284.人質、解放。

 俺はニアに念話を繋ぎ、こっちの状況の説明と、保護した『土使い』の女性と一緒に向かっていることを伝えた。

 そして最優先で、人質を救出するように頼んだ。


 すでに戦闘中のようで、『死人魔物』と交戦中とのことだ。


 俺は速度を上げるために、『波動収納』から『ハイジャンプベルト』を取り出し装着した。


 左右の噴射銃の位置を調整し、飛行するのに丁度いい角度に固定した。

 そして彼女を抱きかかえたまま『ハイジャンプベルト』に魔力を通し、超スピードで飛行した。


 超スピードといっても、女性を抱きかかえたままの操作なので急な操作が難しいことを考慮し、抑え気味のスピードにした。


 それでも地下道がほぼまっすぐ伸びてくれているお陰もあり、それなりのスピードが出せたので、程なくしてアジトの前まで着いた。


 どうもここには『武器の博士』は、戻って来ていないようだ。


 さすが組織の幹部だけあって勘がいいのか、ここではない別の場所に転移したようだ。


 敵の気配がほとんどしない……


 もう全ての敵を制圧した後のようだ。


「早かったわね。こっちはもう大丈夫よ。人質もみんな助けたわ!」


 ニアがそう言いながら、俺の方に飛んできた。


 ニアによれば……構成員を十名捕獲したが、その後は襲撃を察知した構成員たちが薬を飲んで『死人魔物』になってしまったので、倒したとのことだ。


 俺が抱えていた『土使い』の女性は、あまりの飛行スピードに気を失ってしまったようで、意識のない状態だ。


 俺はそっとゆすり、彼女を起こした。


「はっ、こ、ここは……母さんたちは!?」


「大丈夫よ! 人質になっていた人たちは、みんな助けたわ!」


 ニアがそう告げると、女性は驚きの表情になり、すぐに立ち上がった。


「よ、妖精さん……? わ、私の家族はどこに?」


 彼女が探しに行こうとしたその時、サーヤが人質だった人たちを連れてやってきた。


「エリン姉ちゃん!」

「姉さん!」

「エリン!」

「エリン! 無事だったかい?」


 そう言って、一家族が走ってきた。


「みんな……よく無事で……」


『土使い』の女性も走り寄った。

 エリンさんという名前のようだ。

 どうやら人質になっていた家族を、無事に助け出せたようだ。


「旦那様、他にも『ナンネの街』から拐われた女性たちが六十四名ほどおりました。やはり若い女性を狙っていたと思われます。 十代の未成年の女性もおります。元々は、先程の家族と若い姉弟が囚われていたようです。少し話を聞きましたが、若い姉弟は死んだ『死霊使い』だった吟遊詩人の妹弟と思われます」


 サーヤがすぐに報告をあげてくれた。


 救出して間もないのに、よくそこまでの情報を調べたものだ。

 さすがの手腕だ。


 『死霊使い』だった吟遊詩人ジョニーさんは、手紙の中でできれば自分の妹弟を助けてほしいと書いていた。

 運良く助けることが出できたようだ。


「報告ありがとう、サーヤ。他に生きている構成員たちはいないのかい?」


「はい。やはり最初に捕らえた十名だけです。他の者は全て『死人魔物』になったようです」


 サーヤはそう答えると、俺に向けて図面のような物を広げた。


「ここのアジトはできたばかりで、これから本格的に『武器の博士』の研究施設にする予定だったみたいです。そして強襲部隊の本格的なアジトを『ナンネの街』の地下に築く予定だったと思われます。それを示す計画書を入手しました」


 なるほど……そういうことか……。


 多分だが……元々は『ナンネの街』の地下に、密かにアジトを作る予定でいたのだろう。


 そこに『道具の博士』のアジトが壊滅した情報が入ったから、博士や助手の奪還又は口封じをする必要が出たのだろう。

 特に生産設備は、確実に破壊しておきたかったのかもしれない。

 なんとなく……『武器の博士』の行動の優先順位は、設備の破壊が一番だったような気がする。

 いずれにしろ『道具の博士』のアジトが潰されたことによって、密かに準備をしていた『武器の博士』が派手な動きをせざるをえなくなったようだ。

 俺としては、完全に結果オーライだけどね。



「あ、あの……助けていただき、ありがとうございました。私はエリンと申します。私のせいで大変なことになってしまって……う、うう……」


 家族と再会を果たし安心したのか、『土使い』のエリンさんが俺に礼を言いにきた。

 目が真っ赤になっている。

 そして脅されたとはいえ、組織に協力してしまったことを悔み嗚咽してしまっている。


「す、すみません。娘は我々を助けるために、止む無くやったのです。どうぞ罰するなら、私を罰してください」

「そうです。この子は悪くありません。私を罰してしてください。親が責任を取ります!」

「私もです。姉を許してください」

「お願いします。エリン姉ちゃんを許してください。何でもします! 一生働きます!」


 エリンさんの父親、母親、妹、弟が、必死の形相で俺に懇願してきた。


「大丈夫です。わかっています。組織は特殊なスキルを持った人を捕まえて、利用しているのです。エリンさんと同じようなスキルを持つ子たちを私が保護しています。安心してください」


