第四章
275.ナンネの街の、異変。
一夜明けて、『ナンネの街』に向けて出発する日の朝になった。
昨日は、夕方にみんなで大量にチョコを食べたにもかかわらず、その後、お別れ会的な夕食会を予定通り行った。
みんなお腹がパンパンになり、大変なことになっていた。
俺は明け方近くに、少しだけ出かけた。
『イビラー迷宮』の迷宮管理システムのダリツーから念話が入ったのだ。
この数日で、再起動が終了したらしい。
思っていたよりも全然早かった。
大きなシステムの損傷は、予測通りなかったようだ。
ただ一部機能損傷している部分があるので、程度の軽い『簡易復旧モード』で修繕をしたいとのことだった。
もちろん許可したが、その後迷宮をどうするかと質問されたので……
俺は、『休眠モード』に入るようにと指示した。
この数日で俺もいろいろと考えたのだが……
将来的には、この領や国を豊かにするために使いたいと思っているが、今の混乱した現状では有効活用できるかわからない。
むしろ悪者に狙われる危険の方が高い気がするのだ。
そこで、この領がもう少し落ち着いて体制が整ってから、迷宮を資源として活用することにしようと思ったのだ。
その頃には、ハンターもかなり育成されているだろうし、『迷宮攻略者ギルド』を作れる土台が整っているかもしれない。
他の国では、迷宮を攻略する者たちを『冒険者』といい、この国では『攻略者』というらしいが、将来的にはそういう者たちが集まってきて、この領が豊かになるのは願ってもないことなのだ。
だが、いかんせん今は時期が悪すぎる。
そこで、休眠という結論に至ったのだ。
ダリツーは、少し残念そうだった。
そんなダリツーから、提案があった。
完全な『休眠モード』ではなく、暫定的な『一時休眠モード』にしたいという提案というか……希望だった。
迷宮の機能を全て休眠状態で封鎖封印するということは同じだが、管理システムであるダリツーは稼働したままの状態になるらしい。
周囲の情報だけは、集められるという状態になるようだ。
そして俺と連絡を取り合うことも可能な状態だそうだ。
ダリツーが目覚めている程度のエネルギー量は、ごく僅かで、特殊なアイテムやスキルを持つ者でも検知できる可能性は低いだろうとのことだ。
そんな説明を受けたので、俺は『一時休眠モード』を許可した。
この状態なら俺といつでも念話ができ、なにかの事情で迷宮を稼働させる必要が生じたときでも、すぐ稼働させることができる。
まぁ実際は……ダリツーのすがりつくような……訴えかけるような表情にほだされて許可したという面もあるのだが…………。
本当に、この立体映像技術すご過ぎる……
あんな目で見られたら……ダメとは言えないよね……。
ということで、『イビラー迷宮』は『簡易復旧モード』終了後に、『一時休眠モード』に入ることになった。
早くこの迷宮を有効活用できるように、領の復興を進めたいものだ。
◇
軽い朝食をとった後、俺たちはいよいよ『ナンネの街』に向けて出発した。
いつものように、オリョウが引く『家馬車』で出発した。
飛竜たちは、その後を空を飛んでついてくるというかたちだ。
領城の人たちや、『フェアリー商会』の従業員たち、街の人たちに見送られ、俺たちはいつものパレード状態で領都の外壁まで来た。
パレード状態のお陰で、かなり時間がかかってしまった。
普通に馬車で行けば、やはり三日ぐらいかかる工程だが、途中でサーヤに頼んで、『ナンネの街』近くの転移用のログハウスに転移しようと思っている。もちろん飛竜たちも連れてだ。
本来なら、道中の街道周辺や草原森林などの状況を確認しながら、ゆっくり行きたい気持ちもあるんだが……。
『ナンネの街』の復興も、早く進めないといけないからね。
人の気配がなくなったところで、サーヤの転移で『ナンネの街』近くのログハウスに移動した。
そこに、このエリアを巡回していたスライムたちがやってきた。
「あるじ、なんか変な感じ。壁にね……いろいろ増えてる。なんか怪しい……」
「なんかへん……。さむさむ……」
「ヤバヤバだね」
「ヤバヤバだよ」
「壁の中に友達いないから、よくわかんない」
スライムたちが、そんなことを言ってきた。
スライムたちによると……
『ナンネの街』の外壁に、物見台や張り出し型の広場などが急に追加されたようだ。
ついさっきのことらしい。
外壁の上部に物見台や広場が急にできるなんて、魔法かスキルの力しか考えられない……。
そんな便利なスキルなどがあれば、話題に上っているはずだ。
だが、今までそんな話はなかった……。
なにかがおかしい…………。
俺は、ニアも含めて仲間たちをここに待機させることにした。
ここなら『ナンネの街』の街道や外壁から見えることはない。
それでいて、かなり街に近い場所なのでなにかあったときには、駆けつけることができる。
ニアは一緒に行きたがったのだが…………
俺は嫌な予感がし……一人で行った方がいいと判断したのだ。
まだ距離があるので差し迫った危険を感じることはないが、『危険察知』スキルや『悪意察知』スキルの影響なのか……なんか……ムズムズしてしょうがないのだ……。
そして直感的に、一人で行った方がいい気がしたのだ。
俺は走って街道に出て、そのまま『ナンネの街』の門に向かった。
門に着くと……扉が閉ざされていた。
そして突然、外壁の上部と門近くの壁の周辺から武装した男たちが出てきた!
