62.子供たちの、帰還。

「アリリちゃん、まじうける! また産気づいているし。産みすぎっしょ。どんだけーだし」


 『ライジングカープ』のキンちゃんが、愉快そうに空を泳ぐ。

 他のカープ騎士たちも、『マナ・クイーン・アーミー・アント』のアリリを、取り囲んで迷宮の入り口まで見送る。みんな楽しそうである。


「はあ……我が君……」


 アリリは、彼女の“我が君”であるグリムが、救出した霊獣たちを目の当たりにし、ついついまた“我が君”に対する想いを強くしてしまっていた。

 そして、いつものように産気づいてしまったのであった。

 もちろん、これから出産のために巣に戻るところである……。


「それからケニーちゃん、『キン殿』って呼ぶのは微妙だし。『キンちゃん』って呼んでほしいし。……あー……『キンさん』は絶対に無いから。うち、桜吹雪ないし。鱗に彫っても、取れたら終わりだし。普段隠せないから、すぐばれるし。意味ないわけ。それから、霊域が遠くの山の方にあるからって、『遠山のキンちゃん』って言うのは、もっとNGだから。そこんとこ、ヨロシクだし」


「え、ええ、わかりました。キ、キンちゃん……」


 キンちゃんのクセが強い話にも大分慣れたケニーであったが、言ってる意味が全く分からず、苦笑いするほかなかった。

 ただ、キンちゃんはムードメーカーでもあり、ケニーも一目置いていた。



 合同訓練も五回目となり、霊域の霊獣たちともすっかり打ち解けてきたとケニーは感じていた。


 霊獣たちは、レベル以上の力を持っており、この大森林の防衛の遊撃部隊として組み込んだことも大喜びしてくれた。

 ケニーにとっては、大幅な戦力アップである。


 特に、『ライジングカープ』のカープ騎士たちは、キンちゃんを中心に、機動力もあり、強く頼もしい存在であった。

 そして何よりも、愉快で皆を和ませてくれる存在でもあったのだ。


 訓練の後に、必ず反省会をしていたが、いつの間にかみんなでワイワイ楽しく話す女子会状態になるのが、常であった。

 もちろん話題の中心は、主人であるグリムのことである……。


 大森林にしろ、霊域にしろ、主要メンバーに女子が多いこともあって、自然と女子会のような状態になってしまうのだ。

 ちなみに主要メンバーは、『アラクネ』のケニー、『マナ・クイーン・アーミー・アント』のアリリ、『マナ・ハキリアント』のおばば、キンちゃんを中心とした『ライジングカープ』たち、霊獣たちをまとめる『スピリット・エルク』のメリクリであり、最近ではこれに『ドライアド』のフラニーや『スピリット・オウル』のカチョウと子供たちが加わるのであった。

 フラニーとカチョウは、基本的には霊域を離れることができないが、安定した守護の力により、多少は離れることも可能になり、訓練に参加したり女子会に参加したりするようになったのだった。


 女子会といっても、特に男子を除外しているわけではなく、男子メンバーも入って盛り上がることもあった。


 実はこの『絆登録』メンバーたちの行動が、主人であるグリムの固有スキル『絆』の『絆登録』コマンド内に、新しいサブコマンドを発生させたのであった。


 ——『飲みニケーション』というサブコマンドが発生していた。

 このコマンドは、『絆登録』メンバーが、お茶会や飲み会・宴などを実施し、絆を深めると、お互いの能力アップや成長促進、連携攻撃など、様々な支援効果を発生させるというユニークなものであった。


 そして、このサブコマンドの効果か、もう一つのサブコマンドが発生していた。


 それは——『絆会話』というものであった。


 このコマンドは、『絆登録』メンバーである者が、自分の意志で強く望めば、他のメンバーが使う言語を同様に使うことができるというものである。


 つまり念話ではなく、人族の使う言語での通常会話ができるということなのだ。

 発声器官などの構造を無視した魔法系のトンデモ機能であった。


 このコマンドが発生したことにより、霊獣たちや一部の浄魔にしかできなかった通常会話ができるようになったのである。

 ただ、このコマンドは自動的に適用されるわけではなく、あくまで本人の話したいという強い意志がなければ、話せるようにはならないのであった。

 もっとも、この存在を知れば、おそらく、ほぼ全員が主人であるグリムと直接会話をするために、希望するであろうが…… 未だ知る者は少ないのであった……。


 アリリなどは、本来念話でしか会話できなかったはずが、いつの間にか通常の会話をするようになっていた。

 おそらく、このコマンドの発生と同時に、本人が皆と同じように会話をしたいと強く思ったことで、できるようになったのだろう。

 もしかしたら、アリリの強い思いが、このコマンドを発生させたのかもしれないが………。


 いずれにしろ固有スキル『絆』は、絆の深まりとともに進化する特殊なスキルなのであった。


 だが、当然このことは、スキルの主であるグリムは未だ知らず、サブコマンドが増えたことにすら気づいていないのであった……。



 これから訓練だというのに、もう主人グリムの話題で皆盛り上がっていた。


 ついさっき、グリムが救出した霊獣たちがこの迷宮前広場に転移してきたからだ。


 フラニーは、霊域からだと距離があるため、この大森林を第二の管理森林として、ここを起点に『森妖精の通り道フェアリーロード』を開いたのであった。

 これにより本来は距離的に遠く、今のフラニーのレベルでは難しかった人族の街の林への距離を縮め、無事『森妖精の通り道フェアリーロード』を繋げたのだった。


 転移してきた『トレント』のレントン、『スピリット・ブラック・タイガー』のトーラ、『スピリット・タートル』のタトル、『スピリット・ブロンド・ホース』のフォウは、出迎えの多さにびっくりしていたが、フラニーたち見知った顔を見て、すぐに笑顔になっていた。


 呪いが薄まり、元気になってきていた『スピリット・ブラック・タイガー』の父親と母親が、帰ってきたトーラにかけ寄り、号泣しながら体を舐めます。

 トーラも、わんわん泣きながら舐め返し、三人とも涙とよだれでベトベト状態になっていた。


 そんな姿を、微笑ましく霊域の仲間たちと新たに仲間になった大森林の浄魔たちが見守っていた。


 しばらく皆で歓談し、今日は訓練開始前からお茶会になってしまっていた。



 お茶会が一段落し、ケニーは、遅いスタートとなった訓練を始めようとしていた。


 主であるグリムの指示を受けてから、毎日、午前と午後で一回ずつ合同訓練をして、今日で三日目、合計五回目の訓練である。


 帰ってきた霊獣たちも、霊域に戻らずそのまま見学することになった。


 訓練の基本は、霊域の霊獣達と大森林の浄魔の主要メンバーとの実践戦闘訓練だ。


 ケニーが、これから訓練を始めようとしたその時………


 大森林の西側の警戒に当たっていた、マナ・スパイダーから念話が入った。


(ケニー様、西の警戒エリアに侵入者です。飛行型魔物が百体以上います。かなりのスピードで侵入してきます)


 上空からの侵入という報告に、ケニーに嫌な予感が走る………。

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