79.終わらぬ、企み。

 とある一室。


「おかしい……マグネの街はどうなったのだ……『使い魔』が消滅してしまっている……」


 白衣の男が、顎に手を当てながら不機嫌に呟く。


「まぁ……あんな街の一つや二つどうでもいいがな……

 他はいたって順調……今頃は十分集まっている頃だろう……

 これでもっと上位を呼び出せる…… ククク……」


  一末の不安を拭い去るかのように、自分に言い聞かせる白衣の男。


「そして迷宮だ……あれが本当に生きてるならば……こんな辺境領の一つどころか、国を滅ぼせるかもなぁ……

 もっとも……上位を召喚できた時点で国自体が滅んだも同じだな……クッククック………愚かな貴族どもめ……ざまぁみろ……ククク……」


 高笑いする白衣の男が……


 ……一瞬動きを止める。


「ぐ、ぐお、、、な、な、なんだ……う、うう、く、苦じいぇ……」


 胸を掴んでうずくまる白衣の男……

 もだえ苦しんでいる……


「ぐぐ、ぐわわ……な、なんだ……これは……あ、あだまぐわ……」


(シャシャ、グバ……す、すまぬな人間よ……保険が利いたわ………)


 白衣の男の頭に、彼の盟友、黒マントの異形の者『爪の中級悪魔』の声が響く……


「な、何……な、なぜ……なぜお前の声が……」


 (すまぬのう人間よ……この体使わせてもらうぞ……)


「な、何を言っている……いったい何が……」


 (ふふ……ぬかったわ……我は死んだ……死んだのだ……)


「な、何……迷宮でやられたというのか……」


 (ぬかったわ……よもやドラゴンが潜んでいようとはなぁ……)


「ド、ドラゴンだと…………」


 (そうだ……ドラゴンめが潜んでおった……ドラゴンでは今の我では勝てぬ……)


「何を人ごとのように…… 大体死んだはずのお前がなぜ……」


 (すまぬなぁ……我は慎重でなぁ……お前の魂を半分食った際に、我のかけらを忍ばせておいたのだ……お陰で残思念ざんしねんが萌芽したわ……)


「き、貴様……ふざけよって……」


 (なに……心配するな。お前を殺したり食い破ったりなどせぬ。今の我にそこまでの力などない。

 しばらくお前の中で休ませてもらうだけだ。お前は今まで通り好きにしておれ。

 それまでに力を蓄えて、いずれ助けてやるわ。ちゃんと契約を履行するよ)


「ふ、ふざけやがって……」


 白衣の男は拳を握り、歯を食いしばるが……


 どうすることもできないことも……またわかっていた……


「まぁ、仕方があるまい。そのかわり必ず俺の目的を遂げる。このピグシード辺境伯領、滅茶苦茶にしてやる! 貴族どもは皆殺しだ! この国自体も破壊してやるわ! 」


 (順調なのだろう? 怨念集めの方は……)


「マグネの街以外はな……」


 (な、何……“鞭の”はどうした? )


「わからん……『使い魔』が使えなくなった……消滅したようだ……」


 (なんたること……何者がいるというのだ……

 迷宮といい……あの煩わしいアンデッド共も消えていた……

 同じ者の仕業か…… これは調べておかねばならぬな…… )


「まったくだ……予定どおりに全く進まん……だがそれは後だ。とりあえずは怨念を集めてこの辺境伯領を滅ぼす。そこだけは完遂する。その後だなぁ……量産計画と迷宮奪取のやり直しは……」


 (そうするしかあるまいな)


「ふん、誰のせいだと思っている……」


(まぁ……そう言うな……早く怨念集めに行こうではないか…… )


「ふん、そうだな……この憂さは……あの胸くそ悪い貴族共を皆殺しにして晴らしてくれるわ……」


 (そうか……好きにするがよい。我はしばらくお前の中で休ませてもらう。

 集まった怨念を使えば……我も上級になれる……

 その契約も忘れるなよ。我の分は残しておいてもらうぞ。お前の中から見てるからな)


「心配するな。お前に中に居られたんではかなわん。早く出てってもらうためにも上級になる分は取っといてやる。上級悪魔になればこの身体から出ていけるのだろう? 」


 (あーもちろんだ……心配せずともすぐだ。既に大量の怨念が集まっているのだから…… )






  ◇







「衛兵長、大変です! で、伝令の早馬が戻ってきました! 」


 日暮れを過ぎ、松明の薄明かりが灯る広場の仮設衛兵詰所に衛兵が走り込む……。


 ほぼ同時に……伝令に出ていた衛兵が瀕死の状態で担ぎ込まれる。


「おい、どうした! 何があった! 」


 驚いた衛兵長が、立ち上がりかけよる。


「た、大変です。だ、だ、だいへん、でず……」


 瀕死の衛兵はなんとか伝えようとするが……

 ……事の重大さと…怪我で…うまく言葉が続かない……。


「落ち着け……ほれ水を飲め……大丈夫だ、ゆっくりでいいから話せ……」


 衛兵長が抱き起こし、そっと水を飲ませる。


「た、大変です………魔物が……魔物が溢れています……領都の手前の村々に……

 そして恐らくは領都にも魔物が押し寄せている模様……近づくことができません……」


 衛兵がなんとか気力をふりしぼり、言葉を紡ぐ……。


「なに! ……領都は大丈夫なのか? 」


「おそらくは……魔物で近づけないので分かりませんが、強固な城壁がありますので……ただ周辺の村の被害は甚大……おそらく壊滅的なものかと……」


 なんとか伝え終えると、衛兵は意識を失った。


 領都までは、早馬で飛ばしても一日では着かない。


 この衛兵は、前日に別件で伝令に出した者だった。


 引き返す途中に今回の襲撃事件を知らせるために出た衛兵と出会ったのだ。

 元気な馬に代えてもらい、負傷をおして休まず飛ばしてきたのだった。



「おそらく……その状況では領都へは近づけんな……

 我々が襲われたタイミングと同じではないか……

 もしや……つながっているのかもしれない…… どうにかして情報を集めないと……」


「領都方面の様子は大体分かりましたので、違う方面の都市や街の様子を調べるのはどうでしょう? 」


 “金髪美人”ことクレアが提言する。


「そうだな……今できることをやるほかない……近隣に調査の使者を送ろう……」


 そう言うと、衛兵長が部下に指示を出す。


 悪魔の襲撃を退け……やっと一段落したところだった。


 そこに……領内の不穏な動きが伝わり……衛兵詰所は重苦しい空気に包まれる。


「眠れぬ夜が続きそうだ……」


 腕組みし夜空を見上げる衛兵長から言葉が漏れた……。



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