297.魅惑の、チョコレート。
「グリムさん、このドレスは一体どちらでお作りになったのですか?」
アンナ辺境伯が、ソフィアちゃんたちのドレスを触りながら俺に訊いてきた。
実際は『アラクネ』のケニーが作った物だが、そう言うわけにもいかないので……
「私の仲間で裁縫が得意な者がおりまして……」
そう答えているところに、かぶせ気味に……
「私のドレスもお願いすることが出来まして?」
アンナ辺境伯が真剣だ……。
そして少し圧が強い……。
「そうですね……どんなドレスがいいかデザインを書いていただくか……もしくは見本となるドレスをお借しいただければ作れると思いますが……」
「ではお願いいたします。後で見本を用意いたしますわ!」
アンナ辺境伯は、満足そうに頷いて破顔した。
「では、我らのも頼もうかね……」
ユーフェミア公爵がそう言うと、三姉妹が首肯した。
「私、絵が得意だから、みんなのドレスのデザインを描きますわ!」
ドロシーさんがそう言って、デザイナーに立候補すると、クリスティアさんを始めとして女子たちで盛り上がり出した。
そしてなぜか……全員分のドレスを仕立てることになってしまった。
代金はしっかり払うとユーフェミア公爵が宣言すると共に、値段も公爵たちで決めるということになってしまった。
俺が決めると、安過ぎる値段を設定しそうだからということのようだ。
価値ある物には、価値通りの値段をつけることが大切だと力説されてしまった。
まぁ今後、この領の特産品にもなるので、そこは喜んでお任せすることにした。
寸法取りも、ドロシー嬢がやってくれることになった。
実際の制作は、急ぎの場合は『アラクネ』のケニーと『ドライアド』のフラニーに頼めば、すぐにできる。
ただ今後のことを考えると、『フェアリー商会』の中でも優秀な裁縫職人をしっかり育成しておきたいところだ。
よく考えたら……公爵たちには、お抱えの裁縫師もいるだろうに……
無理に俺に頼まなくてもよかったのに……
リリイたちのドレスを見て、ケニーの縫製が気に入ったのか……俺にお金を落とそうとしてくれているのか……
今後も、今回頼まれたように特別の依頼は、ケニーに頼んで作ってもらった方がいいかもしれない。
ケニーが作ってくれると、普通の衣服に見えても防御力が付加された護身に優れた衣服になるのだ。
リリイたち四人に作った今回のドレスも、もちろんそういう仕様になっている。
公爵たちには安全性も考え、そういう仕様のものにした方がいいと思っている。
妖精族の特別な技術で織り込んであることにして……。
もし需要があるようなら、特注の特別ブランドとして確立することも考えよう。
貴族の令嬢には受けるかもしれない。
ケニーも裁縫が好きだから、適度な量なら喜んで受けてくれるだろうし……。
『フェアリー商会』で紡績事業部門を発展させて、本格的にアパレル部門としてブランドを立ち上げてもいいかもしれないね。
リリイたちは、ドロシー嬢と挨拶を交わし、楽しげに話をしだしている。
ドロシーちゃんは大人びて見えるが、ソフィアちゃんと同じ十三歳だ。
無邪気に話している顔を見ると、年相応の可愛いさを感じる。
丁度いいタイミングなので、俺は休憩を提案し、チョコレートを取り出した。
先程、チョコレートを特産品として産業育成する話もしたので、食べたことがないユーフェミア公爵とシャリアさん、ドロシーちゃんにも食べさせてあげたいと思ったのだ。
もちろん、食べたことのあるみんなも期待のこもった眼差しを向けている。
ちなみに前に食べた時には、ミリアさんは『ナンネの街』に出発後でいなかったが、昨日産業育成の件でチョコレートの話をした時に食べてもらった。
それはもう……虜状態になってた……。
「私のものになりなさい!」とわけのわからないことを言いながら、チョコを貪っていたが……
スルーしておいた……。
「おお! ……なんだいこれは! ハハハ…ハハハ……なんだいこれは!」
「はあ……はあ……すごい……こんな素敵な食べ物……。本当にグリムさんて……何者ですの!? 」
なんか……ユーフェミア公爵とシャリアさんが涙ぐみながら……体をプルプルさせている……。
