416.困ったときは、名乗りを上げろ!

「な、なんだ!」

「ば、化け物だ!」

「ま、魔物が出たぞ! みんな逃げろ!」


 ヘルシング伯爵領の港町『ザングの街』に、突然住民の悲鳴が響いた!


 街の各所に『吸血蝙蝠ヴァンパイアバット』と『吸血ヴァンパイアモスキート』が大量に出現したのだ。

 その数……数百体。

『領都ヘルシング』に現れたの時から少し後になるが、領内の各市町に現れたのだった。


 執政官になりすましていた『正義の爪痕』の『血の博士』こと『上級吸血鬼 ヴァンパイアロード』の仕掛けていた、万が一のときの領内殲滅作戦が発動したのだ。


 街は、一瞬にして大混乱に落ちていっていた。


「わぁ、魔物だ!」

「おばあちゃん、こわいよー」

「あゝ神様、この子たちだけはお助けを……」


 小さな孫を連れた老婦人が、今まさに『吸血ヴァンパイアモスキート』に襲われようとしていた。


「やらせない!」

「トリャ!」

「タアー!」

「「「ヤアー!」」」


 すんでのところで、若い男たちの集団が『吸血ヴァンパイアモスキート』に殴りかかり、老婦人と子供を助けた。

 彼らの名は『舎弟ズ』……最近結成させれたばかりだが、この街の治安維持のため巡回をしていたのだった。

 つい数日前までは、町のチンピラに過ぎなかった彼らは、心を入れ替えて困っている人を助ける活動をしていたのだ。

 そのための巡回しているときに、襲撃が起きたのだ。

 突然の怪物の襲撃にびびった彼らだったが、彼らがあねさんと慕う人の教えを守り、勇気を振り絞って立ち向かったのだった。

 彼らを虜にしているあねさんとは、グリムの『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーの顕現体であった。


 老婦人たちを守った攻撃によって、周囲にいた『吸血ヴァンパイアモスキート』の注意を引いてしまい、『吸血ヴァンパイアモスキート』たちが一斉に『舎弟ズ』に襲いかかる。


『舎弟ズ』は、レベルが10台前半で、レベル35の『吸血ヴァンパイアモスキート』に比べるとはるかに格下であり、通常は太刀打ちできない。


 だが彼らが装備している『マグネ一式インナー装備』と白い特攻服のように見えるローブ『特殊剛糸のローブ』の防御力で、致命傷を受けずに耐えている。

 この『特殊剛糸のローブ』は、『アラクネーロード』のケニーの『種族固有スキル』の『糸織錬金』で作ったもので、『階級』が『上級ハイ』の防具だ。

 その見た目にそぐわない抜群の防御力で、レベル差を跳ね返し致命的なダメージを防いでいるのだった。


 そして彼らが『炊き出し』の後の体操として、集まってきた人たちに教えるために覚えた『護身柔術体操』の型が自然に動きに取り入れられ、身を守る力になっていた。


 基本的には防御に徹して、タイミングを計って攻撃する際は、一体に対して一斉に反撃するという集団戦が上手くできていることも、レベル差を跳ね返している要因だった。

 一斉に繰り出すのは、彼らが『おかしら』と慕う恩人グリムに与えられた『魔竹』の竹光たけみつの『竹光刀 脇小太刀』だ。

 この武器の性能もあり、レベル差を埋めて、ある程度のダメージを与えることができている。

 だがやはりレベル差が大きく、倒すには至っていない。


 倒し切れないために敵の数が減らず、『舎弟ズ』たちは次第に攻撃を受け、ボロボロの状態になっていった。

 根性だけで、立ち向かっている状態なのであった。


「ばあちゃん、今のうちに早く逃げるんだ!」


『舎弟ズ』の一人がそう言って、おばあさんと子供たちにこの場を離れるように促した。

 おばあさんは黙って首肯して、幼児を連れて走りだした。


 だが、その動きが目に止まったのか『吸血ヴァンパイアモスキート』が二体、おばあさんと幼児に襲いかかった!


「ダメだ、やらせない!」

「この街の人は、俺たちが守るんだ!」


 そう言って近くにいた何人かの『舎弟ズ』が、おばあさんたちの前に盾となって手を広げた。


 ——バゴォーン

 ——バンッ、ゴンッ


『舎弟ズ』は、『吸血ヴァンパイアモスキート』の体当たりを受けるかたちになり、弾き飛ばされた。

 車にはねられたような衝撃が彼らを襲い、骨折により体から血が吹き出していた。

 彼らの行動により、おばあさんと幼児は攻撃されずに済んだが、まともに受けた攻撃は大きなダメージになってしまったようだ。

 もし防具を付けていないおばあさんたちが攻撃を受けていたら、即死していたかもしれない。


『舎弟ズ』は、体をピクピクさせて痙攣している。

 瀕死の状態になっていた。


「ナビーのあねさん……すみません……もう立てそうにありません……」

「う……ぐぅ……こんなところで……」


 瀕死の『舎弟ズ』の言葉は、誰にも聞こえない……


 だが終わりではなかった!


