298.探していた、答え。
「アンナ様、よろしければこの領の『正義の爪痕』のアジト探索は、私が担当いたします」
俺は、アンナ辺境伯にそう申し出た。
対象エリアが一つとはいえ、貴重な兵士の人手を使うより、俺が担当して仲間のスライムたちに探ってもらう方が効率的だからね。
「そうしていただけると助かります。必要なことがあれば、何でも言って下さい」
アンナ辺境伯は、首肯しながらそう言った。
「仮にアジトを発見したとして、『武器の博士』と対峙したときに、また転移の魔法道具で逃げられる可能性があります。なにか……転移を防ぐ方法はないでしょうか?」
丁度いい機会なので、そんな事を尋ねてみた。
不可侵領域にある迷宮遺跡で潜伏している白衣の男についても、その方法が見つからないから手を出せない状態だからね。
「それは……中々の難問だねぇ……ドロシー、あんた何か知らないかい?」
ユーフェミア公爵がそう言って、ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシー嬢に話を振ってくれた。
「確か……転移……すなわち空間魔法型の行動を阻害する魔法道具があったという資料は見たことがあるのですが……その魔法道具がどんなもので、どこにあるかまでは書いてなかった気がします。ただ理屈的に考えれば、強固な結界のようなものがあれば防げるかもしれませんね……」
ドロシー嬢の頭を傾げながら、記憶を辿るように右斜め前方に視線を泳がせた。
「あの……確証はありませんが……我がピグシード家の伝家の宝刀『
アンナ辺境伯がそんな衝撃発言をした……。
そう……衝撃の発言だった。
俺は衝撃を受けたのだ……。
俺がずっと探し求めていた答えが……こんな近くにあったなんて……。
確かに……よくよく思い出してみれば……領城に張られていたドーム状のバリア防御障壁の前に、悪魔たちは転移して来た。
そして、必死であのバリア防御障壁を破壊した。
その中に転移することが出来なかったからだろう。
少なくとも……外からバリア防御障壁の内側に転移することが出来ないの確定だろう。
確かに実際やってみないとわからないが……バリア防御障壁の内側から外に転移することも防げる可能性が高い。
なんてことだ……
なぜ気づかなかったのだろう……。
(ナビー、どう思う?)
俺は『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーに尋ねてみた。
(確かに、そのバリア防御障壁なら転移を防げる可能性があります。通常の防御壁は、敵の攻撃を防ぎつつ自軍の攻撃を通す仕様も多いようですが……あのバリア防御障壁は、かなり特殊な……絶対防御の力のようでした。それと引き換えに……自軍からの攻撃も転移も出来ない可能性はあります。それなら中に閉じ込めれば転移を防げる可能性があります。ただバリア防御障壁はかなり特殊な力のようで、そのために前辺境伯は亡くなったはずです……)
おお……ナビーが冷静にそう指摘してくれた。
確かに……前辺境伯は、領民を守るために残りの魔力と生命力を注ぎ込んで、あのバリア防御障壁を張ったという話だった。
「アンナ様、『
俺は思わず訊いてしまった。
アンナ様を危険にさらすわけにはいかないからね。
「わかりません。そもそも『
アンナ辺境伯が、決意のこもった目で立ち上がった。
「お待ち、アンナ! あんたに万が一のことがあったらどうすんだい! 軽はずみな決断をするんじゃないよ!」
ユーフェミア公爵も立ち上がって、アンナ辺境伯を諌めた。
「確かにその通りです。私に使えるかわかりませんが、一度お貸しいただくことはできませんでしょうか?」
俺はそう申し出た。
「もちろん、それは構いませんが……あなたがもし使えたとしても、危険なことに変わりありません……」
アンナ辺境伯はうつむきながら、顔を曇らせた。
「多分大丈夫! それ……きっと私が使えるわよ! なんてったって、私のひいお婆ちゃんが授けた剣なんだから! 私だったら使えるでしょ!」
突然、ニアが重苦しい雰囲気をかき消すように、軽口をたたいた。
なるほど……確かに直系の子孫のニアなら剣が認めてくれる可能性は高い……。
だが……ニアを危険にさらすわけにはいかない……。
まてよ……ニアに使ってもらって……ニアの魔力や生命力が尽きないように、俺の魔力や生命力を流し込めば……
これは……借りて一度試してみるしかないな……。
「アンナ様、私とニアで一度試してみたいので、お借りしてもよろしいですか?」
「わかりました。ただくれぐれも気をつけてください。あなたたちは、私たちにとってなくてはならない存在なのですから」
アンナ辺境伯は、心配げな表情をしながらも承諾してくれた。
それにしても……もしこの方法が上手くいけば、あの白衣の男を倒すことが出来る!
