167.孤児院の、実情。

 翌日、俺は朝から孤児院を訪問していた。


 リリイ、チャッピー、トーラも一緒だ。


 昨夜みんなが帰ってきたところで、孤児院で起きた事件についてと最近の下町エリアの治安の悪化について説明した。


 リリイとチャッピーは、孤児院の子達を守りたいから絶対についていくと言って聞かなかったのだ。


 まぁ無理に断る理由もないので、一緒に連れてきた。


 悪徳商人のコモー達がいつ来るかわかんないから、それまでは子供達と一緒に遊んでいればいいしね。


 ニアは付いて来たかったようだが、目立っちゃうし奴らが来た時に警戒されると思うので遠慮してもらった。


 さすがにニアがいたら気づくと思うんだよね。

 喧嘩を売ってる相手が誰かという事に……。


 他の人型メンバーは、いつも通り農場や加工場などに出かけた。


 ナーナと人型でない仲間達はサーヤの家で待機だ。

 というか、のんびり遊んでいると思う。


 ナーナは、活動範囲がサーヤの家や『家馬車』が移動できる場所に限定されるので、継続的に人前で活動するのが難しい。


 それ故最近は家で様々な雑事をしてくれている。

 主に支配人として活躍するサーヤのフォローで、書類仕事をしてくれているようだ。


 またサーヤの敷地内の植物や家畜動物達の世話もしてくれている。


 リン、シチミ、フウ、オリョウ、レントン、タトル、フォウは馬車を使わない時はサーヤの家でのんびりしている事が多い。


 俺、サーヤ、ミルキー、アッキーが出かける為に個別に馬車を使う時は、オリョウとフォウが『家馬車』や『家馬車二号』を引いている。


 やはり人前で話せないのは、少しストレスのようだ。


 無理に俺達について来るよりも、サーヤの家でのんびりしたり、大森林や霊域に遊びに行って訓練した方が良いようだ。


 旅にでも出ればまた違うだろうが、今のように街にいる間は我慢してもらうしかない。


 それでも夜になってみんな帰ってきた後は、楽しい時間を過ごしているから大きなストレスは無いようだ。


 人型メンバーが方々に散ってしまう日中は、少し寂しいかもしれないけどね。


 誰か人に変身出来るスキルでも身につけないかな……。


 それが『通常スキル』なら、俺が『波動複写』でコピーして、全員に『共有スキル』としてセット出来るのに……。


 本の虫であるニアに一度尋ねた事があるが、『通常スキル』で人や他の生物に化けるスキルは、聞いた事が無いようだ。

『種族固有スキル』や『固有スキル』では、そういうものもあるようなのだが……。


 ただ人型でないメンバーの中で、単独で街をフラフラしても変じゃないメンバーが一人だけいる。


 それが『スピリット・ブラック・タイガー』のトーラだ。

 トーラは、ちょっと大きめの猫で通用してしまうのだ。

 単独で街をぶらついても、あまり違和感が無いのだ。


 それに最近はチャッピーとめっちゃ仲良しなので、いつもチャッピーと一緒にいる。


 今日も途中からチャッピーを追いかけてやって来たのだ。


 見た目がフクロウの『スピリット・オウル』のフウも街に単独で居ても変では無いのだが、フクロウが日中活発に街を飛び回っているのはやはり不自然だと思うんだよね……。


『竜馬』のオリョウや見た目が荷引き動物『金馬きんめ』そっくりのフォウも街中にいる動物といえるが、単独でうろつくのは明らかに不自然になる。


 見た目がリクガメの『スピリット・タートル』のタトルも単独で街を歩いてるのは不自然になる。


 結局人型以外のメンバーで、単独で街をフラフラしても不自然じゃないのは、スライムのリンと猫扱いのトーラだけなんだよね。


 もっともリンは単独行動する事はほとんどない。


 大体俺のそばにいるか、他のメンバーと一緒にサーヤの家や大森林にいる。


 前にリンが言っていたが、大森林での訓練は充実しているらしい。


 魔物を倒す実践訓練で、たまに通常スキルを持っている魔物がいるとリンの『種族固有スキル』の『吸収』の中の『ランダムドレイン』コマンドで、スキルが吸収出来る事があるようだ。

 何個か新しいスキルを手に入れたようだ。


 リンちゃん、どこまで強くなるんだろう……

 そしてどこに向かっているのだろう……

 スライムの王様になったりして……。





  ◇





 俺は院長先生と話をしている。


 この孤児院の子供達は現在二十二名もいるらしい。

 一番年嵩の十四歳の三人の女の子達は、トルコーネさんの『フェアリー亭』で最近働きだしている。


 彼女達は十五歳になったら院から巣立たないといけないが、トルコーネさんが雇用してくれるので院長先生も安心しているようだ。

『フェアリー亭』には他にもロネちゃんと同じ十歳の女の子二人が手伝いとして働いていて、手当てを貰えているようだ。


 小さな子は二歳、四歳、五歳、六歳が一人づついて、年上の子達が小さな子の面倒みているようだ。


 十歳以上の子は十二人いて、院長先生としてはここを出る十五歳までの間に、出来れば手に職をつけて生活が出来るようにしてあげたいと思っているようだ。


 ただ現状では見習いで雇ってくれるところは、ほとんど無いらしい。

 小さな街なので、受け入れ先自体も少ないのだろう。


 子供達の将来の事を考えれば、院長先生の言う事はもっともだ。

 どうにか協力出来ないものか……


 …………いいこと思いついた!


