356.ヘルシング伯爵領の、評判。

 クリスティアさんの報告は、他にもあった。

 あのアジトの役割を聞き出してくれたようだ。


 それは……特殊な武器の開発と生産だった。


 アイデアを『武器の博士』が出して、設計開発を一番弟子男が行っていたと証言したそうだ。

 俺が聞いたときも、そんなことを饒舌に語っていたが、あのアジトの目的はまさしくそれだったようだ。


 故『道具の博士』の一番弟子だった男は、道具というよりは武器の開発力を評価されていたそうだ。

 どうもその力を買われ、『道具の博士』から半ば独立するようなかたちで、特殊な武器の開発と製造を担当するようになったらしい。

 その際、『道具の博士』の下にいた古参の助手たちが、『道具の博士』の指示で一緒についてきたのだそうだ。

 手助けをさせるためらしい。

『道具の博士』は、一瞬しか会っていないし、そのときは狂ったマッドサイエンティストにしか見えなかったが……一応弟子に対する愛情はあったということなのだろうか……。


『連射式吹き矢』や『連射式クロスボウ』は、かなり画期的な武器だと思う。

 アイディア自体を思いつく『武器の博士』も凄いが、そのアイデアを形にして完成してしまったこの一番弟子男も恐ろしい技術を持っている。

 どちらかと言うと……この一番弟子男が『武器の博士』を名乗ったほうがいいのではないだろうか……。


 クリスティアさんの話では、武器作りの話になると、やはり自慢げに話し出し饒舌になったそうだ。



 クリスティアさんの報告が終わったところで、俺は次の行動について相談することにした。


 没収した転移の魔法道具に登録されている『正義の爪痕』のアジトはもう一つある。


 それはピグシード辺境伯領のマナゾン大河を挟んだ西隣にあるヘルシング伯爵領内だ。


 早く潰してしまった方がいい。

 俺は、今回も没収した転移の魔法道具を使っての単独での侵入を提案した。


 ただ前回と同じように、俺単独ではみんな心配すると思ったので、今回も俺の仲間たちを近くに待機させるという作戦を提案した。

 これなら了承を得られると思ったのだが……


「今回はヘルシング伯爵領内になりますので、ヘルシング伯爵に事前に許可を得るのが筋なのです。国王の命で、ヘルシング伯爵も動いているはずですので……」


 そう言いながら、アンナ辺境伯は顔を曇らせた。


「困りましたわね。しかもヘルシング伯爵領内というのが……」


 クリスティアさんも、少し顔を曇らせた。


「なにか問題でもあるのでしょうか?」


 俺がそう尋ねると……


「ええ、まともにやったのでは時間がかかりますし、許可を出すかもわかりません。自領のことを他領に頼るのは、抵抗があるでしょうから……」


 アンナ辺境伯が腕組みしながら、そう答えた。


「それにヘルシング伯爵家は、少し……問題があるようですし……」


 今度はクリスティアさんが、呟くように言った。


 詳しく訊くと……


 どうもヘルシング伯爵領は、現在領運営がうまくいっていないとの噂が流れているそうだ。


 領民には重い税が課せられ、無理難題を課され逃げ出してしまう領民が増えているらしい。

 突然、村の住民が全て消えたりなどの不審なことも起きているようだ。

 盗賊の増加や役人の不正などの噂もあるらしい。



 当然このことは国王の耳にも入っていて、国王は通信の魔法道具を使ってヘルシング伯爵と話をしたそうだ。

 だが、ヘルシング伯爵は、単なる噂だと否定したそうだ。


 国王としても明確な証拠もないのに、伯爵を問い詰めることもできなかったようだ。


 ヘルシング伯爵家は、元々は人々を守るという意識が強い、貴族の手本のような名家なのだそうだ。

 その歴史は、ピグシード家よりも古く千年に遡るらしい。

 武勇も勇猛さも有名であり、吸血鬼から人々を守る『ヴァンパイアハンター』としても有名な家系とのことだ。


 英雄伝説にもなっていて、人々を苦しめていた吸血鬼を倒し、多くの国民を救ったことから伯爵の位を授かったらしい。

 それ以降も代々吸血鬼の専門家として、自領に限らず、吸血鬼から人々を守る活動をしてるとのことだ。


 ある意味……ヒーローじゃないか……代々続く人々を守るヒーローの名家……かっこいい!


