391.不動産の、ヤケ買い。

「この中級エリアの屋敷の物件を購入しますよ。それから下級エリアの倉庫も購入します。メイン通りの店舗用の物件も購入したいと思っているのですが、ちょっと高い気がします……安くなりませんか?」


 俺は、この街の現状に対する怒りを抑えつつ、淡々と言った。


「え……全部買われるんですか……?」


 ジェマさんが、口をあんぐりとさせている。


 本当は、中級エリアの屋敷の物件だけあればいいのだが、下級エリアの物件も購入することにしたのだ。あのガラの悪い連中を、追い出したかったのだ。

 購入して権利者になれば、正々堂々と追い出すことができる。

 中級エリアの購入予定の屋敷は、下級エリアの倉庫物件と結構近い位置にあるので、今後子供たちが危ない目に会うかもしれないと考えたのだ。


 ただあの男たちは、追い出しても別のとこに移るだけだろうから、抜本的な対策にはなっていない。

 取り締まる衛兵がいないんだから、『闇の掃除人』となってあいつらを捕まえても、突き出せないし……。

 まぁあいつらをどうするかは後で考えるけど、とにかく頭にきたから倉庫を買い上げることにしたのだ。

 完全に……ヤケ買いである……。


 そして店舗物件も、メイン通りに面していることを考えると貴重だし、将来、保護した子供たちの自立の手段として使えるかもしれないと思ったのだ。

 ただ俺としては、基本的にはこの領から連れ出して、ピグシード辺境伯領に連れて帰りたいと思っている。

 これから募集とする『イシード市』の移民になってもらうのが、いいんじゃないかと思っているのだ。


 子供が移民したって、いいと思うんだよね!

