285.報われた、手紙。

 次に俺は、『死霊使い』だった吟遊詩人のジョニーさんの妹弟と思われる人たちに声をかけた。


「君たちは、吟遊詩人のジョニーさんの妹さんと弟さんかな?」


「はい、そうです! 兄をご存知なんですか?」

「兄は今どこに?」


 二人がすがるように尋ねてきた。

 希望を打ち砕くような事実を伝えなければならないのは、非常に辛いが……


「実は……お兄さんは……残念だけど亡くなっているんだ……」


 俺はジョニーさんと出会った経緯とその後のジョニーさんの起こした事件を説明し、彼の手紙の内容を覚えている限り詳しく話してあげた。

 もちろん、妹さんと弟さんを助けてほしいと手紙に書いてあったことも伝えた。


「ああ……兄さん……」

「くそ……正義の爪痕……絶対許さない……」


 二人は泣き崩れてしまった。


 姉の方がギャビーさんといい、二十歳とのことだ。

 弟はアントニオくんで十六歳。

 二人とも兄のジョニーさんと一緒に、吟遊詩人として旅していたようだ。

 ジョニーさんと同じ金髪で、目が細く端正な顔立ちだ。

 特にアントニオくんは、ジョニーさんによく似ている。かなりの美男子だ。

 もちろんギャビーさんも美人だ。


「兄を止めていただき、ありがとうございました。結果的に兄は救われたと思います。このご恩は忘れません。兄の罪を償います」

「どうしたら……『正義の爪痕』を倒せるぐらい強くなれますか? 兄の敵を打ちたいんです!」


 二人はひとしきり泣き終わると、目を充血させながら俺にそう訴えてきた。


「恩なんか返さなくてもいいし、君たちが償う必要もない。悪いのは『正義の爪痕』だ。ただ、だからといって一人で『正義の爪痕』を倒すなんてことは、考えない方がいい。まずは、自分の身を守れる程度に強くなることからだね。もしよかったら、俺の商会に入るかい? 腕の立つ吟遊詩人がいるんだ。その人に弟子入りするといいと思うけど……」


「「是非お願いします!」」


 二人は決意を込めて、力強く返事した。


 二人は、『ヘルメス通商連合国』という国の出身らしいのだが、兄と一緒に吟遊詩人として各地を旅していたそうなので、国に帰りたいという希望はないそうだ。

 ご両親は既に他界しているとのことだ。

 ちなみに、『ヘルメス通商連合国』というのは、海に面した海洋国家で、商人の国ともいわれる合議制の商人連合国家なのだそうだ。

 かなり珍しい形態の国らしい。


 俺は、二人を『フェアリー商会』に入れるつもりだ。


 再度『正義の爪痕』に狙われる可能性は、それほど高くないと思うが、できれば俺の保護下に置きたかったのだ。


 もちろん審問官のクリスティアさんによる尋問はあるだろうが、拘束されるようなことはないだろう。



 俺は『ナンネの街』で拉致された女性たちにも声をかけ、安心するように伝えた。


 ここからみんなで歩いて『ナンネの街』まで戻ってもいいのだが、歩くにはかなり距離がある。

 そこで俺は、『波動収納』から予備の乗合馬車を三台出し、保護した人たちを乗せて運ぶことにした。


 一台は『竜馬』のオリョウに引いてもらい、残りの二台は飛竜たちに引っ張ってもらうことにした。


 そして俺は飛竜に騎乗して、一足先に『ナンネの街』に戻ることにした。


 アンナ辺境伯たちが後処理をしていると思うが、その状況も確認したいし、こちらの状況も早く報告したいからね。


 ちなみに『ナンネの街』の地下空間に囚われていたり、広場に集められていた住民たちを解放してくれた『アラクネ』のケニーを始めとする大森林のメンバーは、既に『マナ・ホワイト・アント』たちが作った地下道の方に撤収してもらっている。


