295.王立研究所の、研究員。

 クリスティアさんの一通りの報告が終わって、少し雑談していると、足早に近づく靴音が聞こえてきた。


 コンコンッ——


「みんないるようだね。丁度いい……」


 ドアをノックするや、そう言いながら入って来たのは……なんとユーフェミア公爵とシャリアさんだった!


 王都から戻って来たようだ。

 飛竜を飛ばして戻って来たようで、少し息が荒い。


「ユーフェミア姉様! おかえりなさいませ」


 アンナ辺境伯がそう言って、公爵の下に駆け寄った。


「また大変だったみたいだね。みんな無事で良かった……」


「はい。皆頑張ってくれました。ニア様やグリムさんのお陰もあり、『ナンネの街』も無事奪還できました」


 アンナ辺境伯は、そう言いながらユーフェミア公爵たちを椅子に促した。


「ユリア、ミリア、大丈夫だったかい?」


「ええ、お母様。私は大丈夫です」

「私も人質に取られてしまいましたが、大丈夫です。グリムさんたちのお陰ですけど……」


 気遣うユーフェミア公爵に、ユリアさんとミリアさんがそう答えた。

 シャリアさんも二人に声をかけ、無事を喜んでいる。


「ミリアを助けてくれてありがとう。街も住民も無傷で救ってくれて……心から感謝するよ。もう何回礼を言ったか分かりゃしないね……。ニア様にも、深く感謝いたします」


 ユーフェミア公爵がそう言って、俺たちに頭を下げた。


「やめてください、ユーフェミア様。当然のことをしたまでです。まぁ私も人質に取られましたので、偉そうなことは言えません。ニアがよくやってくれました」

「大丈夫! 当然のことをしただけよ! なんてったって『守護妖精』だからね。今回も死者が出なくて良かったわ!」


 俺に続いて、ニアが少しおどけながら明るく言った。



 そんな感じで、暫しの間みんなで話をしていると……ドアをノックする音が響いた。


「やっと来たね? 入りな」


 ユーフェミア公爵がそう言うと……ドアが開いて一人の少女が現れた。


「まぁドロシー、やっぱりあなたが来たのね!」


 クリスティアさんがそう言って、少女をハグした。


「ええ、もちろん志願しましたわ。姉様たちだけズルいんですもの!」


 少女がそう言って、少し拗ねた顔した。


 ユリアさんやミリアさんも、少女の方に近づいて親しげに挨拶をしている。

 なんか……みんな知り合いのようだ。


「ほらほらドロシー、ちゃんと挨拶しなさい」


 ユーフェミア公爵に促され少女が、白衣を脱いで居住まいを正す。

 ボサボサな感じのショートな黒髪も手櫛で整えていたが、癖っ毛なのか……ビョンビョン跳ねている……。

 彼女は一度深呼吸した後、改めて貴族の礼をとった。


「アンナ様、お久しぶりです。改めてご挨拶させていただきます。私はゲンバイン公爵家長女ドロシー=ゲンバインです。王立研究所の上級研究員として、派遣されてまいりました」


「前に一度お会いしてますわね。あなたの噂は、聞いていますよ。王国一の天才……さすがですわね。もう上級研究員なのですね!」


 アンナ辺境伯がそう挨拶を交わした後、俺とニアを紹介してくれた。


「ニア様、お会いできて光栄です。ぜひ仲良くしてください。グリムさん! とてもお会いしたかったです! 王都に来てからシャリアお姉様ったら、毎日グリムさんの話ばかりするので、早く会ってみたかったのです!」


 ドロシーさんはそう言って、俺たちにも貴族の礼をとってくれた。


「ちょっと! ドロシー! なんてこと言うの! それは仕事上必要だったからでしょ!」


 シャリアさんは、真っ赤な顔で手をバタバタさせながら声を張り上げた。


 そしてなぜか……ユリアさん、ミリアさんから悪戯な視線を向けられていた。



 ユーフェミア公爵が改めてドロシーさんについて、詳しく紹介してくれた。


 彼女は、『コウリュウド王国』を支える四つの公爵家の一つであるゲンバイン家の長女とのことだ。


 ゲンバイン家は、国の北側に大きな領土を持ち、ドロシーさんには二人の兄と一人の妹がいるそうだ。


 そして母親はなんと……ユーフェミア公爵の妹らしい。


 もちろん国王の妹でもあるので、ドロシーさんは第一王女のクリスティアさんともセイバーン家の三姉妹とも、いとこ同士ということになるそうだ。


 ちなみに国を支える『四公爵』といわれる四つの公爵家は、他に西のビャクライン家、南のスザリオン家があるらしい。


 ドロシー嬢は天才的に頭がいいらしく、十歳にして親元を離れ、王都にある『王立学院初等部』に入ると瞬く間に飛び級して、『高等部』に転入し十三歳の若さで首席で卒業したとのことだ。


