390.ギルドの、受付嬢。

 俺たちは、ギルド会館に入った。

 三階建ての建物で、一階に『商人ギルド』があるようだ。


『いか焼き』屋台のおじさんに聞いた銀髪の受付嬢を探すと、二つある窓口のうちの一つにいた。


 俺は、その受付嬢の窓口に進んだ。


「いらっしゃいませ。あら、旅の方かしら。行商ですか?」


 接客の基本と言いたくなるような素敵な笑顔と、ハリのある声で迎えてくれた。


「はい。そうなんです。私はグリムと申します。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。ジェマと申します。今回はどのようなご用件ですか?」


「はい。仕入れた商品を保管するための倉庫として使える屋敷を購入したいと思っているのですが、物件の紹介をしていただけますか?」


「まぁ若いのに……すごいですね。屋敷を購入されるなんて、大商人さんなんですね」


 ジェマさんは、なぜか子供を褒めるお母さんのような眼差しになっている……。


「いえ、……運良く直前の行商がうまくいっただけです」


「まぁやっぱり有望ですね。どちらからいらしたんですか?」


「はい。ピグシード辺境伯領です」


「え……大丈夫なんですか? 悪魔の襲撃を受けたと聞きました。それに大河沿いの市町もすべて閉鎖されていますよね……」


 ジェマさんは、一転して顔を曇らせ、心配そうな眼差しを向けてくれた。


「はい。かなりの被害が出まして、私は大丈夫だったのですが……。物資も足りなくて困っていますので、必要とされているものを仕入れて持ち帰ろうと思っています」


「まぁ素晴らしいですね。これぞ商人の鑑です。私、責任を持ってご協力させていただきます。どのような物件がよろしいですか? 不動産物件を扱っている商会もあるのですが……ここだけの話ですけど、あまりオススメできないんです。ふっかけられると思います。ギルドの物件なら適正価格でご案内できますよ!」


 ジェマさんはそう言うと、にっこり微笑んだ。


 ギルドの受付嬢が、ギルドの会員である商会のことを悪く言っていいのだろうかとも思ったが……多分本当にひどい商会なのだろう。


 直感的にジェマさんは信用できると思うので、彼女に任せることにしよう。


「ありがとうございます。できれば、港に近くて……ある程度大きな……お屋敷みたいなところだといいんですが……」


「そうですね。港に近くてお屋敷のようなものとなると……結構値がはると思いますが……ご予算はおいくらですか?」


「予算は特にありません。良い物件があれば、高くても購入できると思います」


 俺がそう言うと、ジェマさんは一瞬驚いたが、すぐに平静を装っていた。


「予算よりも、品質重視ということですね……。若いのに本当に素晴らしいですね。ちょっと資料を探してきますので、少しお待ち下さい」


 そう言うとジェマさんは、一旦奥に下がってしまった。


 待ってる間、周囲を見回していると……外が急に騒がしい感じになっている。


 ちょっと気になったので、入り口のほうに行って外を覗いてみると、衛兵が慌ただしく走り回っていた。


 なにかあったのだろうか……。


「グリムさん、お待たせしました」


 ジェマさんが戻ってきたようだ。


「外が騒がしいようですが……なにかあったんですか?」


 俺は少し気になったので、ジェマさんに尋ねてみた。

 なんとなくギルドの職員たちも、慌ただしい感じになっていたからだ。


「はい、また義賊が出たみたいなんです」


「義賊……?」


「はい。最近、義賊と呼ばれる盗賊が商会や商人の屋敷から商品や硬貨を盗んで、貧しい人たちに配っているのです。ここだけの話ですが、狙われるのは評判の悪い悪徳商会だけなんです」