 後でサーヤの転移で、大森林に戻ってもらう予定だ。

 なるべく人目に触れないように作戦に参加してもらったが、鉄壁のマンツーマンディフェンスのためには、ある程度目撃もされてしまっただろう。

 妖精女神の使徒ということで、説明しておくつもりだ。


 俺は『ナンネの街』に戻る前に、一つだけやることがあった。


『土使い』の女性のエリンさんによれば、『武器の博士』はやはり転移の魔法道具を持っており、事前に登録してある場所を選んで帰還できるとのことだ。

 このアジトにも帰還転移用の魔法陣が刻んであるということだったので、俺はそれを見つけ出し破壊した。

 魔法陣は目に見えるわけではないので、普通なら探し出すことは困難だが、エリンさんが場所を覚えてくれたのでなんとかなった。

『波動検知』で魔法陣の位置を確かめ、切れ味抜群の『魔剣 ネイリング』で床ごと破壊したのだ。

 少し床を壊した程度では魔法陣は破壊されないようだが、床をかなり深くまで粉々に粉砕したらなんとか魔法陣を破壊できた。


 『ナンネの街』にも帰還転移用の魔法陣が刻んであるとのことだったので、到着次第同様に破壊するつもりだ。





 ◇





『ナンネの街』に戻ってきて、俺はすぐにアンナ辺境伯の下に報告に行った。

 北門前の広場にみんな集まっていた。


「みなさん、お怪我はありませんか?」


 俺が声をかけると、一斉に振り向いた。


「グリムさん! 大丈夫ですか? 一体どこに?」


 アンナ辺境伯がそう訪ねてきたので、俺は『正義の爪痕』の作った地下道を通って、アジトに向かったことを告げた。

 そして先行して制圧に行っていたニアたちが構成員たちを倒し、この街から連れ出されていた女性たちを保護したことを報告した。


「グリムさん、すみませんでした。ご迷惑をかけしました。私たちが来た時には、既に街の人たちが人質にとられていまして……」

「誠に面目次第もございません。投降する他ありませんでした」


 セイバーン公爵家三女で『ナンネの街』の代官のミリアさんとセイバーン軍近衛隊長のゴルディオンさんが、俺に頭を下げた。


「いや、捕まったのは私も同じです。あの状況では、戦う術はありませんでした。気にしないでください」


 俺は二人にそう告げた。

 無理に戦っていたら、犠牲者が出ていた可能性が高いからね。


「しかし……あの状況でどうやってこんな作戦を?」


 ミリアさんが、少しだけいつもの元気な感じを取り戻し訊いてきた。


「実は……ニアたちがすぐ近くに潜んでいたのです。なにか怪しい気配を感じて、一人で来て正解でした。ニアたちが上手く様子を探ってくれて、作戦を考えてくれたのです」


 俺はそう答えて、いつもの通り“妖精女神の御業”的な話にまとめた。

 本来はナビーの作戦なのだが、ニアの作戦ということでいいだろう。


「しかし……なぜ拘束していた者たちが『死人魔物』になったのでしょうか? 」


 セイバーン公爵家次女で執政官のユリアさんが腕組みしながら、そんな疑問を口にした。


「どうも事前に、体のどこかに『死人薬』を仕込んでいたようです。それをなにかの装置で、強制的に発動させたと思われます。最初の『死人魔物』は、部隊の幹部のスキンヘッドの男が装置を発動させたようでした。二回目は、白衣を着た女性がやったものです」


 俺がそう説明すると、アンナ辺境伯を始め皆厳しい表情になった。

 自分から飲まなくても、事前に仕込んでおいて誰かが強制的に発動させるなんて……その技術力が脅威だし……その思想は……本当に非人道的すぎる。

 ほんとに恐ろしい組織といえる。


「あの白衣の女は、何者かわかりますか?」


 クリスティア審問官の護衛官で王国近衛騎士団第三位の序列のエマさんが尋ねてきた。

 やはり彼女も脅威を感じたのだろう。


「あの白衣の女は『武器の博士』のようです」


「「「武器の博士!」」」


 俺の回答に、皆驚きの表情を浮かべた。


「あの者は『武器の博士』だったのですか……幹部が直接同じ幹部である『道具の博士』や助手たちを奪還もしくは始末しにきたということのようですね」


 アンナ辺境伯はそう言って思案顔になった。


「アンナ様、『道具の博士』や助手たち幹部構成員は、処刑したという情報を流した方がいいかもしれませんね。『正義の爪痕』の連中は、『道具の博士』が死亡したことを知らないようですし、助手たちも生きたままにしておけば、口封じのために再度攻撃をしかけてくるかもしれません」


