63.沈黙の、狙撃者。

 即座に判断したケニーは、念話を繋ぎ、近くの仲間たちに迎撃を指示する。


 そして、これから訓練を始めようとしていた遊撃部隊のうち、『マナ・イーグル』たちの『イーグルチーム』、『マナ・ウルフ』たちの『ウルフチーム』を第二防衛ラインに、『マナ・ワイルド・ボア』たちの『 ボアチーム』、『マナ・デスサイズ・マンティス』たちの『マンティスチーム』を第三防衛ラインに、派遣したのである。


 そして自身は、直属の『コカトリス』隊と副官の『マナ・ジャンピング・スパイダー』三体が率いる『マナ・ハンター・スパイダー』達の三つの小隊とともに、最終防衛ラインに向かった。


 迷宮及び迷宮前の防衛指揮は、アリリに任せた。


 そして残りの遊撃部隊の『ミミック』たちの『ミミックチーム』、『マナ・ワイルド・ベア』たちの『ベアチーム』、霊獣たちについては、迷宮防衛を指示したが、状況により独自判断で行動することとした。


「ケニー殿、主様に連絡しますか? 」


 心配そうにフラニーが尋ねる。


「大丈夫です。あるじ殿に心配をかけたくありません。なんとかしてみせます。フラニー殿たちはどうぞ霊域に避難してください」


「わ、わかりました……。霊域は大丈夫です。しばしここで様子を見ます。私は回復魔法も使えますので…… 」


 フラニーは、カチョウと戻ってきたばかりの霊獣たちだけを、転移で霊域に戻したのだった。



  ◇




 大森林の外周にあたる第一防衛ラインを突破して、飛行魔物たちの群れが大森林内部に侵入する。


 ちょうど通過する真下には、大森林にいくつかある大きな湖の一つがあった。


 このエリアの警戒を担当していたのは、『マナ・スパイダー』たちだったが、敵が上空ということもあり、無理に迎撃することはなく、戦闘の構えだけをとっていた。


 ケニーが敷いた防衛ラインも、空からの侵入には、未だ十分な対応が取れない状況であった。


 ケニー自身、このことは十分認識しており、最低限の対空警戒はしているが、突破を阻止するほどの対空攻撃力は、広範囲には設置できていなかったのだ。


 要所に置いた蟻塚による『防衛拠点』も、その近辺を通ってくれなければ意味をなさないのである。


 地上戦であれば、うまく『防衛拠点』とその周辺の戦闘陣地に誘導することができる。


 しかし、空からの敵はそれができない分、非常に厄介な相手なのであった。


 だが、ケニーたちにとって、一つだけラッキーなことがあった。

 それが、この大きな湖の上空を通過してくれたことだ。


 当然、湖上空ということで、『マナ・スパイダー』たちによる糸攻撃の射程外になってしまっている。

 しかし、その分強力な迎撃担当を使うことができるのだ。


 そう、湖周辺だけは、超強力な対空攻撃ができる浄魔たちがいたのだ。


 大きな数羽を先頭に、カラス魔物たちが群れをなしている。

 それに続く小悪魔のインプたちがかなりの数をなしている。


 ———突然、何体かのインプが、断末魔の声を漏らしながら落下していく。


 地上からの迎撃で、穿たれたのである。


 だが、狙撃者の姿はどこにも見えない。

 まさに、目に見えぬ沈黙の狙撃者サイレントスナイパーである。


 実は、この狙撃は、湖の水面からのものであった。


 上空からでは確認することはできないが、水面ギリギリに潜んだ『マナ・アーチャーフィッシュ』たちが超長距離狙撃を敢行していたのだ。


 彼らは元々、『アーチャーフィッシュ』という魚が魔物化したものであった。


 『アーチャーフィッシュ』は、鉄砲魚テッポウウオという別名が示す通り、水面から上空の飛行昆虫を狙撃するスナイパーなのである。

 口に含んだ水をエラの力で、高水圧で発射し獲物を撃ち落とすのだ。

 そして、落下した獲物を捕食する一撃必殺のスナイパーなのである。


 この能力を引き継いでいる『マナ・アーチャーフィッシュ』たちは、魔物化により、その能力を驚異的に強化されている。

 上空高く飛ぶ魔物に対しても、撃墜可能なほど強力な水弾を発射する超ロングスナイパーと化していた。


 この静かなるロングスナイパーによる攻撃で、インプたちはその数を大きく減らしていった。

 百体以上いたインプの半数近くが撃墜されていた。


 ただ魔物たちは、気に留めることもなく、目標地点に向かい一直線に加速するのであった……。




  ◇





 移動速度の速い『イーグルチーム』『ウルフチーム』でも、第二防衛エリアに着いた時には、防衛ラインを突破され、エリアの中ほどまで侵攻されていた。


 『イーグルチーム』が先頭にいるカラス魔物に襲いかかる。


 しかし、先頭のカラス魔物は、口から何かを拡散放射し、攻撃を避けながら、振り向くことも無く先へと進む。

 そのまま数体のカラス魔物が続き、後続のカラスが何体かイーグルたちに襲いかかる。


 イーグルたちは、なす術なく落下していく。


 先頭のカラス魔物が放った拡散放射は、麻痺攻撃だったらしく、イーグルたちは身体の自由が利かなくなっていたのだ。


 イーグルたちを攻撃したカラス魔物がそのまま追撃のために、地上に降りた。


 そして、薄い靄の発生と共に、人型に変化した。


 『赤の下級悪魔』たちであった。

 レベル35前後の下級悪魔たちは、レベル30台前半のワシシやウルルにとっても格上の敵であった。

 一般の『マナ・イーグル』や『マナ・ウルフ』にとっては、完全に格上であった。


 通常の魔物であれば、ある程度のレベル差は、数で覆す両チームであったが、悪魔となれば話は違う。


 『マナ・ファング・ウルフ』のリーダーウルルは、ワシシたち『イーグルチーム』を救援しながら、ケニーに念話を繋ぐ。


(ケニー殿、敵は只の魔物ではありません。悪魔です。カラス魔物は悪魔の変化です。麻痺攻撃も使います。お気をつけて)


(わかりました。そちらは、大丈夫ですか?)


(イーグルたちが、深手を負っていますが、なんとかします!)


(わかりました。救援が行くまで持ちこたえてください。死んではなりませんよ)


(かたじけない。必ず持ちこたえます)


 ケニーは、即座に判断し、指示を出す。


 第三防衛エリアを捨て、担当の『ボアチーム』と『マンティスチーム』に、ウルルたちの救援に向かわせた。


 相手が悪魔となれば、戦力の分散は危険であるし、空の敵というだけで相性が悪いのだ。


 上手くいけば、後から戻ってくるこの者たちと、挟撃できる可能性もある。

 第三防衛エリアに拘る必要はないと判断したのだ。


 そして、ケニーは思考を巡らす。

 ……敵の行動、進撃速度からして……狙いは……迷宮。


 迷宮を守るアリリたちに念話を送る。


(アリリ殿、敵は悪魔です。狙いは迷宮。格上の可能性が高い。数で対抗する他ありません。迷宮前広場に防衛網を展開してください)


(ケニー殿、委細承知。必ず守ります)


 アリリは、すぐさま防衛陣の指示を出す。

 必ず守る……“我が君”のために……決意を強くするのであった………。


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