110.ロネちゃんの、真実。

 夜の宴の準備ができたので、俺は『家馬車』のところで話し込んでいるサーヤとネコルさんを迎えに来た。


 そこに子供達で遊んでいたロネちゃんもやってきた。


 ロネちゃんはネコルさんに抱きつくと、なぜか涙をポロポロとこぼした。


 ネコルさんとサーヤが心配して覗き込むと、ロネちゃんは二人を抱きしめて、わんわん泣いてしまった。


 この前のソーセージを食べた時と同じで、ロネちゃん自身もなんで泣いているかわからないみたいだ。


 二人を見ていたら、勝手に涙がこぼれてきたそうだ。


 でも悲しい涙ではないようだ……


 サーヤとネコルさんでロネちゃんをなだめ、落ち着いたところで広場に向かうことにした。


 ネコルさんとロネちゃんが先に向かった。


 サーヤと俺は残った。


 おそらく、サーヤがナーナと話したいだろうと思ったからだ。


 二人の方が良いかと思い、俺も立ち去ろうとしたのだが……


  ナーナが嗚咽しているので、つい足が止まってしまった。


「聞いたでしょうナーナ。

 ネコルさんがあの子だったのよ。私達が助けたネルちゃん、正式名はネコルちゃんだったのね。

 孤児院に預けてしまったのを気にしていた……あなたが気にかけていた子よ。

 引き取ろうと思って街に戻ってすぐ孤児院に見に行ったわね。同い年の子供達で楽しそうに遊ぶのを見て、年寄りと一緒に暮らすよりもいいと思って諦めたのよね……」


「ええ…そうね……。あの子、本当に幸せになっててよかった。本当に……」


 ナーナは嗚咽で言葉が続かない。


 サーヤもまた嗚咽してしまっている。


 ネコルさんは、サーヤとナーナには思い入れがある子供だったらしい。


 俺は二人を見守ってあげることしかできないが、そばにいてあげた。


 少し落ち着くと、ナーナが話し出した。


「サーヤ、私は分かっちゃったの……」


「え、何が? 」


「ロネちゃんよ……」


「え、ロネちゃん? 」


 サーヤは不思議な顔をしている。


「あの真っ赤な髪……見覚えない? 」


「真っ赤な髪………………え、まさか……」


「そうよ……あの子を間近で見てわかったわ。あの子は私よ。私の本体の魂の生まれ変わりよ! 」


「え、…………」


「私が死んだのが約十年前、ロネちゃん今十歳でしょう。

 自分で言うのもなんだけど、私の本体の魂は余程あなたのことが好きなのね。

 普通なら、輪廻の輪に戻ってもしばらく魂を休ませてから、ゆっくり次の人生を決めて戻ってくるのに……。

 私ったら、すぐに転生しちゃったみたいね。

 しかもあなたのすぐ近くに。そしてなんとあの子の娘として…… 」


「ああ……ナーナ……あなたって……」


 サーヤがナーナに抱きついたまま泣き崩れる。


 この話には、さすがにびっくりした。


 以前、今の家精霊であるナーナは、あくまで残留思念の一欠片であって、本体の魂は輪廻の輪に戻ったと言っていた。


 それがどうも、普通ならゆっくり時間をかけて転生するのに、すぐに、しかもこの街で縁のある人の子供として生まれて来ていたらしい。

 余程サーヤの側にいたかったのだろう。


 そんな真実を知ったら…… 俺だって涙が止まらなくなるよ。

 ……そう……もうおじさんの涙腺は決壊しているのです……。


 俺も二人と一緒に、一人棒立ちで号泣状態だ………。


 しかし不思議だ。


 残留思念を元に若返った姿で家精霊となったナーナ、その本来の魂は全く別人の女の子として生まれ変わっている。


 不思議だ……


 魂は色々な形で、何度も巡り会うのだろうか……


 この二人は巡り会っている。


 しかもネコルさんという縁のある人を介して。


 俺達はしばらく泣いていたのだが……


 心配したニアが呼びにきた。


 そして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの俺を見てドン引きしていたのだが……


 事情を聞いて今度はニアが号泣していた。


 そして、なかなか宴会場に来ない俺達に業を煮やしたミルキーや子供達がみんなで迎えに来た。