気に入ってくれたようだ。
「おーいすうぃーーーー! おいすぃ! おいしい! チョコレート! ……グリムさんが作ったのですか? 私決めました! 王立研究所を辞めて『フェアリー商会』に入らせていただきます! 」
ドロシー嬢が鼻息を荒くして、そんな宣言をしてしまった。
喜んでくれるのはいいんだが……
チョコレートの魅力が……いろんな人を……おかしくしてる気がする……。
「気持ちはわかるが……落ち着きな! 王国一の天才が王立研究所を辞めて、一商会の社員になった日にゃ……国中で騒ぎになるさね……」
ユーフェミア公爵がニヤけながらも、そう忠告してくれた。
「だって……伯母さま……グリムさんの近くにいたら、毎日これが食べられるんですのよ。研究だって進みますわ! その方が国のためです! 『フェアリー商会』に私の研究所を作ればいいんですわ!」
そう言ってドロシー嬢は、更に鼻息を荒くした。
左手を腰に当てて、右手を突き上げている感じが……残念ポーズのニアを彷彿とさせる……。
そして……なんか勝手に構想を始めてしまっているようだ…………。
ユーフェミア公爵も笑いながら、処置なしとばかりに手のひらを上に向けた。
本当に王国一の天才が王立研究所を辞めちゃったら大事になるだろうから……冗談だとは思うが……
……冗談だよね? ……そんなことで目をつけられるのは嫌なんですけど…………。
「ドロシーさん、『フェアリー商会』に入らなくても大丈夫ですよ。毎日チョコレートが食べれるように、王都に帰る時にはまとめてプレゼントします。チョコレートのいいところは、日持ちするところなんです」
俺は万が一にも本気にならないように、そう申し出た。
ドロシー嬢が少し残念そうな表情を浮かべたので、すかさず追加のチョコレートを出した!
現物攻撃あるのみだ!
これが功を奏し、ドロシーさんの目はハートマークとなってチョコレートにロックオンした。
そして飛びつくように手を伸ばした!
他のみんなも同様に、一斉に手を伸ばしていた。
チョコレート争奪戦が、ドロシーさんの不穏発言を上手く打ち消してくれた。
それにしても消費量が半端ない!
早くチョコレートの生産体制を整えないといけないね。
「これは間違いないよ! これは売れる! 黒い宝石とは良く言ったもんだ……。日持ちするのが本当なら、広く流通させられる! 末恐ろしい品だよ! ピグシード辺境伯領は、王国一豊かな領になるかもしれないね」
ユーフェミア公爵がそう言うと、アンナ辺境伯をはじめこの場にいるみんなが、ニコニコしながら頷いた。
本当に幸せそうな笑みを浮かべている。
やはり美味しい食べ物って……人を幸せにする力があるよね。
この美味しい幸せを……早く領民の人たちにも届けられるようにしたいものだ。
一息つき終わったところで、今度はユーフェミア公爵から報告があった。
元々ユーフェミア公爵とシャリアさんは、王家秘蔵の書物から情報を得るために王都に行っていたのだ。
『正義の爪痕』のアジトを探索するために、過去にこの地域にあった迷宮や迷宮遺跡の情報を集めて来てくれたようだ。
セイバーン公爵領やピグシード辺境伯領及びその周辺の領には、迷宮や迷宮遺跡があった場所の記録は明確には残されていなかったそうだ。
ただ、様々な記録から六箇所ほど可能性のあるエリアを絞り込めたそうだ。
セイバーン公爵領内に三つ、ピグシード辺境伯領内に一つ、西隣りヘルシング伯爵領に二つあるそうだ。
ただいずれも大体のエリアしか見当がついておらず、内容も迷宮や迷宮遺跡とは限らず、なにかの遺跡または地下構造物らしき物の情報という程度らしい。
ちなみにピグシード辺境伯領内の一つのエリアというのは、西にある大河沿いの『イシード市』近くのエリアのようだ。
この六つのエリアについては、国王の勅命が近々出され、各領で調査に当たる段取りになっているようだ。
そのどれかに『正義の爪痕』のアジトがあって、反撃の足がかりになればいいのだが……。
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