 避難民の中にいる未成年の孤児達には、やっている事だが『フェアリー商会』の各事業の中で見習いとして雇用してあげよう!


 本当は学校があれば通わせたいが、無いものはしょうがない。

 むしろ子供達の将来の生活を考えたら、何か手に職をつけさせてあげる方がいいかもしれない。


 今なら家具職人の人達もいるし、店舗の小間使いでもいいだろう。

 場合によっては、屋敷の執事やメイド達の下につけて、礼儀作法を身につけさせてもいいかもしれない。


 そんな事を思いついて院長先生に話してみると、是非お願いしたいと涙ぐまれてしまった。


 院長先生曰く、仕事の体験が一番の教育だそうだ。


 ただ出来れば、しばらくはこの孤児院から通って適性を見たり様子を見させてあげたいとも言っていた。


 親心だろう。

 確かに右も左もわからないところに、突然放り込まれて合わない仕事だったらただの苦行になっちゃうもんね。

 もっともこの世界ではそれが普通のようだが、俺はそんな事はしたくないと思っている。

 奴隷と同じになっちゃうからね。


 まぁ少なくとも俺の『フェアリー商会』なら柔軟に対応出来るし、現場のスタッフにも言って含めればきちんと丁寧に対応してくだろう。



 少し気になったのでスタッフについて聞いてみたが、この孤児院に常駐している大人は、院長先生一人なのだそうだ。


 人を雇用するお金が無いようだ。


 街からの支援がいくらかあるのと、この街で唯一の教会からもいくらか支援があるようだが、運営するには全く足りないらしい。

 足りない分は、孤児院の卒院生や高徳な慈善家からの寄付でやりくりしているらしい。


 また、孤児院出身で主婦になっている人達が、空いた時間に手伝いに来てくれたりもしているようだ。


 ネコルさんは忙しいので、手伝いに来る事はほとんど無いようだが、寄付を定期的にしてくれるらしい。

 食堂で余った食材なども届けてくれるそうだ。


 この現状をもっと早く知っていれば…………俺はほぞを噛んだ。


 俺は、院長先生に『フェアリー商会』でこの孤児院を支援させて欲しいと申し出た。


 子供達は宝だし、未来そのものだからね。


 食べ物については、いくらでも支援できる。


 魔物の肉なら俺の『波動収納』にいくらでもあるし、カボチャもいくらでもある。


 そして俺がこの街の守護になったら、街からの支援ももっと出そうと思っている。


 ただお金や物資の支援も大事だが、一番は子供達がちゃんと生きていけるようにしてあげる事だ。


 そう考えると見習い仕事の手配はもちろんだが、この孤児院の子供達で出来る事があるのが一番いい。

 何か収入が得られるものがあれば……


 ……考えよう。

 子供でも出来る事で、それなりにお金が稼げる事を……。


 孤児院の敷地の中には小さな菜園や花壇もあるが、この子達が食べる分も足りていないはずだ。

 いかんせん敷地自体が広くないから、ここで出来る事と言っても実際にはかなり難しそうだ。


 さて、どうするか……


 そしてそもそも、この孤児院をどうしてあげることが最善なのか……


 第一案、あの悪徳商人の言い値でこの土地を買い上げる。


 第二案、俺が別の場所に孤児院を建て、引っ越してもらう。


 第三案、守護になってからになるが、町立孤児院を作ってそこに移ってもらう。


 ざっと考えるとこんなものだが…… どれが一番いいかなぁ……



 この街には、この孤児院出身者がそれなりにいるはずだ。


 その人達にとってはこの場所が無くなったら、まるで母校がなくなったかのような寂しさを感じるだろう。母校というよりはむしろ実家だと思うが……。


 そう考えると、この場所に残してあげるのが良い気もする。


 あの悪徳商人の言い値で買うのは癪にさわるが、逆に言えば、金さえ払ってしまえば何の関係も無くなる。

 割り切ってしまえば、それでもいいかもしれない……。


 次に良いのは町立の孤児院にする事かな。


 町の予算で運営されるから、お金の心配をする必要が無くなるはずだ。


 ただ一抹の不安は、俺の次に守護になるのが前のハイド男爵のような人間だったら切り捨てられる可能性もあるという事だ。


 そう考えると俺が作ってしまうという案が、確実で手っ取り早いのだが……


 俺自身、突然、異世界に転移してしまうかもしれないしなぁ……。


 まぁ『フェアリー商会』もそれに備えて、俺がいなくても運営継続出来るように、なるべくチートスキルを使わない商品作りや事業運営を心がけているんだけどね。


 そういう意味では孤児院も大丈夫かもしれないけど。


 すぐには結論が出ない……。


 こういうモヤモヤした時は、体動かすのが一番だ。

 そうしているうちに、いいアイデアが思い浮かぶかもしれないし。



 ということで俺は、大工仕事をする事にした。


 孤児院の建物があまりに老朽化していて、見ていられなかったのだ。


 特に破損が酷い所を補修する事にした。


 以前レントンに作ってもらった板材が大量に『波動収納』に入っているので、魔法カバン経由で何枚か板材を取り出した。


 かなり古い建物で平屋建てだが、建坪はそれなりにある。


 部屋が五つほどあり、四、五人で一つの部屋を使っているようだ。

 この人数では大分狭いよね。


 仮設住宅の方が余程いい感じだ。


 仮にすぐ出て行かなければならなくなったら、しばらく仮設住宅に移ってもらってもいいかもしれない。


 そんな事を思いながら補修作業をしていると……


 蹄の音が近づいて来た………

 もしや………




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