振り、公平に利益が落ちるようになっているそうだ。

 それもあって、取り尽くして金がなくなるまでには、かなりの時間がかかるようだ。

 逆に言えば、その間は安定収入が入るということだろう。

 セイバーン領は、今の金山が枯渇しても、次の金鉱脈を発見してあるそうで、安泰らしい。

 金鉱脈を持たない領にとっては、羨ましい限りだろう。


 この世界では、金を採掘するというのは、お金そのものを掘り出していると一緒だからね。


 銀貨や銅貨の元となる銀や銅については、王家の専権とはなっておらず鉱脈があれば自由に発掘していいそうだ。

 もちろん硬貨の製造は、王国にしか許されていないわけだが。


 銀や銅、それに魔芯核なども王国の買取値段が決まっていて、極端な数量でなければ確実に王国が買い上げてくれるらしい。

 それゆえにヘルシング伯爵領の財政難の立て直しの一つとして、魔物狩りをして魔芯核を手に入れるという方策を考えたわけだが。


 もう一つセイバーン領を豊かにしている理由は、豊富な水産資源と水上交通にあるとのことだ。


 マナゾン大河とともに海にも面しているので、海洋資源は豊富だし、船での交易も盛んなのだそうだ。

 人や物の流通が盛んになり、どんどん豊かになっていくということだろう。



 セイバーン領は、代々豊富な資金を生かし、領民のために善政を行ってきたようで、領民の暮らしも基本的には豊かなようだ。


 領内の七つの都市と七つの街は、他の領に比べてかなり面積が広いらしい。


 通常の市町は、外壁の外側に作物を作る荘園の村が広がっているのだが、セイバーン領では何度かの拡張の末に、村の外周にも外壁が張り巡らされているとのことだ。

 それ故に、魔物などに襲われて農作物が被害を受けるということもないらしく、それがさらに領を豊かにしているようだ。

 もともとの豊富な資金力をうまく使えているので、常に良い循環になっているのだろう。

 この領政の実態を見ただけで、ユーフェミア公爵を始め、歴代の領主がいかに優秀だったかがわかるというものだ。


 他の領では、荘園の村の外周にまで壁を作ることは、お金がかかってなかなかできないらしい。


 この話を聞いて思ったが……ピグシード辺境伯領でも、荘園の外周に更なる外壁を作っちゃえばいいんだよね。

 俺が魔法の巻物を使えば、すぐにできちゃうし。


 ただ莫大な費用がかかる外壁をあっという間に作っちゃうのは、やりにくいことではあるけどね……。


 いつものように、妖精女神の御業ということで、誤魔化すことはできなくはないが……。


 ただ普通に申し出ると、アンナ辺境伯は工事費を出すと言いそうだ。

 まともに計算されると、かなり領の資金を圧迫してしまいそうな気がする。


 何かいい名目があれば、無償でやっちゃうんだけどな……今度みんなとも相談して考えてみよう。


 いい案が出なければ、荘園の外側に広がる未開拓の土地を対価として取得することにして、領の資金が減らないようにはできそうだ。

 俺としては、別に土地はいらないけど、名目上対等な取引になるから、この方法ならアンナ辺境伯も気兼ねなく俺に外壁の建設を依頼できるのではないだろうか。

 今度相談してみよう。



 そんな話の流れで、ユーフェミア公爵から各市町に、『フェアリー商会』の出店用地として大きな敷地が確保してあると伝えられた。

 これは、俺の今までの貢献に対する報償として、全て無償で与えられるとのことだった。


 寝耳に水の話で驚いたが……以前俺にセイバーン領から報償金が与えられたときに、他にも考えていることがあると言ってユーフェミア公爵はニヤけていたが……このことだったのだろうか……。


