369.蒸留酒を、作りたい!

 報告と打ち合わせが一通り終わったところで、俺は魔法カバン経由で『波動収納』から瓶に入った酒を取り出した。


 これは『正義の爪痕』のヘルシング伯爵領内のアジトの食料倉庫に置いてあったもので、薬用酒の一種だ。


 麦を蒸留して作った酒で、蒸留のときに薬草を混ぜて薬用成分を付け加えているらしい。

 おそらく……俺の元の世界でいうところの『ジン』と同じようなものだと思う。

 この近くでは、『アルテミナ公国』で作られているとサーヤが言っていた。


 なぜこれを出したかというと……


 ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんに、渡すためだ。


 彼女は洗脳を解く可能性があるとして、霊果『スピピーチ』の種の中にある仁を使った『桃仁酒』を作ることになっていた。


 前回『スピピーチ』そのものと、その種を渡したのだが、肝心の漬け込むためのお酒がなかったのだ。


 この地域ではワインがほとんどで、エールもあるが蒸留酒の類は、ほとんど流通していないのだ。

 やはり漬け込むなら、蒸留酒が一番いいと思っていたんだよね。


「わあ! よかったです。これですぐに漬けられますわ。お酒を作るところから、やろうかと思っていたので、大助かりです!」


 ドロシーちゃんは、大喜びしてくれた。


 それにしても……酒造りからやる気だったのか……どんだけ多彩なんだ!?

 さすが王国一の天才少女!


「ドロシーちゃんは、蒸留酒の作り方を知っているの?」


 俺は思わず訊いてしまった。


「もちろんです。蒸留酒の作り方が載った文献もありますもの」


 ドロシーちゃんは、ニヤッと微笑んだ。


「もしよかったらだけど、今度作り方を教えてもらえないかなぁ。『フェアリー商会』で、果物を漬け込むための蒸留酒や薬用酒を作りたいんだよね」


『アルテミナ公国』出身で、顔の広い元冒険者のローレルさんに、蒸留酒を作れる人材がいないか紹介してもらおうかと思っていたが、ドロシーちゃんに教えてもらえるなら、そのほうが早いからね。


「もちろん構いませんわ。蒸留設備は、私なりの改善アイディアがあるので、それで作ってもらえると私も検証ができて助かるんですけど……」


 ドロシーちゃんはそう答えてくれ、逆に期待の目を向けられてしまった。

 お願いされるような感じになってしまったが、全く問題ない。

 ドロシーちゃんの改善案なら、より良い設備になるに決まっている。むしろ願ったり叶ったりだ!


「ありがとう。それは助かるよ。アンナ様、薬用のある蒸留酒を作れば、特産品の一つに加えられる可能性もあります」


 俺はドロシーちゃんに礼を言って、アンナ辺境伯にも特産品になる可能性を話した。


「まぁそれはすばらしいですわね! でもドロシーちゃんのアイデアを使って、我が領の特産品にしても大丈夫かしら? ゲンバイン公爵領の特産品にした方が、よろしいんではなくて?」


 さすがアンナ辺境伯、深く考えを巡らせているようだ。

 確かに、あとで問題になったら困るよね……。


「別に構いませんわ! 蒸留酒自体は、作ろうと思えば、誰でも作れます。確立された技術なのです。この辺では、『アルテミナ公国』なんかで盛んに作られているはずですし。私は、作る装置をちょっと改善するだけですから。グリムさんだったら、私がいなかったとしても、独自に蒸留所を作っていたはずです」


 ドロシーちゃんはアンナ辺境伯にそう答えると、俺の方を向いて、ニコリと微笑んだ。


「それでは構いませんね。きっとグリムさんのことですから、今流通がしていないような凄いお酒を作るんでしょうね。期待していますよ!」


 アンナ辺境伯は微笑みながらそう言うと、いつになく悪戯っぽい顔をした。


 やばい……いつもキリッとした美魔女が、悪戯っぽい少女のような表情になると……ギャップ萌えがすごい……。


 一瞬ドキドキしてしまった……。


 本当に、ほんの一瞬だけだったのだが……なぜかニアが俺の頭をポカポカしている……。


 恐ろしい……この人……ほんとに、最近鋭すぎるんだよね……。


 それにしても……ユーフェミア公爵といい、アンナ辺境伯といい、俺を突然ドキドキさせるこの美魔女たちって……何か特別な能力を持っているのだろうか……まぁそんなことはどうでもいいが……。