一縷の希望が見えてきた…………。
話が一段落した頃、ドアをノックする音とともに、領軍の近衛兵で守備隊副隊長のマチルダさんが入室してきた。
「功労者の皆様を、お連れいたしました」
マチルダさんがそう言うと、後から……
吟遊詩人のアグネスさんとタマルさん、そして『狩猟ギルド』のギルド長ロールさんを始めとした元冒険者パーティー『炎武』の皆さんが入ってきた。
「ようこそ皆さん。昨日も言いましたが、改めてお礼を言わせていただきます。この領城を守っていただき、そしてわが娘たちを守っていただき、ありがとうございました」
アンナ辺境伯がそう言うと、アグネスさんたちは一斉に跪いた。
「そしてグリムさんにもお礼を言います。皆さんグリムさんのお仲間なんですものね。またあなたに救われましたね」
アンナ辺境伯はそう言うと、改めてアグネスさんたちの紹介と今回の功績を説明してくれた。
アグネスさんとタマルさんについては、ユーフェミア公爵、シャリアさん、ドロシーさん以外は、ほぼ顔見知りだが、ローレルさんたちは俺たち以外は全員初対面となる。
「皆さん、私の居ない間領都を守っていただき、本当にありがとうございました。素晴らしい戦いだったと聞いています!」
俺はアグネスさんたちに、改めてお礼を言った。
この会議が終わったら、真っ先にお礼を言いに行こうと思っていたので、丁度よかった。
アンナ辺境伯は、領都防衛の第一功労者として表彰してくれるそうだ。
報奨金も出してくれるらしい。
領都での防衛戦の話が詳しく説明され、最初に敵と遭遇し戦ったソフィアちゃんとタリアちゃんがみんなから褒められていた。
俺も二人に声をかけた。
「二人ともよくがんばったね」
そう言って、二人の頭を撫でてあげた。
思わずやってしまったのだが……
よく考えたら……辺境伯令嬢の頭を撫でるなんて失礼なことだったかもしれない……。
まぁ誰も気にしていなかったようだが……今後は気をつけよう……。
二人が真っ赤になっていて、タリアちゃんの方は……なぜか俺に抱きついてきた。
そして俺は二人に頑張ったご褒美として、魔法のカバンをプレゼントした。
『正義の爪痕』の『道具の博士』のアジトとなった『アイテマー迷宮』から没収した、一般的な性能の魔法カバンだ。
戦利品として、俺がもらっていた物だ。
実は『マグネ一式標準装備』の子供用バージョンを、二人に渡していたのだが……突然の襲撃で装備を取りに行く暇がなかったから、装備無しで戦わざるを得なかったからね。
武器も護身用の吹き矢しか持っていなかったし……。
魔法カバンをいつも持ち歩けば、収納してある装備や武器をすぐに取り出すことができる。
回復薬なども入れておけるから、安全性も高まるはずだ。
そして念のための保険として、二人の護衛の『見守りチーム』に予備の武具を携帯してもらおうと思っている。
『共有スキル』で『アイテムボックス』がセットされているので、収納しておけるのだ。
今回の防衛戦の反省を踏まえて、そういう対策をすることにしたのだ。
「グリムさん、ありがとう!」
「いいの? ありがとう!」
ソフィアちゃんもタリアちゃんも、大喜びしてくれた。
「その鞄の中には、回復薬も一式入っているから、なるべくカバンを持ち歩くようにしてね。武具も入れておいてね」
俺がそう言うと、二人は満面の笑みで首肯した。
「グリムさん、改めて私からもお礼を言います。この子たちが無事だったのも、あなたの配置してくれた動物たちやこの方々のお力のお陰です。本当にありがとうございます」
アンナ辺境伯が深々と頭を下げた。
「アンナ様、おやめください。当然のことをしたまでです。それに動物たちはともかく、アグネスさんたちやローレルさんたちは、私と関係なく実力と能力で危機を察知してくれたのです」
俺はそう言って、アグネスさんたちの方に視線を送った。
アンナ辺境伯は改めて頭を下げていたが、アグネスさんやローレルさんたちは恐縮していた。
「まったく……あんたってやつは……どうやったら、こんなに凄い人材を集めてこれるんだい!? ピグシード辺境伯領でも、セイバーン公爵領でもすぐに取り立てたい逸材だよ! ハハハハハッ」
そう言って、ユーフェミア公爵は豪快に笑った。
アグネスさんたちもローレルさんたちも最初は緊張気味だったが、ユーフェミア公爵やアンナ辺境伯が率先して、気さくに話しかけていたので、そのうち打ち解けて、楽しそうに話しだしていた。
特にローレルさんたち……元冒険者の迷宮攻略の話などは、三姉妹を中心に、みんな食い入るように話を聞いていた。
通常ならありえないことなのだろうが、身分の差を越えて、凄くいい感じの雰囲気になっていた。
そしてそのまま……みんなで夕食をとることになった。
領城の料理人たちが作ってくれた料理にプラスして、皆のリクエストに応えるかたちで、俺は『玉子焼き』や『コロッケ』『おにぎり』などを提供した。
ユーフェミア公爵は、世代的に近いからかローレルさんたちと意気投合したようで、アンナ辺境伯を含めた大人チームは、ワインやエールを飲みまくっていた。
ちなみに俺が持っていた炭酸水でワインを割った『なんちゃってスパークリングワイン』を作ったところ、大ウケでお替わりの嵐だった。
そして食事が一段落しても飲みは続き、居酒屋状態と化していた。
一番最初に潰れていたのは、男性冒険者のディグさんやオリバーさんで、特に強かったのはローレルさんとユーフェミア公爵だった。アンナ辺境伯も結構強かった。
第一王女で審問官のクリスティアさん、護衛のエマさん、セイバーン家の三姉妹、吟遊詩人のアグネスさんとタマルさんという若い女子に、リリイ、チャッピー、ソフィアちゃん、タリアちゃん、ドロシー嬢の子供女子を加えた女子会では、途中からまたチョコレートがリクエストされ……みんな凄い勢いで食べていた……。
ドンダケ入るんだ! ……これが別腹ってやつなのか……。
ニアは二つのグループを行き来しながら、楽しそうに話していたが、途中で『なんちゃってスパークリングワイン』に手を出してしまい……いつものようにフラフラになって、俺の頭に止まっていた。
俺は……ほぼ料理人みたいな感じだったが……
前にも感じたが、知り合い同士が仲良くなってくれるって……凄く嬉しいんだよね……。
楽しい宴は……夜中まで続いた。
リリイ、チャッピー……そろそろ寝ようよ……。
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