274.黒い、宝石。

 俺は、『ナンネの街』への出発前の最後の仕事として、ある物を作っている。


 それは……チョコレートだ!


 やっと作ることができるのだ。


 カカオを手に入れても、すぐに『チョコレート』にすることができるわけではない。


 カカオを発酵させる過程が必要なのだ。

 カカオ豆をバナナの葉などに包んで、数日間発酵させるのだ。

 発酵の時にチョコレート独特の香りや苦味がつくので、その工程なしには『チョコレート』を作れないのだ。


 すぐに仕込んであったので、発酵が進みようやくチョコレートにすることができる状態になった。


 発酵したカカオ豆を乾燥させ、焙煎した後に皮をむく。

 それを細かく刻んで、すりつぶしていくのだ。

 それで『チョコレート』のベースができるので、後は砂糖を加えたりミルクを加えたりするわけである。


 砂糖をたっぷり入れた普通の『チョコレート』と、ミルクを入れた『ミルクチョコ』、カシューナッツをチョコでコーティングした『カシューチョコ』、刻んだピーナツと混ぜた『ピーナツチョコ』の四種類を作った。


 絶対美味い予感しかしない……。


 もう俺には、どんな宝石よりも価値がある……。


 というか……もう黒い宝石だ!


 『チョコレート』ならある程度の長期保存もできるし、この領の特産品の一つにしたらいいと思うんだよね!


 よし! 食べよう!

 もちろん作りながら味見をしたので、間違いはないのだが……。


 まずは、普通の『チョコレート』を一つ口に運ぶ。

 板チョコ状に作ったものを、一口サイズにカットしてあるのだ。


 おお……うまい!

 これだ……これが食べたかった!

 いやー……最高だ!


『ミルクチョコ』『カシューチョコ』『ピーナツチョコ』も、それぞれいいできだ。


 個人的には元々『ピーナツチョコ』が好きなのだが、それぞれにいい味を出している。



 実はこの『チョコレート』作りは、『マグネの街』のサーヤの家でやっている。

 サーヤに頼んで、こっそり転移させてもらったのだ。


 みんなへのサプライズにしたかったので、こっそり一人きりでやりたかったんだよね……。


 一人きりといっても、この家には『家精霊』こと『付喪神 スピリット・ハウス』のナーナがいるから、厳密には一人きりではないが……。

 ただナーナはそんな俺の気持ちを察してか、顕現することはなく、この家と一体化して見守ってくれているようだ。


 凄くいいできなので、これなら自信を持ってみんなにサプライズプレゼントできそうだ。


 領都に持ち帰って、アンナ辺境伯やみんなに食べてもらおう!



 俺はサーヤに頼んで、再び領都に転移した。


 もちろん『マグネの街』居残り組のメンバーには、チョコの四種セットを置いてきた。

 ナーナも、ミルキー、アッキー、ユッキー、ワッキーも喜んでくれることだろう。

 絶対、ワッキーは泣くと思うんだよね……。


 俺は領城に戻ると、緊急の会議という名目で、会議室に主要な人たちに集まってもらった。


 集まってくれたのは、アンナ辺境伯、セイバーン公爵家次女で執政官のユリアさん、第一王女で審問官のクリスティアさん、その護衛官のエマさん、文官三人衆、ピグシード家長女のソフィアちゃん、次女のタリアちゃん、リリイ、チャッピー、そしてニアさんだ。


「すいません。急にお呼び立てして。実は……皆様に見ていただきたいものがあるのです。というか……食べていただきたいんですが……」


 俺がそう言うと、みんな期待に満ちた表情で目をキラキラさせた。


 そして俺は、小洒落た木箱から『チョコレート』出した。

 まずは普通の『チョコレート』だ。


 ところが……


 箱の中の『チョコレート』を見た途端……

  先程までの期待に満ちた表情が少し曇り……少し訝しげな表情になった。


 どうも……『チョコレート』の真っ黒加減が……食欲をそそらなかったようだ……。


 確かに……考えてみればそうかもしれない。

 俺は『チョコレート』の素晴らしさを知っているから何とも思わないが、初めて見たら真っ黒過ぎて……美味しいとは思わないよね……きっと……。


「これは、なんという食べ物なんですの?」


 それでもアンナ辺境伯が期待を込めて尋ねてくれた。


「はい。これはカカオという木の実をすり潰して作った『チョコレート』といいます。砂糖が入っていますので、甘くて美味しいですよ」


 俺はそう言って、自分で一つ口に入れてた。


 何回食べても自然と頬が緩んで、デレデレした顔になってしまう。


 それを見ていたニアさんが、早速勇気を出して『チョコレート』にかじりついた!


 ——パンッ


 ニアが『チョコレート』をかじる音が響いた……

 次の瞬間——


「うおーーーーーーーーーーー!」


 出た! ニアの雄叫び!


