210.あぶり出し、作戦。
作戦はすぐに実行に移された———
現在、囚われていた女性達に、予定通り今後の意向調査を行なっている。
ただし数人まとめてではなく、一人づつ個室でだ。
ちなみに聞き取り調査を担当している領軍の兵士は……俺だ。
もちろん“厚化粧の女”に顔バレしている可能性が高いので、変装して“ロマンスグレーなダンディーおじさん”に扮している。
まぁ中身は本当におじさんなんだけど……。
どうでもいい話だが、この変装にあたっては、ニアとシャリアさん達三姉妹が何故かノリノリで、スタイリスト&メイクさん状態になっていた。
ああでもない、こうでもないと言いながら……俺の顔にシワを描いたり、カツラを被せたり………もうお人形状態になっていた………トホホ……。
俺は聞き取り調査役としての仕事もしっかりこなし、一人一人親身になって今後どうしたいかという話を聞き取りした。
全部で五十三人いるので、かなり時間がかかってしまい、もう夕方になってしまった。
既に五十人の調査を終了し、残りは三人のみだ。
読みが外れたのだろうか……
五十一人目も、もう終わる……。
少し地味めの顔で、髪色は薄い茶髪だ。
髪色は証言と合っているが、これまでも茶髪の女性は何人もいたので、あまり参考にならない。
全体的にそれほど悪い印象は受けないが、何となく……目が笑ってないような気がするが……
「これで聞き取りを終了します。ご苦労様でした。これから仮設住宅にご案内します。最後に元気が出る回復薬を飲んで下さい。領主様よりのご厚意です。特別な物ですので、この場で飲んでください」
俺はそう言って、紅色のビー玉のような丸薬を渡した。
そう『死人薬』である。
といっても……『死人薬』そっくりの偽の丸薬だ。
特に何の効果もない。
これを元気が出る薬といって、全員に飲ませているのだ。
何も知らなければ、疑う余地もなく飲んでくれる。
もし“厚化粧の女”なら、見た目で『死人薬』と判断し飲む事を躊躇するはずだ。
奴らが自爆テロで使うといっても、あくまでそれは最後の手段のはず。
追い詰められなければ、出来るだけ飲まないようにするはずだと考えたのだ。
「どうしました? 早く飲んじゃってください」
「はい、ただ少し気分が悪くなってしまいまして……落ち着いたら後で飲みたいのですが……」
お……どうやら当たりが出たようだ!
「気分が悪いなら尚更ですよ。すぐ気分が良くなりますから飲んで下さい」
「は、はい、ゴホ、ゴホン、ゴホン、ゴホゴホ……」
地味女が、急に咳き込みだした。
それにしても……演技が下手すぎる……。
こいつ完全にアウトだ……。
「何か飲めない理由でもあるんですか? ……暑く化粧をしないと、調子が出ないとか……」
俺はそう言って、ニヤリと笑ってやった。
その途端、地味女の目が冷たく揺らいだ。
彼女も悟ったようだ。
そして意を決して、丸薬を飲み込んだ!
そう……この場で自爆テロをして『死人魔物』になって暴れる決意をした……死を覚悟した目だ。
「うわーーーーーー! 」
地味女は雄叫びを上げる———
………………………………
……だが、何も起こらない。
そりゃそうだ。
起こるはずがない。
『死人薬』じゃないんだから!
地味女は自分の体を触りながら、変身しない事に戸惑っているようだ。
「大きな声が出ましたね。元気になったでしょう? 」
俺はニヤけ全開で、茶化すように言ってやった。
地味女は、呆けたような表情をした後、拳を握りながら唇を噛んだ。
やっと自分がはめられた事に気づいたようだ。
そして俺に襲いかかろうと動き出すが………させるわけないでしょう!
俺はすぐに魔法の鞭を巻きつけて麻痺させた。
更に『状態異常付与』スキルの『眠り』を付与して意識を奪った。
地味女は床に転がっている。
そして『波動鑑定』してみる……
面談を始めた時にもやっているのだが、普通に鑑定出来ていた。
特に問題ない標準的なステータスだった。
今回は、集中して意識を強く向けて……鑑定を続ける…………
………………表示が乱れ……別のステータスというか……本来のステータスが一瞬表示された!