 そんな名家の領運営が酷いとは……

 無能な子孫が跡を継いでしまったのだろうか……。


 ただ俺は、この話を聞いて別の違和感を感じた……


『正義の爪痕』の四人目の博士の『血の博士』は、上級吸血鬼『ヴァンパイアロード』だという情報だった。

 その『正義の爪痕』のアジトを、わざわざ『ヴァンパイアハンター』の名門であるヘルシング伯爵領内に作るだろうか……。

 なぜ作ったのだろう……そんな違和感を感じてしまった。


 ヘルシング伯爵領内で登録されているアジトは、証言によれば、幹部が集まる古いアジトで、いざというときの緊急避難場所であるため、転移の魔法道具に登録されていたとのことだった。


 ということは、最近できたのではなく、以前から使っていたということになるはずだ。

 それも幹部が集まる重要なアジトということだ。


 なぜ吸血鬼の天敵の本拠地であるヘルシング伯爵領内にアジトを作ったのか……やはり違和感を感じる。


 現在の伯爵は七年前に爵位を継いで、しばらくは評判も良かったらしい。

 それがここ数年は、悪い評判しか聞こえてこなくなったようだ。


 どういう理由かはわからないが、人が変わってしまったのだろうか。

 特別な地位に立つと、自分を見失う人間がいてもおかしくはないけど……。


 現在の評判を考えると……まともに筋を通しても難しい気がする……。


「これは特別な策を用いるしかありませんね。グリムさん、あなたに私の特使として、ヘルシング伯爵領に行っていただきたいのです」


 突然アンナ辺境伯から提案された。

 なにか思いついたようだ。


「かまいませんが、それはどういうことでしょうか?」


「わが領の復興に協力を求める特使として、ヘルシング伯爵に会ってきてほしいのです。マナゾン大河を挟んでの隣領になりますし、我が領の大河沿いの都市『イシード市』の復興のための協力を要請してほしいのです。もちろん、それは表向きの理由です。私の特使としてヘルシング伯爵領内に入り、領都を目指している途中に、たまたま犯罪組織に出くわして捕縛したとしても、感謝されこそすれ責められることはないという理屈です」


 アンナ辺境伯は、ニヤリと笑った。


 なるほど……そういうことか。

 正式な特使としてヘルシング伯爵領に入り、そこから領都まで旅する間に、『正義の爪痕』のアジトを偶然を装って壊滅してしまえばいいのか。

 それも、もしばれたらそうすればいいというだけで、内密にことを済ませればそれが一番いいだろう。


「それがいいですわね。さすがアンナ様です」


 クリスティアさんも同意した。


「わかりました。いい作戦だと思います。では早速向かいます」


 俺は了承して、その後いくつかの打ち合わせをした。


 護衛を引き連れて大掛かりに入領するやり方と、あくまで一般人として目立たないように行動し、役人に止められたときだけ内密な特使であることを告げるやり方があるとのことだ。

 後者の目立たない作戦でいくことにした。

 大掛かりになると、目立って身動きが取りにくくなるからね。


 あくまで一般人の装いで、関所を通るときだけ密命を受けた特使であることを説明して、役人たちにも内密にしてもらうように依頼する予定なのだ。

 理由は、犯罪組織の標的にならないためということにする予定だ。

 当然、領城には報告が上がるだろうが、大々的に先導されたり護衛されたりするよりはいいだろう。


 俺は飛竜船で『イシード市』の港まで行って、そこから船でマナゾン大河の対岸のヘルシング伯爵領の街に入ることにした。


 思わぬかたちで旅ができることになったが、あくまで目的は『正義の爪痕』のアジトの壊滅なので、できるだけ急いでヘルシング伯爵領に入ろうと思っている。



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