166.治安悪化の、兆し。
ギルド会館から出て、隣にある役所に向かって歩き出したところで俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると衛兵長だった。
所用で代官さんを尋ねるところだったようだ。
丁度良かった。
これでまとめて二人に話せる。
二人の用件が終わった後に話をしようと思い、代官さんの執務室の外で待っていようと思ったのだが、衛兵長に一緒に聞いて欲しいと言われ、なぜか同行する事になった。
衛兵長の話は、この街の治安についての話だった。
最近下町のエリアを中心に、ちょっとした小競り合いが相次いでいるらしい。
治安が悪化してきているようだ。
心ない人達が揉め事の原因を、避難民達の仕業と根拠も無く騒ぎ立てたりしているようだ。
衛兵長の話では、下町エリアの貧困層の一部には自分達の家より立派の仮設住宅に住んでいる避難民達をやっかんでいる者もいるらしい。
実際には、仮設住宅の人達が下町エリアにいる事はほとんど無いようだ。
滅多に仮設住宅エリアを出ないらしい。
定期的に巡回している衛兵からも、その旨の報告が上がっているそうだ。
不埒者が意図的に避難民を落としめている可能性が高いらしい。
俺は少しショックだった。
この街の人は皆いい人達で、いつも優しくしてくれていたからだ。
事実、それはその通りなのだ。
ただ、どこにでも不満分子はいるし、他人をやっかむ者もいる。
普通に考えればそれが当然で、この街にも影の部分があるというだけの事なのだ。
スライム達が巡回してくれているお陰もあり、殺人などの大きな事件には発展していないようだ。
衛兵隊は人手不足で、細かなところまでは目が行き届かないらしい。
以前は街の中での警察治安維持活動・国境警備が中心だったが、現在はオリ村の仮設詰所にもかなりの人員を配置しているから、必然的に街が手薄になっている。
街の規模も以前は五百人規模だったが、避難民達を受け入れ九百人規模になっている。
六つの村や『フェアリー牧場』の避難民キャンプの人達を入れれば、千数百人の規模になる。
衛兵隊は元々五十人程度しかいなかったらしい。
それでも他の街に比べれば、多い方だったようだ。
国境の街であり国境警備の面から、通常より多く人員が割かれていたとの事だ。
衛兵長は今後何かあった時に、即座に対応する事が難しくなると危機感を抱いているようだ。
そこで衛兵の新規募集を前倒しして、すぐにやりたいというのが話の筋だった。
これは俺にとっても大賛成の話だ。
いくら俺が頑張っても、すべての人を雇用出来るわけではない。
体力があってやる気のある若い人が衛兵として職を得て、町の守り手になってくれるのは素晴らしい事だ。
俺が雇用しているのは、基本的に働き口を見つけにくい女性や成人したての十代の子達が中心だからね。
「そうですか……出来れば領都にお伺いを立ててから、正式に公募したかったのですが……」
代官さんが思案顔で目を閉じる。
いくら全権を任される事になったとは言え、一応上にお伺いを立てたかったようだ。
「私は領都で領主夫人のアンナ様にお会いしております。今後領主様がどなたになるかは存じておりませんが、アンナ様は一刻も早い復興と人々の安寧を気にかけておられます。この衛兵の募集は必ず賛同してくれると思います」
さすがに次期領主にアンナ様がなる可能性が高いなんて事は言えないが、今後も有力者であるはずのアンナ様が反対する事は無いという俺の見解を示した。
「そうですね。治安維持も大事な事ですね。万が一にも街の住人と避難民の間に、亀裂が入るような事があっては取り返しがつきません。わかりました。私の全責任においてやります。すぐに募集をかけましょう」
いつもは慎重な代官さんだが、男前な決断をしてくれた。
とりあえず三十名募集し、状況により追加募集を検討するという事になった。
衛兵長の用件が終わったので、俺の話を切り出した。
治安が悪くなってる件と関係してる可能性もあるという私見も伝えた。
俺の話を聞き終わった二人は、顔を見合わせて苦笑いをしていた。
この街の重鎮ともいえる二人は、コモーの悪評について知っていたようだ。
そしてきな臭い噂がある事も知っていたが、証拠もない為そのままになっていたようだ。
衛兵長も俺と同じ事を思ったらい。
今回の下町での治安の悪化についても、コモーとその取り巻き連中が一枚噛んでいる可能性が高いと考えたようだ。
俺が襲われた事を訴えて、証拠の武器を出せば、彼の物である事が証明される可能性が高く、逮捕出来るようだ。
孤児院の院長先生の証言は取れると思うが、紛争の当事者でもあり有効性については微妙らしい。
そして俺に対する襲撃も現行犯なら問題ないが、そうでないので言い逃れする可能性も若干は残っているようだ。
むしろ、その場で捕縛した方が確実だったと衛兵長に言われた。
俺が捕縛しないで帰した事が、不思議だったようだ。
確かにこんな事なら、捕まえとけば話は簡単だった。
まぁ今更言ってもしょうがないけど……。
ただ衛兵長としては、治安悪化の原因人物の可能性が高いので、すぐに逮捕せず泳がせる事で協力者を探ったり、組織化されてないか確認したい意向のようだ。
俺も泳がせる案に賛成だ。
他にもいるなら全て炙り出した方がいいので、今の時点で被害を訴える事はやめる事にした。
孤児院の再被害については、スライム達の巡回を厚くして気を付けていればいい。
衛兵隊の方で、悪徳商人コモーの周辺を探るという事になった。
俺も密かにスライム達の巡回網で協力しようと思っている。
俺は盗賊達のアジトを見つけた時のように、悪い奴に焦点を合わせて『波動検知』をしようと思ったのだが、なかなかに難しそうだ。
あの不可侵領域の広大なエリアに、盗賊というマイナス波動を持った人間を探すのは何とか出来たが、人間が多い街中で悪い考えに焦点を当てて『波動検知』するのは大変なのだ。
人間誰しも多少の悪い考えは、思い浮かべちゃうからね。
盗賊のように常に業として悪事を継続的に働いている奴なら、検知出来ると思うけどね。
ただ検知したところで、悪事の証拠が出ないとしょうがない。
しばらくはあの悪徳商人を泳がせて、それを追跡する衛兵隊の成果を待つとしよう。
成果が出ないようなら、工夫して『波動検知』をしてみようと思っている。
悪事を重ねる者に焦点を当てて『波動検知』して、検知できた奴を片っ端から調べるという方法なら何とかなりそうな気がする……。
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