 審問官で第一王女のクリスティアさんが、アンナ辺境伯の思案を察してか、そんな提案をした。


「ええ、そうですわね。国王様にも相談し、そうした方がいいと思います」


 アンナ辺境伯は、頷きながらそう言った。


「『武器の博士』が消えたのは、やはり転移でしょうか?」


 ユリアさんから、そんな疑問がでた。


「はい。帰還転移できる魔法道具を持っていたようです。実は仲間たちの報告が先程入ったのですが、領都にまで侵入したようです。『武器の博士』が現れて『道具の博士』のアジトから押収した装置を破壊していったようです。領城に残っていた近衛兵や吟遊詩人のアグネスさんとタマルさん、そして元冒険者パーティーのローレルさんたちが協力して撃退してくれたようで、人的被害は出ていませんが」


「え、領都に! 一体どうやって!?」


 アンナ辺境伯が、驚きの表情を浮かべた。


「領都まで、地下道を掘って領城の中に突然出現したようです。最初に出くわしたのが運悪くソフィアちゃんとタリアちゃんだったようですが、彼女たちは勇敢に戦ったようです。もちろん怪我などはしてないようです。安心してください」


 俺の報告を聞いて、アンナ辺境伯は顔を青ざめさせていたが、ソフィアちゃんたちが無傷と聞いて安堵の表情を浮かべた。


「しかし……領都まで地下道を掘るなんて……」


 クリスティアさんも衝撃を受けたようだ。


「はい。実は『武器の博士』と一緒に『土使い』の女性がいたのです。彼女は『隷属の首輪』をはめられ、家族を人質に取られ無理やり地下道を掘らされていたようです。その彼女と彼女の家族も救出しました」


 俺はそう告げて、『土使い』のエリンさんから聞いた話を皆に伝えた。


 転移の魔法道具についてもエリンさんに確認していた。

『武器の博士』が持つ転移の魔法道具は、どうも一人しか転移させることができないようだ。

『領都』から『ナンネの街』に戻るときに、エリンさんは一時的に『武器の博士』から借りたのだそうだ。

 二つ持っていたらしい。

 借りた転移の魔法道具は、『ナンネの街』に着いた時にすぐに回収されたそうだ。

  一人しか転移できないという話を聞いて、少し安心した。

 集団で転移できるなら、急襲をかけられる可能性もあると危惧していたが、一人しか転移できないならそうそう襲ってくることもないだろう。

 それにエリンさんの話では、転移するには事前にその場所を魔法道具に登録しておく必要があるようだ。

 どこにでもいけるわけではないらしい。


 そんな俺の予測も含めて説明をしたが、アンナ辺境伯たちも俺と同様に考え、少しほっとしたようだった。

 転移で急に襲ってこられたら、守りようがないからね。

 本当に転移いうのは、自分で使うときはいいが敵に使われると厄介この上ない。



 それから、俺はできれば『蛇使い』の少女ギュリちゃんを保護したときのように、『土使い』の女性とその一家も死亡したことにして保護させてほしいと相談した。


 アンナ辺境伯もクリスティアさんも賛成してくれた。


 そして『死霊使い』の手紙に書いてあった、彼の妹や弟も救出したことを伝えた。


 さらにアジトにいた構成員の十名を確保したことも伝え、この『ナンネの街』でクリスティアさんに尋問してもらうことになった。


 アンナ辺境伯とユリア執政官にはすぐに領都に戻ってもらい、クリスティアさんと護衛のエマさんには『ナンネの街』での尋問終了後に領都に戻ってもらうことになった。


 俺はアンナ辺境伯とユリアさんに飛竜たちを貸し出して、最短で領城に戻ってもらうことにした。



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