やはり認識阻害効果のある何かを使っているようだ。
おまけに、ステータス偽装の効果まであるようだ。
意識を失ったからなのか……乱れながらも一瞬表示される情報で、何とか本当のステータスを確認する事が出来た。
レベルが35もある。かなりの腕前の構成員だったようだ。
俺はシャリアさん達を呼んで、持ち物を調べてもらった。
保護した際に一通りの検査をしたので、特に怪しい物や『死人薬』は発見されなかった。
何も持たずにどうやって事を起こすつもりだったのか……
何も準備していないとは思えないが……
とりあえずシャリアさん達に連行してもらい、俺は残り二人の意向調査を継続した。
特に問題は無く、潜んでいたのは先程の女だけだったようだ。
それにしても……本当に上手くいって良かった!
はっきり言って……賭けだったのだ!
あの紅色の丸薬が偽物であり、こっちの罠だと気づかれる可能性も十分にあった。
もし敵が冷静に考えたら……俺達がわざわざ『死人薬』飲ませるのはおかしいと気づいただろう。
あの場で『死人魔物』になられたら、困るのは俺達の方だからね。
それに他の女性達がほんとに『死人薬』を飲んだなら、そこら中『死人魔物』だらけになるはずだから……。
だが突然『死人薬』を見せられて……動揺してしまい、そんな冷静な判断は出来なかったようだ。
お陰で上手くいったのだ。
最悪は、動揺を引き出せるだけでも充分だったのだが……大成功だった!
我ながら……本当に一か八かの作戦だったのだ。
ナビーには、成功確率50パーセントと言われていたが……(マスターは、運だけはいいですから……)という……誉めているのか、ディスってるのかわからない後押しもあり、決行する事にしたのだ。
◇
夕食後、俺はニアとともに再度会議室に来ていた。
ユーフェミア公爵から、先ほど捕まえた女工作員の取り調べの第一報の報告があった。
中々口が堅いようで、“博士”の所在についてはまだ情報が取れていないらしい。
女工作員を確保出来た事は大きな成果だが、まだ“博士”が潜伏している可能性がある以上、油断出来ない。
式典は明日の朝で、もう時間が無い。
議題は……明日の式典についてだ。
もちろん中止するという選択肢は無い。
ただ万が一にも、これから復興を成し遂げるという決意を表す式典で、テロ騒ぎが起き死者を出すような事になれば、計り知れないダメージとなる。
それだけは、防がなければならないと言うのが、アンナ辺境伯とユーフェミア公爵の共通認識だ。
“博士”についての有力な情報が無い以上、出来る事は警戒体制を強めるくらいしかないが……。
だが兵士の数にも限りがあるし、集まってくる領民全てをチェックする事など到底出来ない。
実際のところ、みんな行き詰まっている状態なのだ。
そんな時だ……
セイバーン公爵軍の兵士が駆け込んで来た。
「王都よりの審問官殿をお連れいたしました」
兵士がそう報告すると、ユーフェミア公爵はニヤリと笑った。
「そうか、上手く見つけられたようだね。これで少しは光が見えてきたよ……」
そう言うと公爵は、詳しい事情を説明してくれた。
元々王都からこちらに向かっていた『強制尋問』スキルを持つ審問官を、俺が貸した飛竜で迎えに行ったらしい。
公爵としては、何とか明日の式典までにより詳しい情報を構成員達から聞き出したかったようだ。
「ところで審問官は誰だったんだい? まだここに来ないのかい? 」
ユーフェミア公爵が兵士に尋ねた。
「はい、そ、それが……」
兵士が答えている途中で、誰かが駆け寄ってくる足音が響く。
靴音と共に爽やかな花の香りが運ばれてくる。
現れたのは……黄金がちりばめられた軽鎧を身につけた女性騎士だった。
白っぽい金髪……いわゆるプラチナブロンドの髪をなびかせた美女だ!
「ごきげんよう。ユーフェミア伯母様」
「こりゃ驚いた! クリスティア、あなたが来たのかい? 」
公爵が手を上に向けて、驚きのポーズとともに破顔した。
このプラチナブロンド美人さんが審問官のようだ。
そしてユーフェミア公爵の知り合いらしい……
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