349.アジトの、壊滅に向けて。

『薬の博士』のアジトから保護した百八人の女性たちは、無事に領城に連れてくることができたようだ。

 今は執政官のユリアさんが手配してくれた場所で、ゆっくり休んでいるようだ。

 一応、全員に審問官であるクリスティアさんの尋問を受けてもらわなければならないので、しばらく滞在することになるだろう。


 簡単な聞き取りによると、七十人は『ヘルシング伯爵領』出身で、三十八人は『アルテミナ公国』出身らしい。

 みんな拉致されて、連れてこられたようだ。

 住んでいた村が襲われ、拘束されたらしい。

 そして若い女性だけが『死人薬』製造のための材料として『薬の博士』のアジトに移され、他の者たちは別の場所に連れていかれたそうだ。


 この話が本当なら、『ヘルシング伯爵領』にしろ『アルテミナ公国』にしろ、村が一つか二つ丸ごと消えたことになると思うが……騒ぎになっていないのだろうか……。


 この聞き取りをしてくれたのは、彼女たちの輸送を担当したミルキーと『アラクネロード』のケニーだ。

 飛竜船で輸送しているときに、一人一人話を聞いてくれたらしい。

 ケニーは、新しく取得した『種族固有スキル』の『分離行動』を発動して、人型個体の方で手伝ってくれていた。

 一見すると人にしか見えないのだ。

 まぁ怜悧な感じの超絶美人ではあるけどね。

 怜悧な感じの美人って、一見近寄りがたい雰囲気もあるのだが……意外とみんな心を開く感じなんだよね。 

 リリイとチャッピーも、すぐに懐いていたしね。


 保護された女性たちは、離れ離れになってしまった家族のことを、案じているようだ。

 やはり一刻も早く、情報が判明しているアジトに乗り込むべきだな……。



 それから『エンペラースライム』のリンちゃんからの報告で、極秘任務はうまくいったようだ。


 審問官のクリスティアさんの本格的な尋問が始まる前には、二人の博士の弱体化に成功していたようだ。


 極秘任務とは『種族固有スキル』の『吸収』の『ランダムドレイン』コマンドを使って、二人の博士から『通常スキル』を奪い取るという任務である。

『武器の博士』は、『強者看破』という珍しい『通常スキル』を持っていた。

『薬の博士』は、『製薬』『精錬』などの俺が持っていないスキルを持っていた。

 これらのスキルを奪うことに成功したのだ。

『ランダムドレイン』は、ランダムに『通常スキル』か、『経験値』か、『ステータス数値』を奪うことになる。

 スキルを奪うために、何度も『ランダムドレイン』を使う中で、結果的にステータス数値も一割程度下げてしまったようだ。

  二人の博士は、かなりレベルが高いかったので、万が一を考え、できるだけ弱体化させておきたかったのだ。




  ◇




 俺たちは、審問官のクリスティアさんによる報告が終わった後、休憩も含めて一旦解散していたが、再度会議室に集まった。


 『薬の博士』のアジトには、『死人薬』などの製造装置がそのまま残してある。

 王立研究所の上級研究員であるドロシーちゃんに出向いてもらって、調査をするのが一番よいのだが、距離的にも遠いし、本格的な調査をするにはだいぶ時間がかかるだろう。


 そこで俺は、一つの提案をした。


 まず最初にドロシーちゃんと俺が飛竜船でアジトに行って、ドロシーちゃんに装置の状態を確認してもらう。

 そして移動しても問題がないようなら、俺が魔法カバンを使って回収し、領城の中に改めて設置して、ドロシーちゃんにゆっくり検証してもらうという案だ。


 この方がドロシーちゃんも安全だし、守備兵の戦力を分散させなくて済むからね。

 もっともドロシーちゃんの判断で、装置が動かせないとなれば、アジトにしばらく滞在して検証するしかないけどね。


 アンナ辺境伯も、やはり領城で検証してもらった方が安心できるようで、すぐに俺の案に賛成してくれた。



 俺はドロシーちゃんを連れて、早速、飛竜船でアジトに向かった。


 そしてドロシーちゃんを案内し、装置の状態などを確認してもらった。


 ドロシーちゃんは、なにやらメモのようなものをとっていたが、一通り取り終わると、移動しても大丈夫という許可を出してくれた。


 そこで俺は、魔法カバンでしまう体で『波動収納』に回収したわけだが、そのあまりの収納量にドロシーちゃんは驚き、少し訝しげな表情で俺を見た。