 俺は、無理に『フェアリー商会』の仕事を広げたくなかったのだが……半強制的に、セイバーン領の全市町に出店せざるをえない状況に追い込まれてしまった。

 善意なので、断りにくいし……トホホ。

 まぁ商会を取り仕切っている『アメイジングシルキー』のサーヤ、『アラクネロード』のケニー、『自問自答』スキル顕現体のナビーたち最強経営陣なら、喜んでやってしまいそうな気もするが……。


 ユーフェミア公爵としても、出店自体の効率は考えてくれたようで、一カ所にまとめていろんなお店が出せるように広い用地を確保してくれたようだ。

 もっとも、そのために商店が立ち並ぶメイン通りではなく、横道や一本奥の通りの物件がほとんどになってしまったようだが。

 デパートみたいな感じで、一つのパッケージとして出店するのは、効率が良くていいかもしれない。

 標準装備する業態を決めて、初めからセットで出店するかたちがいいだろう。

『パッケージ出店』という名前にして、今後の『フェアリー商会』の新しい場所への進出の基本にしてもいいかもしれないね。

 まぁこれに近いことは、『領都ピグシード』でも『ナンネの街』でもやっていたけどね。

 施設棟を作って、いくつかの業態をまとめて出店することは既にやっていたのだ。


 ピグシード辺境伯領と違って、農場や牧場をやる必要はないし無理に特産品を作る必要もないから、お店だけをまとめて『パッケージ出店』をすれば、事足りそうだ。


 ただ、この前リクエストされたように、銭湯はつくらなきゃいけないんだよね。

 用意してくれている用地が、銭湯もできるほど広ければいいんだけれど……。

 難しいようなら、別の場所に銭湯を作らなければいけないんだよね。


 そんなことを考えていたら、ユーフェミア公爵が見透かしたかのように……


「銭湯も作れるくらいの広さの用地になってるはずだよ。ただ、あんたが言ってるように公衆衛生のために、入浴文化を広めたいなら、人々が使いやすいように市町に一つじゃなくて、いくつも作った方がいいと思うけどね。まぁそこら辺も任しときな。用地は探させるよ。領民の公衆衛生のためだからね。そう言われたら、あんたも断れないだろ! ハッハハハ」


 ユーフェミア公爵は、そう言ってまた悪い笑みを浮かべた。


 確かに……入浴文化を広めるためには、近いところに銭湯があった方がいいよね。

 お店などは効率を重視して『パッケージ出店』でとどめるにしても、銭湯は利便性を考えて何カ所か作った方がいいかもしれないね。


 まぁそこは、できる範囲で頑張ることにするか。

 そして、銭湯を何箇所か増やすときに、銭湯に付随させて飲食事業のお店を出店したらいいかもしれない。

『ミニパッケージ出店』だ。


 ということで……各市町にデパートのようなかたちで、主要な業態のお店をまとめた『パッケージ出店』をして、それを基本に新規進出をしようと思う。

 パッケージ自体を『フェアリー百貨店』という名称にしてもいいかもしれない。

 そして、銭湯は利用者の利便性を考えて、いくつか増やしていくかたちにする。

 そのときに、一緒に人気の飲食店なども『ミニパッケージ』として出店するというかたちで進めようと思う。


 それにしても……冷静に考えると……あくまで最低限のかたちでしか『フェアリー商会』を広げたくなかったのだが、なし崩し的にどんどん広がっている気がする……。

 このまま進んでいくと……大財閥とかになってしまうんだろうか……。

 もう自分の商会という実感が、だんだん薄れてきてしまっている。

 他人事な発想をしている場合じゃないのだが……。

 まぁサーヤたちが喜んでやってくれるうちは、いいんだけどね。

 でもあまりこういう話をすると……逆に刺激して……大きなプランとか……全国制覇とか……わけのわからない方向に行ってしまいそうなので、あえて触れていないのだ。

 特にニアは、変な風にスイッチが入ると、ほんとに“商売で全国制覇”とか本気で言い出しそうだし、『ライジングカープ』のキンちゃんにいたっては、「うちは、商売王にきっとなる!」とかわけの分からないこと宣言しそうだ……。



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