355.洗脳解除の、秘策。
俺は領城に入り、すぐにアンナ辺境伯たちに会議室に集まってもらった。
セイバーン公爵領内の『正義の爪痕』のアジトでのことを詳細に報告した。
セイバーン公爵家次女で執政官のユリアさんからは、姉のシャリアさんやセイバーン軍に助力したことへの礼を言われた。
シャリアさんから、アジトの責任者であった『道具の博士』の一番弟子男と古参の助手の尋問を依頼され、連行した旨も告げた。
第一王女で審問官のクリスティアさんは、すぐに尋問に取り掛かると言ってくれた。
それからゲンバイン公爵家長女で、王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんから報告があった。
今まで収監した『正義の爪痕』の構成員に対し調査をしたところ、死んだ『道具の博士』の助手三人が洗脳状態にあったことがわかったという報告だった。
洗脳は、思考を自然なかたちで誘導している状態なので、本人に洗脳されている自覚はないのだそうだ。
『鑑定』スキルで『状態』表示を見ても、特になにも表示されないのだ。
洗脳されているか否かを判断すること自体が、難しいことなのだ。
天才少女であるドロシーちゃんは、洗脳されているか否かの判断をする方法を編み出したようだ。
本人の話では、完璧ではないようだが、大まかな判断はつくのだそうだ。
いくつかの質問に、光の点滅を組み合わせ、瞳孔や発汗の状態などで判断するようだ。
今後、改良の余地はあるにしても、現時点では十分だろう。
それで『道具の博士』のアジトで捕縛していた助手の三人が、洗脳されているとことがわかったそうだ。
この助手たちは、今回連行してきた古参の助手たちと違って、最近『道具の博士』の助手になったばかりのようだった。
おそらく、有望な者を拉致してきて洗脳状態にしたのだろう。
まぁ洗脳を前提にしていたとすれば、無理矢理拉致したのではなく、詐欺的な手法で勧誘したのかもしれないけどね。
ただ洗脳されていることはわかっても、その状態を解除することは非常に難しいようだ。
なにせ本人は、自分の自然な考えだと思っているわけだからね。
ドロシーちゃんは、文献をあたった結果、特別な霊果『スピピーチ』の種から作る『桃仁酒』なら洗脳状態を解除できる可能性があると考えているようだ。
確かに、『スピピーチ』は気力回復効果があり、精神疾患にも効果があるとされている。
ただ、洗脳されている状態は精神疾患ではないはずだ……。
『スピピーチ』を食べただけでは、効果がないのかもしれない。
ドロシーちゃんが注目した『桃仁酒』は、『スピピーチ』の種子の殻内の仁を使って作るものだ。
たしか……『桃仁酒』は、浄化の効果があるとされていたと思うが、浄化というのが漠然としていてよくわからなかった。
お酒の一種だし、清めるというか……お清め程度の効果かと想像していたが……。
洗脳に効果があるのだろうか……
不思議に思って、ドロシーちゃんに詳しく聞いてみると、文献に洗脳に対する効果があったとみられる記述を発見したらしい。
だが『スピピーチ』は、特別な霊果で、手に入れる方法がないと嘆いていた。
そんなに特別なものだったのか……
俺にとってはすごく馴染みがあるし、極上の果物程度に考えていたのだが……。
霊域にいっぱい実っているし、俺の『波動収納』にも、いっぱいあるからね。
『正義の爪痕』のアジトに囚われていた女性たちを助けたときも、気力の回復と心の傷を癒すために、普通に食べさせていたし……。
そのタネも取ってあるんだよね。
俺は『波動収納』から『スピピーチ』とそのタネを取り出し、ドロシーちゃんに差し出した。
「こ、これは……まさか『スピピーチ』? ……そして……そのタネ?」
ドロシーちゃんは、驚きの言葉を発した後……口をあんぐり開いたまま固まってしまった。
「これは、妖精族から貰ったものなんだ。結構あるから、これで作ってみてくれるかい?」
俺はそう言いながら、ニアに視線を送った。
「本当に効果が出るようなら、またいっぱい持ってくるわ。妖精女神様にお任せよ!」
ニアはそう言って、固まってしまっているドロシーちゃんの頭の上にもたれかかった。
ドロシーちゃんは、口を開けたまま黙って頷いた。
うまくいけば、洗脳状態を簡単に解除できる薬が作れそうだ。
それから、今のところ人格が書き換えられているかどうかを判定する方法は確立できていないとのことだ。
構成員の中には、洗脳を超えて、『死霊使い』だった吟遊詩人ジョニーさんのように人格を書き換えられている者がいる可能性もあるからね。
詳しくはわからないが、洗脳が特殊な誘導により思考が歪められている状態だとすれば、ドロシーちゃんが発見したように体になにか反応が出るのかもしれない。
これに対して人格の書き換えは、全く違う人格になっているわけだから、歪められている感じとは違って特別な反応が体には出ないのかもしれない。二重人格の別の人格が出ている状態に近いのかもしれない。
◇
お昼休憩をはさんで、午後に俺たちはもう一度会議室に集まった。
早速、審問官のクリスティアさんから、『道具の博士』の一番弟子男と古参の助手たちの尋問により得られた情報の報告があった。
もっとも短い時間での尋問なので、第一報ということで、この後引き続き尋問するとのことだ。
実は俺は、事前に一番聞き出してほしいことを、クリスティアさんに話していた。
それは……なぜ暴れるだけのはずの『死人魔物』が、連携して攻撃をしていたのか……まるで人としての意識を残したまま戦っているような感じもあった。
もし意識を保ったまま『死人魔物』になる改良型の『死人薬』が完成していたら、かなり厄介になることになる
それ故に、すぐにでも確認しておきたかったのだ。
クリスティアさんの尋問結果によれば……俺が一番恐れている意識を保ったまま『死人魔物』になる改良薬は完成していないとのことだった。
よかった……少しほっとした。
『正義の爪痕』の急襲部隊のような訓練された部隊が、魔物の力を得て組織だって戦ったら……普通の領軍では対応できなくなるだろうからね。
今回は、一番弟子男のアイディアで独自改良した薬を使ったようだ。
蛇の『死人魔物』になる『死人薬』に、『操蛇の矢』で使っていた成分……つまりは『蛇使い』ギュリちゃんの血だが……を混ぜて『蛇系限定の改良死人薬』を作ったらしい。
それを飲ませて『蛇死人』にして、その後『操蛇の笛』で「共に戦え」などの単純な命令を与えていたとのことだ。
確かに言われてみれば……『蛇死人』になる『死人薬』と『操蛇の矢』『操蛇の笛』を組み合わせれば、簡単な誘導というか……指示は出せるかもしれない。
よく考えられているというか……本当に悪知恵が働く……。
この一番弟子男も死んだ『道具の博士』同様、恐ろしい思考の持ち主のようだ。
マッドサイエンティストだ……。
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