358.構成員は、ヴァンパイア。

 ヘルシング伯爵領の港町『サングの街』は、人口が千人以上いるようで大きな街だ。


 ヘルシング伯爵領に四つある港湾都市の一つで、マナゾン大河を利用して訪れる旅人も多いようだ。


 この街自体はそれなりに活気もあるようだし、評判になっているような荒んだ感じは、今のところ感じられない。


 関所門を入ってすぐの広場には、屋台がたくさん出ていて、食欲をそそる匂いが充満している。


 ニアとリリイとチャッピーが『家馬車』の窓から顔を出して、よだれを垂らしている……。


 俺はすぐに、広場の奥にある駐車スペースに『家馬車』を止めた。


 ニアは目立つので、『家馬車』の中で留守番してもらって、リリイとチャッピーを連れて買い出しに出ることにした。


 屋台で買い込んで、『家馬車』に戻ってみんなで食べようと思っている。


 ニアはかなりふて腐れていたが、今は目立つわけにはいかないので我慢してもらうしかない。


「美味しそうな匂いがいっぱいなのだ!」

「全部食べたいなの〜」


 リリイとチャッピーが、目をキラキラさせながらよだれを垂らしている。


 やばい早く買わないと……よだれで大変なことになりそうだ。


 確かに美味しそうなものがいっぱいあって、迷っちゃうよね……。

 というか……ここはもう大人買いするしかないだろう!


 港町ということで、水産物が多い。


 魚の塩焼き、干物を焼いたもの、甘辛く煮たようなものもある。

 もちろん肉串も売っている。


 一通り買い込んで、すぐに『家馬車』に戻り、みんなで空腹を満たした。


 もう少しゆっくりこの港町を散策したかったが、俺たちはすぐに街を出て街道に入った。


 早速『薬の博士』から没収した転移の魔法道具で、登録されているアジトに転移しようと思っている。


『薬の博士』の証言により、大体の場所はわかっている。

 この街道を進んだところの近くのようだ。


 仲間たちにはこのまま『家馬車』で向かってもらい、俺は一足先に転移の魔法道具でアジトに潜入しようと思っている。



 俺は『闇の掃除人』装備である『隠れ蓑のローブ』『ハイジャンプベルト』『魔力刀 月華げっか』を装備して、転移した。


 広い地下空間のような場所に出た。

 魔法のランタンが一定間隔で配置されていて、ある程度の明かりはあるが、全体的には薄暗い。

 数人の構成員が歩いている。


『隠れ蓑のローブ』で姿と気配を消しているので、気づかれることはないだろう。


 俺はそのまま周囲を調査することにした。


 この大きな広場からは、通路が四つ出ている。


 このアジトも、どうもアリの巣状の構造になっているようだ。


 構成員に焦点を当てて、『波動検知』をかける——


 ……かなりの数がいる。

 やはり単に避難場所というだけではなく、大きなアジトの一つのようだ。


 二百人近くいる。


 いろんな場所に分散しているようだが、一番人数が多い方向に向かうことにした。


 しばらく行くと、また広場のような空間に出た。

 檻が設置されている。


 ここはなぜか男性だけが囚われている。

 今までは女性ばかりが囚われていたが……かなり違和感がある。


  十代から五十代くらいまで、百人ほどいるようだ。


 なにか始まるようだ……

 檻から出されて三十人ほどが横一列に並ばされている。

 一体なにを始める気なんだ……


 今度は、構成員たちが対になるように横一列に並んだ。


 すると次の瞬間——


 え……構成員たちが捕虜の男たちに噛み付いた!


