109.サーヤと、ネコル。
月が出ている。
月は一つのようだ。
この世界は地球なのだろうか?
サーヤに聞いた話によると、一年は十三ヶ月のようだ。
といっても一月三十日が十二ヶ月あって、十三ヶ月目は五日間で終わる特別な月らしい。
一年の終わりと、新しい年をつなぐ五日間ということで、お祭り期間なのだそうだ。
という事は、一年三百六十五日で、夜空に月も一つ………もう地球だよね。
もしくは非常に類似した星ということだろう。
ただおそらく地球といっても、俺がいた地球とは違うのだろう。
普通に考えたら平行世界の地球だろうが……
いずれにしろ“似て非なるもの”だろう。
一日もどうも二十四時間のようだ。
時を図る時計のような魔法道具もあるそうだ。
週は、七日ではなく十日で一区切りのようだ。
上週、中週、下週という言い方をするらしい。
何曜日というのはなく、一の日、二の日……というらしい。
毎週ゼロの日は、休息日で神に祈りを捧げる日とされているそうだ。
今は五月のようだ。
この地域は暖かい地方らしく、春先というよりは夏に近い感じだ。
そんなことを思いながら、俺は眠りについた。
◇
翌朝、辺りが白んでくると同時に、もうみんな働きだしていた。
昨日は遅くまで騒いでいただろうに、衛兵達も志願兵達も村人達もみんなで楽しそうに解体作業している。
解体が初めてという人もいるみたいだが、上級者が教えながらやっているようだ。
俺は村長に頼んで、少しだけオリーブ農園を見学させてもらうことにした。
見事な大きさのオリーブの木が、整列しているように綺麗に植わっている。
俺が元いた世界の地中海方面にあるような見事なオリーブ農園と同じ景色だ。
しかしこれだけの数……オリーブは実が小さく数が多いから収穫が大変そうだ。
この村の人手全て使っても、なかなかに大変な作業ではなかろうか……。
ただ村長の話では、オリーブは、果実もそれを絞った油も非常に需要があって価格も安定しているらしい。
この為、この村は年貢を差し引いた残りのオリーブを販売するだけで十分食べていけるとのことだ。
比較的裕福な村だそうだ。
もちろん自分達が食べる分の野菜は、オリーブ農園の一画で作っているし、食べ物にも困らないらしい。
ヤギも飼っているようだ。
野菜とミルクは自給出来ているそうだ。
肉は時々周辺の林などに入って、ウサギや鳥を狩ってくるらしい。
お祭りの時以外には、大事なヤギを潰すことも無いそうだ。
今のところ食料に困って潰すという事も無いらしい。
俺は村のはずれにある大きな倉庫のようなところも見せてもらった。
オリーブからオリーブオイルを絞る設備だ。
設備といっても、手作業がほとんどなので結構大変そうだ。
オリーブオイルは、オリーブの種類によって味も香りも全く違ってくる。
少し興味があり、何種類あるか尋ねてみた。
ここで作っているオリーブは基本的には3種類のようだ。
他にも種類はあるようだが、一番丈夫で量が採れる品種を作っているらしい。
味よりも量が重視らしい。
そして基本的には、三種類別々に精油する事はなく、混ぜて作っているそうだ。
少しもったいない気がするが……
まぁ生産量重視なのだろう……。
ちなみにオリーブの実は、生でも食べられる。
オリーブの実には、いわゆる“グリーンオリーブ”と“ブラックオリーブ”がある。
“グリーンオリーブ”は実がまだ若いうちに採ったもので、渋みが強いが、フルーツのような爽やかな風味もある。
“ブラックオリーブ”は、熟してから採ったもので、柔らかくてクセがないからいろんな料理に合うのだ。
種をとって輪切りにしてサラダに混ぜてもいいし、肉料理や魚料理など何にでも合うのだ。
またオリーブの実は塩漬けにして保存しておくことも出来る。
オリーブの実のオリーブオイル漬けというのも出来て結構保存が効く。
フルーツという感じではないが、食材としてはかなり優秀な作物なのである。
ポリフェノールもたっぷりで健康にも良いしね。
村の広場に戻ると、馬車が何台も到着していた。
街や近隣の村から解体の応援が来たようだ。
かなりの数だ。
「グリム殿、おはようございます。いやー聞きましたよ、また大活躍だったようで」
トルコーネさんに声をかけられた。
一家で応援に来たようだ。
「おはようございます。トルコーネさん、ネコルさん、ロネちゃん」
俺が挨拶をすると、丁度仲間達もやってきた。
それぞれに挨拶をした後、早速解体作業の手伝いに行くことになった。
といっても俺は未だ解体をする勇気はなく……ただ流れで一緒に行くことになってしまった……
昨夜のうちに、すべての魔物は魔芯核が取り出され、血抜きもされたようだ。
後は解体するだけらしいが……
どの魔物も皮、角、牙など用途があり、販売して換金もできるらしい。
そこで、解体の上手な者がその部分を担当し、他の者はそれ以降の肉の切り分けや内臓の取り出しを担当するようだ。
サーヤは、ソーセージ作りが得意で、腸詰の為の腸がいっぱい欲しいということで内臓の処理に加わった。
大量確保の予定だそうだ。
いつになく張り切っていた。
ミルキーと妹弟達やリリイ、チャッピーも一緒にそこに加わったようだ。
ある程度の肉の量がまとまり次第、順次衛兵が荷馬車で街に届けるようだ。
