370.ドロシーちゃんの、おねだり。

「私からも、一つお願いがあります!」


 ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんが、期待に満ちた目でそう言った。


「私も秘密基地に連れて行ってほしいのです。で、できれば……その秘密基地に専用の研究室、工作室、実験室を作ってもらいたいのですが……」


 ドロシーちゃんは胸の前で腕を組んで、なぜか上目遣いに俺にアピールしている……

 どういうことだろう……しかも秘密基地に専用の施設を持ちたいとは……


「もちろん、私は構いませんが……アンナ様よろしいでしょうか?」


 俺はそう答えながら、アンナ辺境伯の方を見た。


「ええ、私も構いませんが……できれば、目が届く安全なこの領城にいてほしいとは思っていますが……。それに本来の役目は、押収品の解析ですからね…… 」


 アンナ辺境伯は少し躊躇いつつも優しく言って、最後には少しお母さんぽい顔でドロシーちゃんを見つめた。


「も、もちろん、本来の仕事は忘れていません。ただ……グリムさんの活躍で押収品も増えて、手狭になってきていますし、いずれは撤収しなければならないでしょう。グリムさんの秘密基地なら長く置いておけるでしょうし、スペースも広く使えてじっくり解析できそうです。それに飛竜船の改造などにも広いスペースが必要ですし、大きな音が出るような実験は、領城ではやりにくいというのもあるのです……」


 ドロシーちゃんは、甘えるような、すがるような目でアンナ辺境伯を見つめた。

 こういうときだけは、外見通りの子供に見える。

 お母さんに欲しいものをねだっている感じだ。


「そうですわね……基本はここで仕事をしていただいて、特別な場合に出向く研究室ということならいいでしょう。ただし、一人で行ってはダメですよ。クリスティア様とエマさんの同行がある場合のみ行っていいこととします」


 アンナ辺境伯は、あえてだろうか……お母さんっぽく言って微笑んだ。


「ありがとうございます。それではクリスティア姉様、エマ様、よろしくお願いしますわ」


 ドロシーちゃんはアンナ辺境伯にお礼を言うと、黙って見守っていた第一王女で審問官のクリスティアさんと護衛官のエマさんに悪戯っぽく微笑みかけた。


「わかったわ。あなたのお守りはしっかりしますわよ。行きたいときは必ず言うのよ。一緒に行ってあげるから」

「私もお守りいたしますので、必ず言って下さい。決して一人では行かれませんように……もしもそんなことがあったときには……ふふふ」


 クリスティアさんとエマさんも、悪戯っぽくドロシーちゃんに返していた。

 ただ、エマさんの悪戯っぽい脅しは……目が笑っていなかったらしく……ドロシーちゃんは密かにびびっていた。


「ドロシー、秘密基地に行くときは、『ナンネの街』のミリアのところにも顔出してあげてね。あの子も寂しがっているでしょうから」


 今度は、同じように見守っていた執政官のユリアさんがそう言った。


『ナンネの街』から秘密基地である『竜羽基地』までは地下道が通っているし、飛竜で飛べばあっという間に着いてしまう距離なのだ。

 なんとなく……ドロシーちゃんがハメを外しすぎないためのプレッシャーをかけている気がするが……

 ……やっぱりそのようだ。ユリアさんは悪戯っぽい笑顔でドロシーちゃんを見つめている。


「もうわかってますったら!」


 ドロシーちゃんは、従姉妹のお姉さんたちによる怒涛の攻撃に、少しげんなりしつつ頬っぺたを膨らませていた。


 そんなこんなで、無事ドロシーちゃんの要求通り……秘密基地にドロシーちゃんの特別ラボを設置することになった。



 今日はもう遅いので、明日の朝に俺たちとクリスティアさんとエマさんは、尋問のために秘密基地に向かうことにした。

 ドロシーちゃんも同行すると張り切って、鼻息を荒くしていた。


 なんか遠足を楽しみにしている子供のようだ……。

 本当にこういうときは、見た目通りの子供でリリイやチャッピーと変わらない感じだ。


 それにしても……それ以上興奮すると……眠れなくなっちゃうと思うんですけど……。





  ◇





 翌朝、俺は領城の中庭で朝食をとっていた。


 簡単な打ち合わせをしながら、みんなで朝食をとろうということになり、子供たちも含めて中庭に集まったのだ。


 ここにいるのは俺とニア、リリイ、チャッピー、アンナ辺境伯と娘のソフィアちゃんタリアちゃん、クリスティアさんとエマさん、ユリアさん、吟遊詩人のアグネスさんとタマルさんと弟子のギャビーさんとアントニオ君だ。