 この感じ……もう慣れてきた。

 もっともそんな反応は予想できたので、魔法カバンを二つ使うかたちで不自然さを多少緩和した。

 一つはもともと俺が持っていた魔法カバンだが、もう一つは今回『薬の博士』から没収した魔法カバンだ。

 これは『極上級プライム』階級の魔法カバンなので、大容量で、より不自然さの緩和に役立つと思ったのだ。

 だが……それほど効果はなかったかもしれない……

 だいぶ怪しまれている感じで……ジト目を向けられてしまっているからね……。

 なぜにジト目……ニアさん……本当にジト目を流行らせようとしてないよね……?


 まぁそれはともかく……無事に装置を回収して、再び飛竜船に乗ってドロシーちゃんと領城に戻った。


 ちなみに、このアジトに再び『正義の爪痕』の構成員などが侵入しないように、『川イルカ』のキューちゃんたちにこの場所の警護をお願いした。

 なにか異常があったら、すぐに念話が入るから対応できるだろう。


 キューちゃんたちは、『共有スキル』が使えるので、『空泳』スキルを使えば、空を泳ぐこともできる。

 それに気づいたキューちゃんたちは、大喜びしていたのだが……

 普通川イルカが空を飛んでいたら、かなりのビック映像なので、そのスキルの使用は自重するように頼んでおいた。

 ただ人目のない『正義の爪痕』のアジトだった洞窟の中なら、大丈夫という話もした。

 キューちゃんたちは大喜びで、この場所を警護するとともに、今まで上がれなかった地上部分を探検すると鼻息を荒くしていた。


 まぁここなら人目に触れることもないし、大丈夫だろう。

 入り口の警護だけ忘れずにやってくれればね。



 領城に戻った頃には、すっかり夕方になっていた。

 城の中の使っていないホールに、回収してきた装置を設置し、あとはドロシーちゃんに任せることにした。






 ◇






 翌朝俺は、アンナ辺境伯たちに再び会議室に集まってもらった。


 そして俺は、アンナ辺境伯たちに、情報を掴むことができた『正義の爪痕』のアジトの壊滅に取り掛かりたい旨の話をした。

 そしてそのために、二博士から回収した転移の魔法道具を、引き続き預からせてもらえるようにお願いした。


 俺は準備を整え次第、この転移の魔法道具を使って組織のアジトに乗り込もうと思っている。


 この転移の魔法道具は、使用者本人しか転移できないので、みんな心配してくれた。

 アンナ辺境伯も、執政官のユリアさんも、審問官のクリスティアさんもその護衛のエマさんも、上級研究員のドロシーちゃんも、みんなが俺に声をかけて止めてくれたのだ。

 だがせっかく得た情報だし、早く動かないと『薬の博士』と『武器の博士』を捕縛したことを察知される可能性もある。

 心配してくれるのはありがたいのだが、早く行動することを優先したいと強く主張させてもらった。

 そして今回引き出してくれた情報によって、転移先の大体の場所がわかったので、仲間たちにも先行してその周辺に待機してもらうという連動作戦をすることを説明して、なんとか作戦決行の了承を得ることができた。

 アンナ辺境伯からは、『正義の爪痕』のアジトから押収した『眠り』や『麻痺』の効果のある装置を渡された。

『薬の博士』が作ったものだが、『正義の爪痕』のアジトを壊滅するのに役立つなら使って構わないとのことだ。

『眠り筒』『麻痺筒』という名称で、『下級イージー』階級のアイテムだ。

 魔法道具ではないし、使い捨てのアイテムなので『下級』なのだろう。

 なんとなく……『中級ミドル』くらいの階級でもいいような気はするが……

 もしかしたら、効果範囲があまり広くないのかもしれない。



 そんな話をする中で分かったことがある。

 ユーフェミア公爵が王城から得てきた情報にあったセイバーン公爵領内の遺跡の場所の一つと、転移先が一致していることが分かったのだ。


 セイバーン公爵領内にある『正義の爪痕』のアジトの候補地の三カ所には、現在、セイバーン軍が調査に向かっているらしい。

 屈強なセイバーン軍なら大丈夫だと思うが、俺は万が一を考えヘルシング伯爵領ではなく、セイバーン公爵領内のアジトを優先することにした。



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