あと、衛兵長の話では、魔物の危険もなくなったので、今朝一番で領都や他の街などに再度調査の使者を出したそうだ。
これで詳しい情報が分かるのではないかと期待していた。
確かに、領内がどうなってるのかわからないのは不安だよね。
俺の元いた世界と違って、情報の伝わりがかなり遅いからね。
何か大事が起きても、伝わるのに何日もかかってしまうのだろう。
俺は、どうしても解体作業をする気にはならなかったので、他にできることを探した。
出来上がった肉を町まで届ける配達係ならできそうだ。
ということで、人前で話ができなくてストレスが溜まっているであろうメンバー達を連れて、肉の配達係を始めた。
道中は、俺達だけだったので、リン、シチミ、フウ、オリョウ、ナーナ、レントン、トーラ、タトル、フォウ、みんな喜んでいっぱい話しながら行った。
オリョウとフォウは、『家馬車』を引きながらだが……。
ナーナも実体化して楽しそうにみんなと遊んでいた。
他のメンバーは村に残って、引き続き解体のお手伝いだ。
俺達が馬車で出かけると知った時、リリイとチャッピーは顔に斜線が入ったような絶望の表情になっていたが……
ニアとサーヤのフォローですぐに仕事に戻っていた。
あの二人結構、いいお母さんポジションかもしれない……。
ちなみにニアは、解体作業自体に参加しているわけではないが、みんなの応援と、手元が狂って包丁で怪我した人などの治療している。
◇
夕方までかかって、なんとか解体作業が終わった。
一応ほぼ全ての住民に配り終えたようだが、まだ肉が余っているので残りの肉は手分けして塩漬けにして干し肉にすることになった。
トルコーネさん一家も遅くなってしまったので、今日はここに泊まるらしい。
楽しい宴になりそうだ。
そんな時だ、ネコルさんが『家馬車』を見て呆然としている。
そういえば、昨日見送りしてもらった時もかなりびっくりしていたが……。
そして少し
「あの……もしやお知り合いの方に……以前この馬車を使っていた方はいらっしゃいませんか? 」
「いえ、この馬車はずっと私が使っていますけど……」
サーヤは、普通に答える。
「そうですか……じゃぁ私の記憶違いですね……」
「え、」
一瞬、躊躇するサーヤ。
「いえ……実は20年前、まだ子供だった頃、盗賊に襲われて危ないところ助けてもらったことがあったんです。
その時助けてくれた人の馬車がこの馬車に似てた気がするんですが……
……それで失礼な話なんですが……その時の女性の一人にサーヤさんが似てる気がして……
ご家族かと思いまして……
お婆さんと若い女性の方がいて、その若い女性の方がサーヤさんに似てた気がしたものですから……
初めてサーヤさんを見た時から何か見覚えがある人だと思ってたんですが……
この前、見送りの時に、この馬車を見て思い出したんです……」
ネコルさんがしみじみと語る……
「え、あなた……あの時の女の子……あの子なの? 」
サーヤが驚き、そして呟いた。
「え……じゃあ……やっぱりあなたは……」
ネコルさんの目からは涙が溢れ、言葉が詰まる。
「こんなに立派になって…… 」
サーヤも涙ぐんでいる。
「ああ……本当に…あり、ありがとうございました。あの時の事は忘れたことがありません。お陰で今こうやって生きて、家族にも恵まれました。本当にありがとうございました」
「い、いいのよ……」
「あの……あの時のお婆さんは? 」
「残念ながら十年前に亡くなったの」
「そうなんですか……あんなに強かったお婆さんが…… 」
俺達は二人に詳しい話を聞いた。
今から20年ほど前、ネコルさんがまだ八歳だった頃、父親と一緒に行商の旅をしていたのだそうだ。
だが盗賊に襲われて、父親を殺され、ネコルさんも連れ去られるところを、通り掛かったサーヤ達が助けてくれたのだという。
お婆さんだったナーナが、すごい槍さばきで盗賊を倒したらしい。
ネコルさんの記憶に鮮明に残っているそうだ。
その後、二人にマグネの町に連れてきてもらい、孤児院に入れてもらったそうだ。
サーヤ達は、行かなければならない所があり、危険な旅に連れて行くわけにもいかず、孤児院に預けたのだそうだ。
サーヤもそうだが、ナーナは特にネコルさんの様子を気にしていたらしい。
旅から帰った後、一度だけ様子を見に行って、幸せそうに暮らしているのを見て安心していたらしい。
その後ネコルさんは成人する十五歳まで孤児院で暮らし、その後街で働いているところをトルコーネさんに見初められたようだ。
二十年も前にそんなことがあったなんて……
不思議な運命の糸というのだろうか……
二人が話す姿を見て、『家馬車』の窓から顔を出したナーナが二人を見ながら泣いていたようだ。
さすがにネコルさんの前に出て行くわけにもいかず、ひっそりと見ていた。
ただサーヤは、あっさりとネコルさんに自分が人族ではなく、妖精族の『シルキー』であることを告げていた。
だから若い姿のままなのだと説明していた。
確かにネコルさんに隠す必要はないだろう。
人柄もわかってるし。
二人はしばらく『家馬車』のそばで、楽しそうに話し込んでいた。
俺達は二人だけにしてあげて、広場での宴の準備に参加した。
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