 ジェマさんは、困った顔をしながらも少しだけ嬉しそうな感じで話した。

 なんとなく……悪徳商会を懲らしめてくれて嬉しいような雰囲気だ。


 そういえばさっきも浮浪児たちが、義賊が食べ物をくれると言っていた。


 盗みは犯罪行為だが……俺の素直な感想としては、この街の守護や衛兵に比べたら、はるかに人々の役に立っている……とつい思ってしまった。


「港に近いエリアでは、今はこの三軒だけです。ただ……どれも一長一短がありまして……」


 ジェマさんはそう言いながら、三つの物件の説明をしてくれた。


 まず一つ目の物件は、港から近いメイン通り沿いにあるが小さな物件で、店舗用の物件とのことだ。

 メイン通り沿いにある販売物件ということからすれば、かなり貴重なのだそうだが、間口が狭く細長いかたちになっていて、使いにくい物件なのだそうだ。

 一応二階建てなので、二階住んで一階を倉庫にすれば俺の希望に沿った使い方もできなくはないとのことだった。

 物件の小ささや使いにくさの割に、メイン通りに面しているということで値段は割高らしい。

  一千万ゴルの値段がついているそうだ。


 二つ目は、下町エリアにある大きな倉庫だが、以前ここに住んでいた一家が盗賊に惨殺され、商品を全て奪われたという事故物件らしい。

 なによりも治安がかなり悪いエリアの物件ということで、お勧めはできないとのことだ。

 千平方メートル約三百坪で、百五十万ゴルとのことだ。

 格安だが、買おうとする者は誰もいないようだ。


 三つ目は、メイン通りの東門広場に近い場所を南に下った中級エリアにあるお屋敷のようだ。

 大きな商会の会頭の屋敷だったが、街を出て行ってしまってギルドが買い上げた物件とのことだ。

 ただここも先程の下町エリアに近く、治安はあまり良くないらしい。

 そして十年以上買い手がなく、ギルドも手が回らないため管理できていないそうだ。

 建物は傷んでいて、草もボーボーの状態のようだ。

 敷地面積は三千平方メートル約九百坪で、一千万ゴルでお値打ち価格とのことだ。


 現地を見たいので、地図をもらいたいとお願いしたら、ジェマさんが案内してくれることになった。


 このまま案内してくれるとのことなので、すぐに見に行くことにした。

 ニアたちには申し訳ないが、引き続き『家馬車』で留守番をしてもらうことにした。


 ギルドの持っている小回りのきく、小さな馬車で案内してくれるとのことだ。

 完全に不動産屋さんとの内覧状態だ。


 一軒目の物件は、確かに店舗用で、俺の目的には厳しい感じだ。

 商品を置く倉庫として使いたいというのはあくまで表向きで、保護した子供たちの生活場所を確保したいのだ。


 ただ使いにくい店舗ではあるのだが……もし将来商売をするなら、メイン通りに面しているというのはいいと思うけどね。

 もっとも、この大きさで一千万ゴルは高い気がする。

 確か……『マグネの街』のトルコーネさんの『フェアリー亭』も一千万ゴルだった気がするが、この物件よりもっと大きいからね。

 まぁ不動産の相場価格は、地域によって変わるんだろうけどね。


 次に、この物件の場所からそのまま南に下った中級エリアに入ると、三つ目に紹介された物件があった。

 それなりの大きさの屋敷だが、確かに草がボーボーで酷い状態になっている。


 大きな母屋おもや、それに使用人宿舎のような建物もある。

 納屋というか倉庫のような建物も立っている。

 そして厩舎だったと思われる建物もある。

 一応、一通りの設備はあるようだ。


 この屋敷は、道に囲まれたワンブロックの中の南東の角にあたる。

 角地というのもいいかもしれない。


 荒れているのはここだけかと思ったら、周りにも荒れた感じの家がいくつかある。

 空き家がそれなりにあるようだ。

 やはり治安が悪いからだろうか……中級エリアとは言いつつ、あまり人気がない場所なのだろう。


 ここはいいかもしれない。

 荒れているといっても、俺たちは一瞬で綺麗にしてしまえるからね。


 最後に、さらに南に下って二つ目に紹介された物件を見た。


 一応、倉庫の建物があるのだが……ここも荒れていてかなりひどい。

 そして、ガラの悪い男たちが、普通にたむろしている。


 中を見ようと思って近づくと、男たちが集まってきた。


「おい! 兄ちゃん、なんの用だ! ここは俺たちの縄張りなんだよ! 痛い思いしたくなったら、とっとと消えな!」


 一人の男が、棒を持って近づいてきた。

 いかにも“やられキャラ”って感じで……笑えるけど、軽くイラッとする。


「ここは、あなたたちのものではありませんよ。購入希望のお客様をご案内したのです。どいて下さい!」


 ジェマさんは、気丈に男たちの前に出た。


「なんだと! ここはな、俺たちが住んでんだよ! 兄ちゃん、この物件買ったら後悔することになるぞ! よーく考えるんだな!」


 棒を持った男がそう言いながら、俺に顔を近づけてきた……

 めっちゃガンつけられてるんですけど……

 あー殴りたい……。


 今、揉め事を起こすわけにはいかないので、ぐっとこらえて引き上げることにした。


「あういう者たちは、衛兵が取り締まったりしないのですか?」


 俺は素朴な疑問をぶつけてみた。


「ええ、この街の衛兵は、残念ながらまともに機能していないんです。一年前に衛兵長が変わってからは、衛兵の方がゴロツキみたいになってしまったんです。まともな衛兵は辞めるか、無実の罪を着せられて強制労働をさせられているんです」


「え……そんなことが……そんなことがまかり通るんですか?」


 俺は衝撃を受けた。

 無実の罪を着せられ……強制労働って……なにそれ!?


「始まりは、この街を収めていた代官様が一年前に失脚されたことです。なんでも領に収めるお金を着服したとかで……。もっとも濡れ衣という噂も根強いのですが。以前の代官様が更迭され、新しい代官が来たのが一年前なのです。そこからはもう酷い有様で、まともな役人や衛兵はやめるか、罪をでっち上げられて強制労働させられるかという状態になったのです。私の知り合いにも、街を去った者がいます」


「新しい代官が、好きに人事を変えているのですか?」


「はい。実は我々の『商人ギルド』の以前のギルド長も代官に意見をして、クビにされてしまったんです。今のギルド長は、代官が連れてきた人なのです」


「だれも『領都』に訴えないんですか?」


「文官で訴え出た方もいるのですが、逆に捕らえられたみたいです。噂では『領都』の方がもっと酷いと言われています。領主様が、人が変わったようになったとか……。この街だけでなくこの領全体が、横暴や不正がまかり通る酷い状態になっているのです。だから義賊のようなかたちでしか抵抗できない人たちもいるんです」


 なるほど……ヘルシング伯爵領の悪い評判は、やはり事実だったようだ。

 この領から逃げ出す者も出たのだろう。

 そこから悪い評判も広がっていったのかもしれない。


 俺は釈然としない気持ちを整理しつつ、ジェマさんとギルド会館に戻ってきた。


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