 俺はそう言って、安心するように告げた。

 みん少しホッとしたような表情を浮かべていた。


 そして捕まっていた経緯を教えてもらった。


 話によると……


 この一家は、ピグシード辺境伯領の西にある大河の沿いの都市『イシード市』に住んでいたようだ。

 父親のハンクさんは、文官だったようで次官の地位にあったらしい。

 次官は、代官に次ぐ高位の地位のようだ。

 母親のトルーディさんは、『商人ギルド』の副ギルド長だったようだ。

 長女のエリンさんも、文官として働いていたらしい

 次女のキムさんは、なんと『イシード市』の衛兵だったようだ。まだ十七歳と若いのに……。

 弟のケビンくんは十四歳で未成年だが、衛兵を目指して隊の下働きをしていたらしい。


 ちなみにエリンさんは、大人びた感じで二十代後半くらいに見えたが、実際は二十歳だったようだ。

 茶髪ロングのスラットした知的な感じの美人さんだ。

 父親のハンクさんも茶髪だ。歳は四十五歳らしい。

 母親のトルーディさんは、四十一歳で銀髪が印象的だ。

 次女のキムさんは、金髪をポニーテールにしている。運動女子っぽい活発な感じ美人だ。

 弟のケビン君は、黒髪で浅黒く筋肉質な感じだ。


 同じ家族でも、髪色がこれほど違うこともあるようだ。

 そしてこの一家は、公務員一家だったようだ。

 もっとも“公務員”という言葉は、こちらの世界にはないようだが……。


 エリンさんに聞いたところ、『土使い』スキルは悪魔の襲撃のときに突然発現したらしい。

 衛兵隊が悪魔にやられ、妹と弟も深手を負って魔物に蹂躙されそうになっていたところに、エリンさんが駆けつけたようだ。

 身を呈して助けようとしたら、突然、土の壁が出現し魔物の突進を防いだとのことだ。


 その隙に二人を連れてなんとか逃げ出して、運良く両親と再会したところを『正義の爪痕』の構成員に拐われ、船に乗せられたらしい。


『ピグシード辺境伯領』と西隣りの『ヘルシング伯爵領』の領境ともなっている大河は、セイバーン公爵領に流れている。


 船は大河を下り『セイバーン公爵領』に入ると、すぐに岸につけられ、そこで降ろされたようだ。

 おそらく構成員の中に『鑑定』スキル持ちがいて、『土使い』スキルの存在を知られてしまったのだろう。

 エリンさんたちだけが、小型船で特別に輸送されたようだ。


 すぐに『武器の博士』の管轄下に置かれ、その後は『土使い』の能力を高めるために、かなり無茶な訓練をさせられたらしい。

『隷属の首輪』をはめられた上に、家族を人質にとられいうことを聞くしかなかったそうだ。


 ただその無茶苦茶な訓練のお陰で、地中に穴を掘ったりゴーレムを出現させることができるようになったらしい。


 そして『ナンネの街』からすぐ南東にある大きな山脈の裾野に、この新しいアジトを建設させられたとのことだ。

 大きな山脈は東西に伸び、かなりの長さで、『ピグシード辺境伯領』と『セイバーン公爵領』の領境にもなっている。

 その西端の裾野にこのアジトを作ったわけだが、『ナンネの街』にかなり近く、地下道を直線的に通すと馬車で半日くらいの距離のようだ。

 そして地下道を『ナンネの街』に繋げた後は、街の広場の下などに地下空間を作らされたとのことだ。


 その後更に領都まで、街道の下を沿うかたちで長い地下道を作らされていたとのことだ。



 話を聞く限り、彼女は運良くというか……地下道を掘らされただけで殺人をさせられたりということはなかったようだ。

 少し安心した。


 大河の近くの『セイバーン公爵領』に入ってすぐの位置にあったアジトは、小さな規模だったらしく、こっちに移るときに破棄してきたらしい。

 それゆえ、今はなにも残っていないだろうとのことだ。


 まぁ後で、一応の確認だけはしておこうと思っている。



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