176.美人も緩む、新メニュー。

 やっと今回の事件が終息を迎えたので、俺達は空腹を満たす為に『フェアリー亭』に行く事にした。


 これはシャリアさんたっての希望である。


 また『牛のとろとろシチュー』や『ソーセージ』『卵焼き』を食べたいのだそうだ。

 それに新しくなった宿屋『フェアリー亭』も是非見てみたいとの事だ。


 その評判を聞いていたユリアさんも、楽しみにしているようだ。

 目をキラキラさせていた。

 少しよだれが垂れていた気もするが……

 もしかして、ユリアさんは食いしん坊さんなのだろうか……。



 ユリアさんはトウネの街から順次途中の都市と街を回りながら、領都への移民の支援をしていたらしい。


 このマグネの街の近郊には、着いたばかりだそうだ。


 本隊をそのまま領都に向かわせ、自分はマグネの街の様子を見る為に別働隊と向かおうとしていたようだ。

 そんな矢先、シャリアさんが飛竜で飛来したのだそうだ。

 それで一緒に飛竜に騎乗し、街を訪れたらしい。


 シャリアさんの要件は、俺達を領都に呼び戻す事だったようだ。


 その連絡だけなら、伝令を出せば済むと思うのだが……


 セイバーン公爵は国王との話し合いで、計画通りピグシード辺境伯領の存続を勝ち取ったらしい。

 そこで復興に向けて本格的に動き出す為に、まずは俺に授爵してニアに守護妖精を宣言してもらいたいようだ。

 授爵式を兼ねた復興式典のようなものを行う予定らしい。


 そして、領都とナンネの街の復興に対しても、本格的に協力を始めて欲しいという希望もあるようだ。


 まぁマグネの街で商会も作ったし、避難民支援も大分軌道に乗ってきたから、タイミング的には丁度良いかもしれない。


 今回捕縛した者達は犯罪奴隷となるので、領都の復興の為の人足としてユリアさんが連れて行くそうだ。

 ユリアさんの護衛の別働隊がもうすぐマグネの街に着く頃だと言っていたので、その部隊が輸送するのだろう。



 『フェアリー亭』に入ると、トルコーネさん一家と手伝いの孤児院の子達は大喜びで迎えてくれた。

 だがシャリアさんを見た瞬間、トルコーネさんは固まって汗をかき始めていた……。

 やはり緊張するよね。


 俺も今でも……まともに顔を見る事が出来ないからね。


 相変わらず『フェアリー亭』は絶好調で、席は空いていなかった。


「あ、あの、あのあの、二階に個室を用意しましたので、そ、そちらをお使いください」


 おお、トルコーネさんがシャリアさんの前で初めて口を開いた。


 なんと二階に個室を作ったらしい。

 どうも俺達がいつ来てもいいように、用意しておいてくれたようだ。

 この前来た時も、満席で座れなかったからね。


 今の混乱した時勢では、旅人や行商人もおらず宿屋としては宿泊客が見込めない状況なので、客室の一部を飲食できる個室に変更したようだ。

 変更と言ってもベッドなどを運び出して、テーブルと椅子を入れただけのようだが。


 早速俺達は二階に上がった。


 個室でゆっくりできて、逆に良かったと思う。


 といっても人数が多いので、かなり狭い感じになっているが。

 もちろん来ているのは人型メンバーだけだが、十人近くいるからね。

 シャリアさん達を入れたら、十人を越えているのだ。


「うわー……甘い! これは何なのです! お、おかわりしようかしら…… 」


 はじける笑顔でそう言ったユリアさんは、『卵焼き』を凄い勢いで食べている。


 本当に食いしん坊さんなんだろうか……。

 公爵令嬢とは思えない食べっぷりなんですけど……

 そしてほんとにお代わりしちゃってる……。


 幸せそうにいっぱい食べていて、見てるこっちも幸福感を味わえるからいいけどね。


 ユリアさんは『牛のとろとろシチュー』や『ソーセージ』も感動の言葉を口にしながら、バクバク食べていたが、 一番気に入ったのは『卵焼き』のようだった。



 俺は丁度良い機会なので、考えていた新メニューを作ってみる事にした。


 下に降りて、ネコルさんにキッチンの一部を借りる。

 好評なら『フェアリー亭』の新メニューでも使ってもらおうと思っているので、簡単に説明した。


 俺は先日川で獲った二種類の小エビ『紅エビ』『白エビ』を取り出す。

 もちろん魔法カバン経由で『波動収納』から取り出しているので、新鮮さを維持している。


 次に小麦粉と卵と水を混ぜ、天婦羅粉を作る。


 そしてそれぞれのエビを天婦羅粉につけて、油に投入する。


 そう、『かき揚げ』を作っているのだ。


 野菜も一緒に混ぜた『かき揚げ』にしようと思ったのだが、このエビが凄く美味しかったのでエビだけの『かき揚げ』にした。

『紅エビ』と『白エビ』の色を反映して、赤白の二種類の『かき揚げ』を作った。