 俺はすぐに助けに入ろうと思ったが、ギリギリで踏みとどまった。


 あれは……おそらく血を吸っているのだ……。

 殺そうという殺気のようなものは感じない。


 もしや……この人たちは吸血鬼に血を提供するために、囚われているのか……。


 ここの構成員たちは吸血鬼なのか……


 四人めの博士である『血の博士』別名『魔導の博士』は、上級吸血鬼『ヴァンパイアロード』であることが判明している。

 この場所が『血の博士』のアジトもしくは管轄する場所なら、ここの構成員が吸血鬼であっても不思議ではない……。


 俺は密かに構成員に『波動鑑定』をかける……


 やはり……


『種族』が『下級吸血鬼 ヴァンパイア』となっている。


 さてどうするか……


 相手が吸血鬼ならアンデッドなわけだし、以前領都を襲ったアンデッドたちを殲滅した光魔法の巻物『聖なる光の雨』で殲滅できるかもしれないが……。


「フッフフ、これでいいだろう。三回目の吸血と与血は終わっている。今回の吸血を最後にしよう。仲間にしてやるとするか。一度殺せば、ヴァンパイアとして復活する」

「そうだな。これで俺たちと同じだ。きっと感謝するだろうぜ。俺たちも元はといえば、力のない農民だった。それが今は、不死のヴァンパイアだ。ヒッヒ」


 『聴力強化』スキルで強化された聴力が、会話をひろった。


 今の話からすると……この捕虜たちは、血の提供用というよりもヴァンパイア化して構成員にするために囚われているようだ。


 そしてヴァンパイア化している構成員たちも、元はといえば、拉致された一般人のようだ。


 もしそうだとすれば……できれば救ってやりたいが……。


 ヴァンパイアとして殲滅してしまうのではなく、構成員として捕縛することにしよう。


「よし! じゃぁ首をひねって一度殺すか!」

「ああ、そうだな。すぐにヴァンパイアになって、力を得たことを喜ぶだろうぜ!」


 今度は構成員たちがそんな話をしている。


 この話は当の捕虜たちにも聞こえているはずなのに、誰も動揺したり怯えたりする様子がない。


 不思議に思い『波動鑑定』をかけてみると……


 なるほど……そういうことか。

『状態』が『暗示状態』と表示されている。


 みんな『暗示』をかけられているようだ。

 それ故に、恐怖もなにも感じていないのだろう。


 洗脳状態の場合は『状態』に表示されないの、暗示にかかっている場合は『状態』に表示されるのか……。


 洗脳は知らず知らずの間に思考を誘導しているだけなのに対し、暗示は強制的に思考を歪めているから『状態』に表示されるのだろうか。

 もしそうだとすれば……やはり一番怖いのは洗脳かもしれない。


 さっき構成員を『波動鑑定』したときに、『種族固有スキル』に『血の暗示』というものがあった。

 血を吸った相手に対して、暗示をかけることができるスキルのようだ。

 みんなそれにかかった状態なのだろう。


 早く助けないと首の骨を折られて、ヴァンパイアにされてしまう。


 俺は、姿と気配を消したまま構成員たちに近づいた。


 ——バタンッ、バタンッ、バタンッ


 構成員たちが次々に床に倒れていった。


 俺はいつものように、『状態異常付与』スキルで『眠り』を付与したのだ。


 この場にいた三十人のヴァンパイアである構成員たちを眠らせた。


 『暗示』にかかっている捕虜たちは、構成員たちが倒れても多少動揺する程度で、あまり騒ぐことはない。

 本来ならこの人たちを助けてしまいたいところだが……

 このアジトを壊滅してしまうまでは一旦檻に戻ってもらって、おとなしくしてもらっていた方が安全だろう。

 俺は『ものまね』スキルを使って、さっき聞いた構成の声で檻に戻るように命じた。

 普通なら構成員は全員倒れていて声だけするのはおかしいはずなのだが、暗示状態の彼らは特に騒ぎ立てる様なことはなかった。


 よし、まずは構成員であるヴァンパイアを全員を無力化してしまおう。


『血の博士』である『上級吸血鬼 ヴァンパイアロード』もいるかもしれないが、その方が逆に好都合だ。

 一気に倒してしまいたい。

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