170.風評被害、防止。
次に隣の武具販売店に入った。
ここも一階が店舗で、二階が事務所や商談室になっているようだ。
店内を見渡すと…… 確かに回復薬を売っている。
そして武具は……鎧や盾等はそれなりに在庫があるが、剣、槍、弓などの主要武器は少ない。
やはりあのポンコツが店から持ち出したのだろう。
在庫の偏りの不自然さが半端ないからね。
まったく……これじゃ商売にならないだろう……。
「いらっしゃいませ。回復薬をお探しですか? 」
二十代後半のつり目の女性が手揉みしながら声をかけてきた。
ハーリーさんが言っていた女性はこの人に違いない。
この女性の他にも、男性の店員が二人いるが、なんとなく空気が悪い……
さっきの店の店長の話からしても、男性二人が元からいる店員で女性が最近入った店員なのだろう。
俺は少し話をしてみる事にした。
「この回復薬は、良さそうですね」
「ええ、もちろんです。特別に作らせている一級品ですよ」
そう言って笑を浮かべる。
“一級品”という言い方が……絶妙なグレー表現だ……。
この回復薬は『波動鑑定』によれば、階級が『下級』すなわち『下級の身体力回復薬』で、品質が『低品質』となっている。
“高品質”と言うと完全に嘘だが、“一級品”という言い方はグレーだね。
まぁ……ほぼ黒だけど。
「最近『フェアリー薬局』というのが新しくできたみたいで、そちらの薬も評判のようですね」
俺はあえて、『フェアリー薬局』の話題を振ってみた。
女性は一瞬眉を釣り上げたが、すぐに冷静を装った。
「お客様、気をつけた方がよろしいですよ。うちのお客様から聞いたんですが、全然効果が無かったみたいです。おまけに逆に体調が悪化して寝込んだって言う方もいらっしゃるんですよ。突然できた『フェアリー薬局』よりも伝統と実績がある当店の回復薬をお選びください。安心安全です! お値段もこの一級品が八千ゴルと大変お得ですから」
いかにも親切な体を装って、そう言ってきた。
……こいつ……完全に黒だ!
こんな出鱈目を吹聴されたら、たまらない。
風評被害も甚だしい。
おまけに『低品質品』の相場は五千ゴルのはずだから、それを“一級品”と言って八千ゴルで売るなんて、ぼったくりにもほどがある。
この回復薬販売部門は完全に悪徳商売のようだ。
リリイとチャッピーが聞いてなくて良かったよ。
もし一緒に聞いていたら食ってかかったに違いない。
二人は少し離れたところで盾を見て、目をキラキラさせている。
女性用の装備だと思うが、可愛いデザインの丸盾があったのだ。
「ではこちらの回復薬を買わせていただきます。ただ、人に頼まれた買い物なので、一筆書いていただきたいのです。一級品と書いてください。値段も記入してください」
女性は一瞬躊躇していたが、まとめて十本買うと言ったらすんなり書いてくれた。
いわば領収書のようなものだが、『下級身体力回復薬 一級品』という表示と金額、そしてこの店と店員の名前を書いてもらった。
これで悪徳商売の証拠を一つ押さえた事になる。
ほとんど詐欺だからね。
明確に“高品質”と言っているわけではないが、“一級品”と言う表現はどう考えても『高品質』品と捉えるのが普通だろう。
リリイとチャッピーの方に向かうと、男性の店員さん二人と楽しそうに話していた。
雰囲気からして、この二人の店員は悪い人ではなさそうだ。
話の感じからして、リリイとチャッピーが妖精女神の仲間と分かっているようだ。
二人も何度かパレード状態の時に、馬車の窓から顔を出してるからね。
特にネコ耳のチャッピーはわかりやすいのかもしれない。
リリイは赤い縁取りの丸盾、チャッピーは青い縁取りの丸盾が気に入ったようだ。
確かに、可愛い感じの盾だ。
女性冒険者などに人気が出そうだが、この街には冒険者なんて滅多に来ないだろうし、一体誰が買うんだろう。
そう思いながら値段を見ると……一つ三十万ゴルもする。
いくらデザイン性が高くても、丸盾一つにそんなに払う人いないでしょう……。
ただ『波動鑑定』してみると……階級が『
詳細を確認すると、なんとリリイの『魔鋼のハンマー』と同様に『魔鋼』で出来ているようだ。
魔力調整で重量と硬度が変えられるらしい。
魔法の防具である事を考えると、三十万ゴルは高くないかもしれない。
いやむしろ安いのかもしれない……
相場を知っているわけではないが、前にニアが魔法のアイテム自体希少だと言っていたからね。
