第五章

357.ヘルシング伯爵領の、港町。

 翌朝、俺たちは早速マナゾン大河沿いの『イシード市』の港から船を出した。


 この大河のちょうど反対側に、ヘルシング伯爵領の『サングの街』という港町があるようだ。


 途中、この大河で仲間になった川イルカのキューちゃんたちが、遊びにきた。


 この子たちには、『大精霊の神殿』の『仮殿』と呼ばれる地上洞窟部分の入り口である川の接続口を警備してもらっている。

『正義の爪痕』の『薬の博士』のアジトだった場所だが、その後怪しい人間は現れていないとのことだ。

 キューちゃんたちは、俺たちの気配を感じて遊びに来たようだ。


 そういえば…… キューちゃんたちを見て思い出した。

 このマナゾン大河に、最近川サメが増えて困っていたという話があった。


 俺は増えすぎた川サメを、水産資源の保護のためにも間引きしようと思っていたのだが、すっかり忘れていた。


 そんな話をキューちゃんにして謝ると……


(マスター、大丈夫です。『共有スキル』のおかげで、川サメを倒すことができるようになりました。私は火魔法『火弾ファイアショット』が得意です!)


  キューちゃんは得意げにそう話すと、水中からジャンプして空中で三回転した。


 おお……『共有スキル』で川サメにも勝っちゃうのか……

 十メートル以上もある川サメを倒すなんて……すごいなぁ。

 それに火の玉を撃つ川イルカって……恐ろしすぎる……。


 でも普通に考えると……水の中に火の弾丸を射出しても効果が薄いような気がするが……。

 少し気になったので訊いてみた。


(『火弾ファイアショット』でどうやって倒したんだい?)


(はい。ギリギリまで引きつけて、口を開けたところに打ち込むのです!)


 キューちゃんは、またも自慢げにそう言うと、再度空中で三回転した。


 なるほど……口の中に撃ち込んで、中から焼いちゃうわけね……えげつな……。


(マスター、倒した川サメは回収してありますが、お持ちになりますか? 資源として有効利用するのが弔いにもなりますので……)


 そう言うとキューちゃんは、俺の返事も聞かずに『共有スキル』の『アイテムボックス』から川サメの死骸を出した。

 ……しかも三十体以上も……。

 この短い間に、ドンダケ戦ってたのよ!


(みんなすごいね! ありがたく頂戴するよ!)


 俺はそう言って、『波動収納』にすべてのサメの死骸を回収した。


(マスターのおかげです。これで大河の生態系のバランスも維持されると思います)


 キューちゃんをはじめとする川イルカたちは、全員で空中三回転を披露してくれた。

 川イルカの場合……嬉しいと空中で三回転するわけね。

 てか……この人たち……『共有スキル』で強化されてるから、三回転できるだけだよね……。

 普通の川イルカじゃ……一気に三回転は無理でしょう……。

 まぁその場合……嬉しいときは水面から三回ジャンプするとか、いろいろ表現の仕方はあるんだろうけどね……。





  ◇





 しばらくして、対岸の『サングの街』の港に到着した。


 ニアは目立つので、飛竜船にセットしてある『家馬車』の中に隠れてもらっている。

 馬車を引く『竜馬』のオリョウ以外の人型でないメンバーも、目立たないように『家馬車』の中で待機してもらった。

 ただ『スピリット・オウル』のフウは、『家馬車』の屋根に止まっている。

 見た目がフクロウだから、いいことにした。

 後はリリイとチャッピーとサーヤだ。


「旦那! こちらに船を寄せてください!」


 船着場の係りの男の誘導に従って、船を寄せた。

 俺たちのほかに、船が二十隻以上停泊している。

 町の港といっても、かなり規模が大きいようだ。


「ここをまっすぐ行くと、関所がありますので手続きを済ませてください」


 係りの男はそう言いながら、関所門を指差した。


 飛竜船に搭載している『家馬車』を降ろし、オリョウに引いてもらって関所門に向かった。


「どっからきたんですか? 身分証はありますか?」


 女性の係員が、笑顔で確認してきた。


「ピグシード辺境伯領から来ました。商人のグリムと申します」


 俺はそう言って、商人としての身分証を出した。

 特に問題がなければ、貴族の身分証は出さないでおこうと思う。


「ピ、ピグシード辺境伯領? ……なんの商売ですか?」


 係の女性が少し驚き、そして訝しげな表情になった。


「はい。ご存知かと思いますが、ピグシード辺境伯領は今大変な状態です。商品の仕入れも碌にできない有り様です。生活に必要な物資も不足しております。そこで、こちらに仕入れにきたのです」


 俺はそう説明をした。


「そうですか……大変でしょうねぇ……。でも仕入先のあては、あるんですか?」


 係の女性は俺に同情しつつも、質問を続けた。

 そんなにすんなりとは通してくれないようだ……。


「はい。実は……私自身はこちらに参るのは初めてなのですが、知り合いの商人から紹介状を預かってきているのです」


 俺はそう言って、紹介状の巻物を見せた。


 念のために、領都の『商業ギルド』のギルド長のウインさんから紹介状をもらっていたのだ。

 ウインさんが会頭をしている『ビジーネ商会』は、領都でも有数の名門商会で、隣領の商人にも名が知られていると考えたからだ。


「なるほど。ではあては、あるのですね。うまくいくといいですね」


 係の女性は、納得してくれたようだ。

 あくまで形式的な質問の一つに過ぎなかったようだ。


 俺は礼を言って『家馬車』の御者席に座った。


「あ、そういえば……最近は盗賊が増えています。街道を行くときは、特に気をつけてください!」


 係の女性が、最後にそんな忠告をしてくれた。


 忠告してくれるのは、ありがたいんだけど……

 普通に盗賊が増えていると言われてもねえ……。

 俺たちは大丈夫だが、普通の商人ならかなり厳しいと思う。

 商隊を組んで傭兵を雇うとかしないと、まず太刀打ちできないだろう。


 個人商人には、危険なんてレベルを通り越して、ほとんど死亡宣告レベルだと思う。

 領軍の取り締まりは、どうなっているのだろう……。

 やはり前評判通り、領内が荒れているのかもしれない。


 そしてあの係の女性も、特に俺たちを止めることもなかった。

 まぁ……止められる方が面倒くさいから、それはそれでよかったんだけど……。

 一応、忠告はしたということなのだろう。

 この世界では、自分の命は自分で守るというのが基本だろうからね。



 それはともかく、入領の関所も無事に通過したし、ヘルシング伯爵領の旅を始めるとしますか!

 まずは、この『サングの街』を見て回るかな。


 お腹もすいたし、『正義の爪痕』のアジト壊滅は、その後でもいいだろう。

『腹が減っては、戦はできぬ』というやつだ。


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