「特産品として、人気が出るようなものが作れるようにがんばります!」


 俺はアンナ辺境伯にそう答え、ドロシーちゃんに近づいてしゃがんで目線の高さを同じにした。


「ドロシーちゃん、改めて『フェアリー商会』への協力をお願いします。ちゃんとお礼はするからね。指導料とアイデア料がドロシーちゃんに入るようにするつもりだから」


 俺は、改めてドロシーちゃんにお願いをした。


「お礼は結構です! 資料に載っている蒸留設備を少し改善するだけですから。ただ……こうしましょうか……洗脳を解除する薬を調合するために、上質な蒸留酒が必要で、それを王立研究所の上級研究員である私がグリムさんの『フェアリー商会』に依頼した。その代わりに、上質の蒸留酒を作るための設備に少しアドバイスをした。こういうかたちにすれば、誰も文句のつけようがありません」


 ドロシーちゃんは、そう言って少し悪っぽい笑みを浮かべた。


 まったく……第一王女で審問官のクリスティアさんみたいな頭の回りようだ。

 この国の王族や上級貴族は、みんなこうなんだろうか……。

 問題なくまとめるための方便みたいなものが、自然に身についてしまうんだろうか……。

 まぁそのおかげで助かってるから、いいんだけどね。


「わかりました。それでは『フェアリー商会』で、良質な蒸留酒の製造の依頼をお受けいたします」


 俺は悪戯っぽい感じで、大仰に貴族の礼をとった。



 ついに蒸留酒が作れる!

 俺はワクワクが止まらない!


 実は俺が蒸留酒を作りたいのには訳があった。


 蒸留酒を作る設備があれば、元の世界でいうところのいわゆる『スピリッツ』と言われている蒸留酒たちが作れるはずだ。

 物に合わせて多少の設備変更が必要かもしれないが、作り方は大きく変わらないはずだからね。

『スピリッツ』には、『ジン』『ウォッカ』『テキーラ』『ラム』などが入る。

『ジン』『ウォッカ』は、麦類やじゃがいもが原料になるはずだ。

『ラム』はサトウキビが原料だったと思う。

 この三つについては、材料自体はあるからすぐにでも作れると思うんだよね。

 たしか……『ウォッカ』は、蒸留した原酒を白樺の炭で濾過させて完成させるはずだ。

 白樺自体もあるから問題ないが、もし俺が持ってる霊域の木で作った炭で濾過したら……なんか凄いのができそうな気がする。

 多少の薬効成分なら出そうな気もするし……。

『テキーラ』は、アロエに似た特殊なサボテンが原料だったはずから、すぐに作るのは難しいかもしれないけどね。


 あと、確か……ワインを蒸留させれば、『ブランデー』ができたはずだ。

 良質な『ブランデー』が、すぐにでもできそうだ!

 大麦を蒸留すると『ウイスキー』が、できたはずだから『ウイスキー』も作れそうだ。


 それから蒸留酒といえば、なんといっても焼酎だよね!


 麦焼酎、芋焼酎、米焼酎……いろいろ作れそうな気がする……。

 焼酎だけでも、めっちゃ奥が深いからね……。


 そして焼酎ができれば……念願の梅酒を作ることができるのだ!

 これだけでもう……ニアさん顔負けに叫びたい気分だ!


 だが、俺の野望はこんなものではない!

 俺が考えているのは……焼酎、炭酸、レモンを使ったあれだ!

 ……そう! 俺の大好きな『レモンサワー』が作れるのだ!

 レモンの木は、数は少ないが『領都』の『フェアリー農場』の移植してあるから確保できているのだ。


 『レモンサワー』……これはもう……想像すると……テンションだだ上がりだ! うおおおーー!


 個人的な趣向としては、酒関係では『ラガービール』と『レモンサワー』の普及に全力を入れたい感じだ!


 居酒屋で、『とりあえず生』でキレの良い『ラガービール』を飲み干し、落ち着いたところですっきりとした『レモンサワー』で料理を楽しむ……それができたら最高なんだよね。


 炭酸もガラス工房に頼んで容器を作れることはわかっているし、蓋だけ工夫すれば普及させられると思うんだよね。

 今のところ炭酸の源泉は『ミノタウロスの小迷宮』のみだが、探せばきっと他にもあると思うんだよね。


 もちろん梅酒や果実酒も広めたいし、『ウォッカ』があれば何にでも合うから、おしゃれなカクテルも作れちゃうんだよね。


 夢は広がるな……お酒関係に特化するだけでも……大商会ができそうだ……。

 むしろ……お酒関係が一番大きくなる可能性もあるな……。

 国や環境や時代を問わず、お酒が好きな人が多いからね。

 子供やお酒が飲めない人用のジュースなんかも含めて、飲料に特化した事業部門を作ってもいいかもしれないね。

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