 実際は、優秀すぎて教えられる教師がいなくなり、追い出されたに等しいのだとユーフェミア公爵が笑いながら言っていた。


 十三歳ということは、アンナ辺境伯の長女ソフィアちゃんと同じ歳ということだ。

 何も言われなければ、普通の少女にしか見えない。


 貴族の令嬢が親元を離れ、王立学園に入学することは一般的ではないらしい。


 王都在住の貴族もしくは王都近郊の領地の貴族が入学することが多いようだ。

 もっとも、それも男性が中心で女性の入学者は少ないそうだ。


 通常貴族の子女は、家庭教師が充実していて十分な教育を受けられているので、わざわざ王立学院に入学することなど考えないらしい。


 この国でまともな教育機関は、王立学院だけのようだが、無理にそこに通わなくても家庭教師を雇いマンツーマン指導を受ければいいということなのだろう。

 優秀な教師さえ集めることが出来れば、その方が教育効果も高いかもしれない。


 ドロシー嬢が十歳で王立学院に入学したのは、どうしても学びに行きたいと両親を説得してのことだったそうだ。


 話によると王立学院は、『幼年部』『初等部』『中等部』『高等部』に分かれているらしい。


『幼年部』は、五歳から七歳を対象に総合的な学習を三年間行うようだ。

『初等部』は、八歳から十歳が対象で同じく総合的な学習を三年間行う。

 その後が『中等部』で、十一歳から十三歳が対象で総合的な学習を三年間行う。

 この『中等部』を卒業すると、王立学院の卒業資格が得られるらしい。


 更に学びたい者は『高等部』に進むことができ、十四歳から十五歳の二年間学習するとのことだ。

『高等部』では、三つの分野を選んで進学するそうだ。

 一つは、『騎士学舎』で騎士団の入隊を目指す者が多いそうだ。

 貴族の次男三男など嫡男では無いものが、身を立てるための手段のようだ。

 もう一つは、『魔法学舎』で魔法系のスキルを持つ者や魔法の適性が高い者しか入れないところのようだ。

 ただここに入れるような人は、どの分野でも引く手数多で、生活に困るようなことは無いエリート中のエリートになるとのことだ。

 ユーフェミア公爵の話では、現代においては魔法や魔術の使い手は非常に少なく、貴重な存在なのだそうだ。

 過去の時代には、人々が広く一般的に魔法や魔術を使っていた時代もあったようだが、今は魔法スキルが発現した者しか事実上使えないようだ。

 ただ魔法スキルはなくても、魔法が発動する魔法道具を持っていれば魔力を通すだけで魔法現象を起こすことは出来る。

 リンやシチミの持っている杖や俺が作ったような魔法の巻物を使えば、水を出したり火を出したり出来るのだ。

 それ故、魔法スキルは無くても、魔法の技や攻撃を出す者は冒険者などを中心に、それなりの数はいるようだ。

 魔術は、修練を積めば誰でも発動出来るように、魔法を術式として体系化したもののようだが、詠唱などを含め習得自体が大変で、現代では廃れていてほとんど使い手はいないそうだ。

 重要な魔術書などの多くが喪失しており、半ば失われた技術となっているとのことだ。


 最後の一つが『総合学舎』で、教育分野を限定していないが、自分の興味のある分野について深く掘り下げて学習をすることが許されているらしい。


 ドロシー嬢は、『総合学舎』を卒業しているそうだ。


 そして卒業後は、研究をするために『王立研究所』に就職し、すぐに『上級研究員』になったという超絶才女らしい。


『王立研究所』は、魔法や魔法道具などはもちろんだが、歴史、武具、作物など幅広い分野……それこそ何でもありの研究機関なのだそうだ。

 王国の頭脳が結集している機関との触れ込みだそうだ。


 そして今回は、『道具の博士』のアジトから押収した巨大な設備の解析をするために派遣されたとのことだ。

 まぁ派遣というよりも……実際は本人が強く希望したようだが……。


 ユーフェミア公爵と共に飛竜できたようだが、会議室に来る前に、早速大広間に寄って破壊された押収設備の確認をしてくれたようだ。


「かなり破壊されていましたが、装置は何とか解析が出来そうです。粉々という程ではありませんから。よろしければ失礼して、早速解析に取り掛かりたいのですが!」


 ドロシー嬢は、目をキラキラさせながら早口になった。


 なんか……オタク臭が……ムンムンする……。

 研究オタク、キターーーー! って感じだ……。


 それはともかく……破壊された現状のままでも、ある程度解析が出来そうなので安心した。


 最悪は……『波動複写』で現物を再現しなきゃいけないかと心配していたのだ。


 押収した設備は、一旦『波動収納』に収納した物なので、その波動情報をもとに『波動複写』でコピー品を作ることもやろうと思えば出来る。

 だが……それをする場合、俺の『固有スキル』の情報を開示しなきゃいけないから、やりたくなかったんだよね。

 やらずに済みそうで、良かったのだ。


「まったく……あんたって子は……もうちょっとお待ち! これから今回の襲撃について話を聞くから、一緒に聞きな。解析の参考になるかもしれないし……」


 ユーフェミア公爵は、ドロシー嬢に近づきながら子供をあやすような感じでそう言った。

 そして肩に手を置きながら、椅子に座らせた。


「はーい! じゃぁ……一緒に聞きますわ」


 ドロシー嬢は、ニコっと笑って、悪戯っぽく舌を出した。


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