 アグネスさんたちは、俺たちがいない間、領域でソフィアちゃんとタリアちゃんの先生をしてもらっているのだ。

 もちろん吟遊詩人の活動もしてもらっているし、『フェアリー商会』のメンバーへの教育なども行ってもらっている。

 そして弟子たちの育成にも、力を注いでもらっている。

 弟子の姉弟は『死霊使い』だった吟遊詩人のジョニーさんの妹弟で、一人前になるためにアグネスさんたちに弟子入りしてもらっているのだ。


 今日もソフィアちゃんとタリアちゃんと早朝練習をするためにやってきていたのだ。

 そこで朝食に誘ったというわけだ。


 アグネスさんとタマルさんは、アンナ辺境伯たちともすっかり打ち解けて仲良くなっている。

 だが、弟子のギャビーさんとアントニオ君は、可愛そうなぐらい緊張してしまっている。


 最初にアンナ辺境伯たちに会ったときには、兄が起こした襲撃事件について深く詫びていた。


 アンナ辺境伯も魔物化していたとはいえ、その兄を討伐したこと申し訳なく思っていると素直に話してくれていた。


 為政者が民を守るためにやった行為について詫びるなんて、俺は正直驚いた。

 だが、アンナ辺境伯の懐の深さを感じた瞬間でもあった。

 普通の為政者なら詫びなど絶対入れないし、犯罪者の親族など相手にしないと思う。


 俺は改めてアンナ辺境伯が好きになり、信頼を厚くしたのだった。


 ギャビーさんとアントニオ君は、兄が犯した罪を償うために役に立てるように精進するとも話していた。

 そして兄を止めてくれたことに、改めてお礼を言っていた。

 正気だった頃の兄なら、むしろ止めてくれたことに感謝するはずだとも言っていた。


 とても好感が持てた。


 アグネスさんとタマルさんの話では、この二人は吟遊詩人としての能力もかなり高いそうだ。

 美女美男であることはもちろん、声、歌、楽器、踊り、記憶力、頭の回転の速さ……吟遊詩人に必要とされるあらゆる能力とセンスを持っているようだ。

 そして武術の才能もあり、舞踏のような戦い方ができるらしい。

 二人一組での連携した戦いが、ずば抜けているとのことだ。

 姉弟ならではの“阿吽の呼吸”で戦うらしい。

 悪の組織に利用されないためにも、強くなることは必要だから非常に嬉しい報告だ。


 最近では、ソフィアちゃんとタリアちゃんの姉妹コンビと、コンビ戦を繰り広げるという訓練もしているようだ。

 ソフィアちゃんとタリアちゃんは、この前のアンデッドの襲撃事件の時にレベルが上がっているので、ギャビーさんとアントニオ君よりも格上になるはずだ。

 それなのに、いい勝負ができるというのは、かなりのセンスと腕前ということだろう。

 もちろん子供の背丈と大人の背丈という優位性はあるけど、この世界ではレベルが高い方が強いから、普通ならソフィアちゃんたちと五分に戦うことはできないはずなんだよね。


 そのソフィアちゃんとタリアちゃんも、目覚ましい成長を遂げているようだ。

 レベルが上がってからというもの、二人はいつもやる気全開らしい。

 リリイとチャッピーと肩を並べるくらい強くなると、がんばっているのだそうだ。


 アグネスさんとタマルさんの話では、この二人もリリイ、チャッピーに負けないほどのセンスを感じさせるときがあるそうだ。


 そんな話が出ると、二人は照れ臭そうに体をくねくねさせていて可愛かった。

 そして友達二人の成長に、リリイとチャッピーもすごく嬉しそうだった。

 ソフィアちゃんとタリアちゃんは、今ではリリイとチャッピーと姉妹みたいになっているのだ。


 アンナ辺境伯も、嬉しそうに目を輝かせていた。


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