 ——ザンッ

 ——シュッ


 瀕死の『舎弟ズ』に、とどめを刺そうと襲いかかろうとしていた『吸血ヴァンパイアモスキート』が、一瞬で両断された。


「あなたたちは、まだ終わりではありません! しっかりしなさい! ナビー様に叱られますよ!」


 彼らを助けに入ったのは、ナビーから彼らの世話を頼まれ、ねえさんと慕われる元義賊で今は人々を守る『闇影の義人団』として活動するスカイだった。


 蜂魔物の素材で作られたシースルー防具『ビーアーマー』を黒のローブで隠し、フェイスマスクも着用した完全な『闇影の義人団』仕様の装備での登場だ!

 そして蜂魔物の針で作られた『ビーダガー』という短剣で『吸血ヴァンパイアモスキート』を切り裂いたのだった。

 彼女はレベル25で、やはり『吸血ヴァンパイアモスキート』より格下ではあるが、元衛兵という技量と武器の性能も相まって、倒すことができたようだ。


 そしてすぐに瀕死の『舎弟ズ』に、『身体力回復薬』をかけて、回復させたのだった。


「あなたたちは、街の人たちの救出を優先しなさい!」


「「「はい姉さん」」」」


『舎弟ズ』たちは、そう言って一斉に動き出した。





 ◇





「さぁみんな、今のうちに逃げるんだ!」

「待て、ダメだ向こうからも来る! 囲まれる!」

「仕方ない……街の人たちを真ん中に集めて、俺たちで周りを囲んで守るんだ!」

「そうだ、きっとマックの兄貴が近くにいるから、助けに来てくれるはずだ! それまで時間を稼ごう!」

「よし! 時間稼ぎだな、まかせとけ!」


 別の場所では、先ほどとは違う『舎弟ズ』のメンバーが、街の人たちを守っていた。


「時間稼ぎといえば……まずは名乗りだ! 敵の注意も引けるし!」

「よし! 俺からいくぞ! 『舎弟ズ』ナンバー11番、ナビー様の蔑む視線を独り占め! エン、やってやる!」

「『舎弟ズ』ナンバー12番、ナビー様の完全なる下僕! われこそは、ノシ、頑張る!」

「『舎弟ズ』ナンバー13番、生きる喜び与えられ、命をかけて恩返し、タノ、やります!」

「『舎弟ズ』ナンバー14番、『舎弟ズ』星からやってきた、チャーミングなオトコの娘、チです! やっつけちゃうぞ!」

「『舎弟ズ』ナンバー15番、将来の夢は、ナビー様の腰掛け椅子! カラ、粘りは負けない!」

「『舎弟ズ』ナンバー16番、ちょっと勝気な二十七歳! モチ、行きます!」


 敵に囲まれた緊迫した状況で、時間稼ぎになるという思い込みで、全く見当違いな方法が展開されていた。

 だがなぜか……その思いが天に通じたのか、名乗りの間、『吸血蝙蝠ヴァンパイアバット』と『吸血ヴァンパイアモスキート』たちは、攻撃せずに待機状態になってしまっていた……。

 もしかしたら、『舎弟ズ』のあまりにもとんちんかんな行動に、『吸血蝙蝠ヴァンパイアバット』と『吸血ヴァンパイアモスキート』たちも、戸惑ってしまったのかもしれない。


 もしこの状態を彼らが『おかしら』と呼ぶグリムが見たら、ゲンナリしながら苦笑いしたに違いない。

 そして、独特すぎる名乗りに突っ込んでいたことだろう。

 また、変態的な名乗りも入っているので、彼らが確実に変態に育っていることを知り、嘆き悲しんだことだろう……。


「お前たちよくやった! そのまま防御の体制でいろ! あとは俺たちに任せろ !」


 そう叫んだのは、『舎弟ズ』たちが待ちわびていた援軍、マックの兄貴ことイカ焼き屋台の店主マックだった。

 彼は、スカイ同様『闇影の義人団』の装備で登場した。

 そして、その後に現れたのは、この街の衛兵隊長で『闇影の義人団』のメンバーでもあるフィルだった。

 彼は表の顔である衛兵隊長として、衛兵を引き連れてやってきたのだ。


 彼らはすぐに、『吸血蝙蝠ヴァンパイアバット』と『吸血ヴァンパイアモスキート』の殲滅にかかった。


 マックはレベル20だが、ビーシリーズの武具『ビーアックス』の威力もあり、何とか互角に戦えている。

 衛兵隊長のフィルは、レベルが33あり、武装しているビーシリーズの長柄斧『ビーロングアックス』の威力もあり、主力として敵をなぎ倒している。

 衛兵たちも、レベルが低いものの数の力で、なんとか集団攻撃でダメージを与えている。

『舎弟ズ』たちも住民を守りながら、参加できるときには攻撃にも参加していた。


 こうした全員の奮戦によって、時間はかかったが、なんとかこの場にいる『吸血蝙蝠ヴァンパイアバット』と『吸血ヴァンパイアモスキート』の殲滅に成功したのだった。


 こうして、この場所の人々は救われた。

 全く意味不明な『舎弟ズ』たちの名乗りだったが、時間を稼いだ彼らの功績は非常に大きかったのである。

 これにより、後日『舎弟ズ』たちの間では、“困ったときは名乗りを上げろ!”という教訓が標語となって定着してしまうのであった……。


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