 そしてニアは、『チョコレート』をかじったり舐めたり……もうとにかく凄いことになっていた。

 もちろん、一言も発していない。

 そして瞬く間に、ニアの口の周りがチョコレートだらけになった。

 まるでヒゲの濃いおじさんみたいな顔になっていた…………残念!


 それを見ていたリリイとチャッピーが、早速『チョコレート』を口に入れた。


「うおーなのだ! ハハハなのだ! なのだ! なのだ! なのだ!」

「カリカリだけどトロトロなの! 苦いけど甘々なの! もう〜なんでもいいなの〜」


 やばい……リリイとチャッピーが壊れてしまったようだ。

 特にリリイがやばい……。


 そんな二人の様子を見ていたソフィアちゃんとタリアちゃんも口に入れた。


「甘い!おいしい! ああー、ううーー」

「ああ! 姉様、これは! ああー、ううーー」


 やばい……ソフィアちゃんとタリアちゃんが泣き出した……っていうか壊れてないよね……?


 そしてアンナ辺境伯が、キラキラした目で一粒口に入れた。


 無言で目を閉じて……上を向いてしまった……。

 あれ……口に合わなかったかな……?


 その時だった……アンナ辺境伯の頬を涙が伝った。

 やばい……泣いているようだ。

 親子揃って泣かせてしまったようだ……。


「これは……神話の食べ物ではなくて? なんと言ったらいいか……わかりませんわ……」


 いくらなんでも、神話の食べ物は大袈裟すぎるんじゃないだろうか……


「いや、これは神話に出てくる神の食べ物に違いありませんわ!」


 今度はクリスティアさんが、『チョコレート』を頬張りながらそう言った。

 なんか……ゆるゆるな顔になってる。


「いいえ、これはおそらく魔術的な食べ物に違いありません。この不可思議な美味しさは、魔術以外に出せるとは思えません」


 護衛のエマさんまで、変なことを言い出してしまった……。


「これ……ほんとにグリムさんが作ったんですの? やっぱり……セイバーン家に……いえ……もうどうでもいいですわ! 食べなきゃ!」


 ユリアさんは、うっとりした目でしばらく俺を見つめていたが、何かスイッチが入ったらしく猛烈に『チョコレート』を口に詰め込みだした。


 俺は、遠慮していた文官三人衆にも勧めた。


「生きてて……よかった……うう……」

「うおー……うおーーーー」

「グリム様に……私の全てを捧げます……」


 リーダーのマキバンさんと男性文官のベジタイルさんが泣いている。

 そして女性文官のフルールさんは、上気した顔で俺を見つめながら意味不明な発言をしていた。

 やばい……壊れてしまったのかもしれない……。


 オーソドックスな『チョコレート』を出して、この状態になってしまったので……


 残りの三種類……どうしようか……


 一瞬やめようかと思ったのだが…………


 せっかく作ったので、少し怖かったが…… それぞれ食べてもらうことにした。



 そして…………


 もう……最終的には、何が何だか分からない……興奮空間になっていた……。


 ほぼ同じようなことが、三回繰り返されたのだ。


 マキバンさんとベジタイルさんは、最終的には号泣していたので脱水症状になるんじゃないかと心配したよ……。


 ニアはもう顔中真っ黒になっていて……まったく以て残念な感じになっていた……。



 しばらくして……落ち着いたところで、俺はみんなに『フレッシュジュース』を出した。


 ここも普通にジュースを出せば良かったのだが……ついついサービス精神で炭酸で割った『炭酸ジュース』を出してしまった。


 最初はみんな炭酸の刺激に驚いていたが、最終的に美味しいと言って喜んでくれた。

 特にアンナ辺境伯は、「癖になる味」と言ってかなり気に入ってくれたようだった。


 ただマキバンさんとベジタイルさんは、最初に飲んだときに脱水症状に近かったためか、大量に口に含んでしまい、炭酸でむせて豪快に吹き出していた!

 毒霧殺法かよ! とツッコミたくなるぐらい綺麗に噴射されていた……。



 みんなほぼ放心状態みたいに呆けた感じになっているが……少し落ち着いたので、話を切り出してみた。


「実はこの『チョコレート』というお菓子は、ある程度日持ちをさせることができるので、この領の特産品の一つにしたらどうかと考えています。必要なものは、カカオの実と砂糖、後はカシューナッツやピーナツなどです。今後、栽培面積を増やして、大きな加工場を作ろうと思っています」


 俺がそう提案すると、全員が一斉に首を縦に振った。


 みんな一斉に賛同してくれたのは嬉しいのだが……なぜに誰もなにも言わないのか……


 ほんとに、誰もなんも一言も発さずに、ただただ微笑んでいる…………はて……?

『チョコレート』の衝撃が、強すぎたんだろうか……壊れてないよね?



 そんなこんなで、俺の『チョコレート』特産品化計画は承認されたようだ。

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