 ……のだが……同じことが繰り返され……リピート状態で全員が号泣……



 しばらくしてようやく落ち着いた俺達は、大分遅れて夜の宴会に参加した。


 ネコルさんが心配していたが、みんなと今後の予定を話していただけと説明しておいた。



 夜の宴会は、みんなで楽しく盛り上がり、連チャンの肉祭りを楽しんだ。

 基本的にみんなお肉が好きみたいで、連日なのはあまり関係なくもりもり食べていた。




  ◇





 俺達は翌早朝、トルコーネさんとネコルさんを『家馬車』に呼んだ。


 ロネちゃんは、子供達に遊んでもらっている。


 実は昨夜相談して、ナーナの生まれ変わりがロネちゃんがあることを、トルコーネさんとネコルさんだけには打ち明けることにしたのだ。


 サーヤが、ネコルさんに隠し事をしたくないという気持ちが強かった。

 そして、急にロネちゃんが泣いたりしても、事情を知っていれば、ネコルさんもトルコーネさんも過剰な心配をしなくて済むと思ったからだ。


 ネコルさんだけに伝えようかとも思ったが、旦那さんにも一緒に聞いてもらった方が良いだろうと思った。


 ロネちゃんに教えないのは、前世の記憶を忘れて生まれてくるという事を尊重する為だ。

 それ自体、意味のある事のはずだから。

 自然に思い出すならいいが、無理にこちらから教える事はしないで、見守ろうということになった。



 そして、『家馬車』の中に案内し、昨夜わかった真実を伝えた。


 付喪神化して家精霊となったナーナについても、打ち明けたのだった。


「ああ……神様……。あの私を助けてくれた……強くて優しかったお婆ちゃんが……ロネなの……あぁ神様……」


 ネコルさんは言葉にならなかった。

 トルコーネさんも、ただただ泣いていた。


「今まで以上にあの子を大事に育てます」


「しっかり育てます。愛します」


 ネコルさんとトルコーネさんは、泣きながらサーヤと実体化したナーナに誓った。


「ネコルさん、トルコーネさん、よかったら私達も一緒に見守らせてください」


 サーヤが泣きながらそう言うと、ナーナも一緒に頷いた。


「そうですね。すごく心強いです。一緒にお願いします。あの子の人生がより良いものになるように」


 そして、ナーナがネコルさんの手を握りながら言った。


「ごめんなさいね。孤児院に預けちゃって。

 あの時私達どうしても行かなきゃいけないところがあって、危険な旅に小さいあなたを連れて行けなかったの。

 でもずっと気になってて、街に戻ってきた時に見に行ったのよ。

 あなたは元気に他の子達と遊んでた。こんなお婆さんと暮らすよりも、子供同士で元気に育った方がいいと思って……諦めて帰ってきたの。

 それからは……私も体調が悪くてずっと家に引きこもっていたから……」


 その話を聞いて、ネコルさんはまた号泣した。


「私は、お二人のことを忘れたことはありません。本当にありがとうございました。今生きてるのはお二人のお陰なんです。そんなに私を気にかけてくれていたなんて……それだけで……それだけで……充分です……」




 話も落ち着いて俺達が『家馬車』の外に出ると、ちょうどロネちゃんが子供達と一緒に戻ってきた。


「あれ……お母さんもお父さんも泣いてるの?」


「うん、ちょっと嬉しいことがあってね。大丈夫よ」


「ふーん、そう……変なの……。でもなんか……私も嬉しくなってきちゃう……あれ……また涙が出て来ちゃった……」


 そう言って涙をこぼすのロネちゃんを、ネコルさんとトルコーネさんが優しく抱きしめてあげていた。


 おそらく今までロネちゃんが自分でもわからずに涙を流していたのは、ナーナの魂が震えて流した涙なのだろう。


 だからこそ、いつも食べていた懐かしいサーヤのソーセージを食べた時や、サーヤに触れた時等に、自然と涙が出てきたのだろう。


 真実を知ってみれば、ロネちゃんの突然の涙の訳もわかる気がする……。




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