 これから保護する子供たちがもしかしたら、移民第一号になるかもしれない。


 もちろんアンナ辺境伯に相談はするつもりだが、絶対オーケーしてくれるに決まっている。


 子供は国の宝だし、未来を作る存在だ。

 それに大人になれば立派な働き手になるし、領をもり立ててくれるに違いない。


 そう考えると、親を亡くしたり、困っている子供たちを見たら、移民してもらうというのはいい手かもしれない。

 それでもすべての子供を救えるわけではないだろうが、少なくとも縁があって俺の目の前に現れる子供だけは救えそうな気がする。


 もちろん養護院を増やさないといけないから、お金はかかるだろう。

 でも、『フェアリー商会』でがんばって稼げばいい。

 場合によっては盗賊退治をしたり、迷宮探索者になってお金を稼いでもいいだろう。


 本当は、俺の『固有スキル』の『波動』スキルの『波動複写』で金貨もコピーできるから、作ろうと思えばいくらでも作れる。

 だがそれは、リアルな通貨偽造になってしまう。

 というか、通貨と同一のものを作っているので、偽造ではないかもしれないが……。

 いずれにしても、俺の自主規制に引っかかるので、人命に関わるような事態でなければ、やるつもりはない。


 スキルでお金を生み出してしまうよりも、商売をやって人に喜んでもらったり、宝探しなどをしてワクワクする方が楽しいからね。


 受付嬢のジェマさんには、本当に三つの物件全てを購入するのか確認され、特に下町の物件はやめた方がいいと言われたが、購入の意思を伝えた。


 値段を相談してくると言って少し席を外したが、すぐに戻ってきてくれた。


「店舗用の物件の予定価格が一千万、お屋敷の物件が一千万、倉庫の物件が百五十万、合わせて二千百五十万ゴルになりますが、一千八百万ゴルでどうでしょう?」


 おお……三百五十万ゴルも値引いてくれたのか……。


 ジェマさん、かなり頑張ってくれたようだ。

 おそらくだが……店舗用物件の値引きは厳しかったのかもしれない。

 それよりは、十年間買い手がついていないお屋敷物件や、今後も購入が見込めない倉庫物件の値段を、引いてくれたのかもしれない。

 セット購入というかたちで、考えてくれたのだろう。


「わかりました。ありがとうございます。それでは購入させていただきます。支払いは、ここで大丈夫ですか?」


「え、今お持ちなんですか……?」


 またジェマさんが驚いている。


「はい。この魔法カバンに入れてあります」


「あ、魔法カバンなんですね……。では支払いの受取証と不動産の権利証をお持ちしますので、お待ち下さい」


 いきなり即金で払ってしまうのはまずかったのかと思ったが、魔法カバンに入れてあるということで納得してくれたようだ。

 大きな商会なら、魔法カバンは持っているようだからね。


 一通りの手続きを終えて、帰り際に俺は一つ質問をした。


「この街の名物の『魚醤ぎょしょう』や『豆醤ずしょう』などを仕入れたいと思っているのですが、いい商会をご存じでしたら紹介してほしいのですが」


 俺はジェマさんなら信用できると思ったので、お勧めの商会を訪ねてみた。


「そうですね……中央広場の近くにある『アシアラ商会』がいいと思います。品揃えも豊富だし、良心的ですよ」


 俺はジェマさんに礼を言って、ギルド会館を後にした。


 紹介された『アシアラ商会』はすぐ近くにあるので、そこに寄ってから花売りの少女デイジーちゃんたちのところを再訪しようと思っている。


『アシアラ商会』は、大きな商会で裏に馬車の駐車スペースがあるので、そこに『家馬車』を止めて、一人で買い物に出た。

 他のメンバーには引き続き『家馬車』で留守番してもらうことにした。

 リリイとチャッピーは連れて行ってもよかったのだが、お昼寝をしていたのでそのままにした。

 お昼寝といっても、まだお昼前だけどね……。


「こんにちは、『魚醤』と『豆醤』をできれば多く購入させていただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」


 俺がそう尋ねると、奥から主人らしき初老の男性が出てきた。


「これはこれは、若い商人さんですな。もちろんできる限りご用意いたします。この商会の主人のアシアと申します。どちらからいらっしゃったんですか?」


「はい。ピグシード辺境伯領から来ました。グリムと申します。よろしくお願いします」


「なんと! ピグシード辺境伯領からですか……。大変だったでしょう……? おや……グリムさんですか…………もしや……グリム=シンオベロン閣下ではありませんか?」


 アシアと名乗った会頭は、話の途中で、突然考え込みながらそう言った。

 後半は俺にそっと耳打ちをした。

 気を遣って、周りに聞こえないようにしてくれたようだ。


 それにしても、なぜ知っているんだろう……。


 ……突然のことに、俺が固まっていると……


「いや、違っていたら失礼いたしました。ピグシード辺境伯領の『領都』に奴隷商人の知り合いがいましてね。バーバラ姉さんて言うんですが、昔世話になりましてね。その姉さんから、子供の売買やスキル持ちの売買の情報があったら教えてほしいと使いが来たもんですから。その手紙に、グリム=シンオベロンという領を救った若い貴族の仕事をすることになったと書いてましてね。とにかくすごい男で、なんとか役に立ちたいから情報がほしいと、いつにも増して凄い熱量で文が書いてまして……」


 なんと……俺専属の奴隷商人になってくれたバーバラさんの知り合いだったようだ。


 そして、そんなに俺の役に立ちたいと思ってくれていたなんて……すごく嬉しい。


「失礼しました。確かに、私はグリム=シンオベロンです。少し理由がありまして、貴族ということは伏せて行商人として行動しています。内密にしていただけますか?」


「もちろんです。閣下のお役に立てなかったら、あとで姉さんに殺されてしまいますから……」


 アシアさんは、そう言いながら苦笑いした。


「閣下は止めてください。グリムと呼んでください」


「ああ、そうでしたね。わかりました。私も元は奴隷商人をやっていたんです。バーバラ姉さんと一緒で、子供を最悪の状況から少しでも良くしたいと思ってやってたんですがね……。姉さんと違って私は、途中で心が折れちゃいましてね。足を洗って、普通の商売に鞍替えしたんですよ。それが運良く当たりましてね。今じゃぁこんな店を構えているんです」


「そうだったんですが。この街には奴隷商人はいないんですか?」


「ええ、今は常駐している者はおりません。旅の奴隷商人は時々きますがね。姉さんから頼まれた子供の売買やスキル持ちの売買の話はこの街では、特に話題に上がっていません。ただ人拐いは、子供だけでなく大人も含めてあるんです。一年くらい前から結構あるんです」


 なるほど……

 奴隷商人はいないけど、人拐いがあるということか……


「いやー、それにしてもバーバラさんの知り合いに会えてよかったです」


「こちらこそです。そうだ……『魚醤』と『豆醤』でしたね!」


「ええ、そうです。この二つをできるだけ購入したいのと、『豆醤』を作るときに使う麹をわけてくれるところを探しているんです。ご存知ありませんか?」


「麹ねぇ……仕入れ先の醸造工房の主人に頼んでみますよ」


「ほんとですか! 助かります! ありがとうございます!」


 俺があまりにもハイテンションで礼を言ったので、アシアさんは一瞬びっくりして、その後苦笑いをしていた。


「よかったら、また明日にでも来てください。それまでに用意しておきますよ」


「ありがとうございます。お願いします」



 そんな感じで話も落ち着いて、改めて店内の商品をゆっくり見ようと思っていると……


 急に外がざわつきだした。


 ……なんだ?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る