壁の周辺には、戦闘用の塹壕ようなものが掘られているようだ。
男たちは皆『クロスボウ』を構えている。
こいつらは……街の衛兵やセイバーン公爵軍の兵士ではない……。
「おおっと、下手に動くなよ。動くと、こいつらの顔が吹っ飛ぶぞ!」
俺が動くのを牽制するかのように、リーダーらしき男が声を張り上げた!
と同時に……驚くべきものが視界に飛び込んできた!
外壁の上に増設された広場に、なんと……セイバーン公爵家三女で代官のミリアさんとセイバーン軍の近衛隊長のゴルディオンさんをはじめとする兵士たちが、椅子に縛り付けられた状態で拘束されていたのだ。
みんなさるぐつわをかまされている。
そして各人の頭には、『クロスボウ』が突き付けられている。
それぞれの背後に、男たちが並んで立っている。
マンツーマンで、頭に『クロスボウ』を突きつけているのだ。
これでは、トリガーを引けば一瞬で即死だ。
それが三十人以上並んでいる。
いくら俺の限界を突破したステータスを持ってしても、一斉に発射させれたら……とても全員を救うことはできそうにない。
一体何なんだ……
何が起きているんだ……。
「なんの真似だ!? お前たちは何者だ?」
俺はリーダーらしき男に向かって、声を張り上げた!
「ハハハッ、俺たちは『正義の爪痕』強襲部隊『ソードワン』、この街は俺たちがいただいた! お前の命も、いつでも取れるぞ! さて……名乗ってもらおうか……」
リーダーらしき男は、フードを下げてスキンヘッドに手をやりながら、嗜虐の笑みを浮かべた。
「私はグリム、領都から使いを頼まれてきた。友人に会いに来ただけだ」
「おい! とぼけるなよ! グリム……間違いないな。お前がシンオベロンか……新しく貴族になった英雄……。とぼけても無駄だ! この女の反応を見ればわかる。待っていたんだよ……お前が来るのを……。こいつらの命が惜しかったら、大人しく武装解除して縄を受けろ! 変な気は起こすなよ! 人質はこいつらだけじゃない。街の住人全員だ!」
適当に誤魔化そうと思ったが……無理なようだ。
おそらく……ミリアさんたちも街の住人を人質にとられて、武装解除するほかなかったのだろう……。
ここは状況を把握するためにも、敢えて捕まるしかないようだ……。
俺は普段使いの武器としている『魔法の鞭』を腰のフックから外し、地面に置いた。そして両手を上げた。
「仲間はどこだ? お前が一人で来てるわけがないだろう!」
スキンヘッドが、鋭いところを突いてきた。
「さっきも言った通り、使いを頼まれただけだ。一人だよ。飛竜に乗ってきたんだ。飛竜は近くの川で水を飲んでる。すぐに来るはずだ」
俺はそう言って誤魔化し、ニアたちのところで待機している飛龍のフジを念話で呼んだ。
話を信じさせるためだ。
そして、ニアたちに『絆通信』をオープン回線で繋ぎ、状況を知らせそのまま待機するように指示した。
もう少し詳しい状況がわからないと、動けないからね。
用意周到な感じがするし……迂闊なことはできない感じだ……。
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