 ついでに、それぞれのエビの『素揚げ』も作っておく。


 トルコーネさん一家や、手伝いの孤児院の子達に、少し試食してもらったら、みんな目をうるうるさせて感動していた。

 特に『かき揚げ』については、衝撃的だったようだ。

 手伝いの五人の子供達の眼差しが、急に尊敬の眼差しに変わっていた気がする……少しだけ誇らしかった。


 俺はかなり多めに揚げて、ロネちゃん達に手伝ってもらって二階の個室に運んだ。


「まぁ、あなたが今作ってきたの? エビですのね。エビは好きよ! 」

「ほんとですわね、お姉さま。凄く美味しそう! 」


 シャリアさんもユリアさんも頬が緩んでいる。

 特に怜悧な美人のシャリアさんの緩んだ表情は、凄く貴重な気がする。


 皿を目で追うみんなの目もキラキラしている。


 そしてやばい……

 ニアとリリイとチャッピーとワッキーが既によだれを垂らしている……


 はやるみんなを落ち着かせ、まずは『紅エビ』と『白エビ』の『素揚げ』から食べてもらう。


「何ですの! この美味しさは! 小さなエビがこれほど美味しいとは…… 」

「本当ですわ。小エビを丸ごと食べて、こんなに美味しいのですね。香ばしさがたまりませんわ! 」


 シャリアさんとユリアさんは小エビを食べた事が無いようだ。

 殻ごと食べる香ばしさを知ったら、もうやみつきだよね。


「シャリアお姉ちゃん、ユリアお姉ちゃん、これはほんとに美味しいのだ! リリイはこの前食べちゃったのだ! いくらでも食べれちゃうのだ! 」

「チャッピーもこの前食べたなの〜 いっぱい食べたなの〜 大好きなやつなの! 」


 他のみんなもこの前食べているが、改めて美味しいさを満喫しているようだ。


 そしてみんなお待ちかねの新メニュー『かき揚げ』だ!


 本当は天つゆがあると良いのだが、無いので塩をかけて食べてもらう。

 オリーブオイルで揚げているし、塩で充分美味しいはずだ。素材がいいからね。


「ハハハ……なにこれ! グリムさん、あなたはほんとに何者? なにこのサクサクは! この香ばしさ! 」

「お母様が料理人になれと言ったのがわかりますわ。このサクサク、そしてふわふわ、そして香り、味……一体何ですの! 」


 なんかもう……シャリアさんとユリアさんが凄いテンションになってきてるんですけど……


「うわーうわーうわーなのだ! リリイはこれ、大好きになったのだ! 」

「凄いなの! 凄い、凄い、凄いなの! チャッピー毎日食べるなの〜 エビさんがレベルアップしてクラスチェンジしてるなの〜」

「「「美味しい! 」」」

「「「凄い! 」」」

「「「最高! 」」」

「うおーーーーーー! 」


 リリイ、チャッピーを始めみんなワイワイ言いながら、それぞれに美味しいアピールをしている。


 ちなみに最後に叫んでいるのは、当然ニアさんです。

 そしてニアさんは、現在は無言のまま『かき揚げ』の二枚目に突入中です。


 良かった!

 みんなに大好評のようだ。


『フェアリー亭』の看板メニューの四つ目にしてもらえるかもしれないね。


『フェアリー農場』の西側農場の川にいっぱいいるから、農場スタッフで定期的に小エビ漁をしてもらおう。


『フェアリー農場』はマグネの街を出てすぐなので、鮮度維持も何とかなるだろう。


 量が多く獲れるなら『干しエビ』を作るのもいいかも。


『干しエビ』にしても、かなり美味しいはずだ。



 エビで大盛り上がりしているところに、衛兵のクレアさんが訪ねてきた。


 大体の処理が終わったので、衛兵長からシャリアさん達の護衛という名目で俺達に合流するように指示があったらしい。


 どうもシャリアさんが衛兵長にクレアさんを合流させるように頼んだようだ。


 特に用事があるわけではなく、一緒に食事をしたかったらしい。

 前回来た時に結構一緒にいたから、ほんとに仲良くなったようだ。


 というよりは、シャリアさんがクレアさんを気に入ったようだね。


 クレアさんは、みんなに勧められて一通りの品を食べていた。

 結構な量を食べたと思うけど……

 クレアさんも、もしかしたら食いしん坊さんなんだろうか……。


『かき揚げ』を相当気に入ってくれたようだ。


 既存の『フェアリー亭』の三つの看板メニューについては、何度か衛兵長達と食べに来たようで既に味を知っていた。


 小エビの『かき揚げ』については、衝撃を隠せないでいた。


 シャリアさんと同じく怜悧な感じの美人なので、緩みっぱなしの表情がかなりレアだった。


 といっても……直視出来ないので、あまり見れていないが……。





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る