「すみません、この二つをまとめて買うので安くしてもらえませんか? 」
リリイとチャッピーが気に入っているので買ってあげたくなってしまった。
それに魔法のアイテムは貴重らしいし、もしかしたら掘り出し物かもしれないしね。
でもニアがいなくて良かった。
いたらきっとジト目で見られた挙句に、「甘い! 」って吐き捨てられそうだ。
店員さん達は、一瞬固まった。
まさか俺達が購入するとは思っていなかったようだ。
「は、はい。もちろんです! 勉強させていただきます! 」
一人の店員がそう返事をすると、もう一人の店員は奥から帳簿を持ってきた。
帳簿とにらめっこしている……
「そうですね…… 二つ合わせて四十万ゴルでどうでしょう? 」
え……そんなに値引きしていいわけ……
俺が答えあぐねていると……
「申し訳ございません。この街に大恩ある妖精女神様のご一行様ですから、目一杯やったつもりなのですが…… 」
どうやら俺が金額に納得していないと思ってしまったようだ。
「いえいえ、とんでもありません。こんなに安くしていただいて、大丈夫なのですか? 」
俺がそう言うと、二人は安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫です。ずっと売れずに残っていた物ですから。換金出来た方がうちも助かりますので」
ということで、リリイとチャッピーに買ってあげることにした。
二人だけに買うと不公平になるので、他の仲間達にも隠し武器として使えそうな小さめの武器を中心にいくつか購入した。
店員さん達は、この盾に背負う為の革紐を取り付けてくれた。
リリイ達がいつも持ち歩けるように、サービスで付けてくれたのだ。
盾には何箇所かフック形状の突起があるので、そこに革バンドを固定していた。
二人が背負うと………なんとなく…… ランドセルっぽい。
亀さんのようにも見えるし……めっちゃかわいい!
二人は大喜びで丸盾を背負うと、手を繋いで通りに駆け出した。
ちなみに大人しく待っていたトーラには、魔法石のついた首飾りを買ってあげた。
付けてあげると、首輪をはめられた猫みたいな感じになってしまった。
まぁ可愛いからいいよね。
『大地の魔石』といわれる黄色い魔法石が付いていた。
筋力アップの効果があるらしい。
二つのお店の視察で分かった事は、従業員には善良な者と悪事に加担している者がいる事がわかった。
そしてあの回復薬を担当している女性店員は、意図的に『フェアリー薬局』の悪評を広げようとしている事がわかった。
まだ町中に広がっているわけでは無いが、これを放置しておく事は出来ない。
この世界では、真実でなくても噂が広がり信じられてしまえば、それが真実となる。
覆すのはかなり大変な事になるだろう。
やろうと思えば、根も葉もない噂で商売敵を潰す事も出来るような世界なのだと思う。
あの口だけは何とか封じておきたい。
どうしたものか……
そうか!
いいこと思いついた!
あのポンコツ商人を警戒させたくないので、俺が直接動いたり衛兵隊を動かす事は出来ない。
商売上の事だし『商人ギルド』のギルド長に一肌脱いでもらう事にしよう!
『商人ギルド』は商人間の揉め事だけで無く、顧客との商売上のトラブルの仲裁もしてくれるはずだ。
俺が一顧客として『低品質』ものを”一級品“と言われ、相場よりも高い値段で買わされたと申告すれば、調査と指導に入ってくれるはずだ。
自分の店にギルドからの指導が入ったら、他店の悪口を言いふらしてる場合じゃなくなると思うんだよね。
良し! この手で行こう!
俺達は早速ギルド会館に向かい、ギルド長に事の顛末を説明した。
『商人ギルド』では、商人間、特に競合する商人間での虚偽の噂の流布や妨害行為を禁止しているので、その点からも調査に入ってくれる事になった。
当然、誤解を生むような表現で相場よりも高く売りつけた事については、すぐに指導に入ると言ってくれた。
明日の朝一番で指導に入り、当該店員には事情聴取をするとの事だ。
事実上、薬部門はしばらくの間営業出来なくなると言っていた。
これで問題は一つ解決した。
後はあのポンコツ商人とその取り巻きだ。
そして不穏分子が組織化されているかどうかだね……。
その全容を解明して、組織化されているなら駆逐しないとね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます