41.商人さん、こんにちは。

 おじさん商人さんが、目を覚ましたようだ。

 中身がおじさんの俺が、“おじさん商人”というのも失礼な話だが……


「う……ん………わ、私は……そうだ! 斬られたはず! ……でもあの時……妖精女神様が…………ああ! ……よ、妖精女神様! ……た、助けていただきありがとうございます」


 おじさん商人は、ニアを見るなり、ひれ伏した。


「そう、そう! これよ、これ! 初めて会った時、『なんじゃこりゃ』って言ったどっかのおじさんとは大違いよ。目を開けて私がいたら、こうやってひれ伏すのが普通でしょ、まったく! 」


 ニアが、腕組みしながら偉そうにする。

 調子にのちゃってる……。


 それにしても、せっかく女神様とか言ってもらってるのに、そんな残念感を出しちゃ……

 すぐに化けの皮がはがれると思うけど……まぁ今はスルーしてあげよう……めんどくさいスルー


「あの……大丈夫ですか? 」


「あ、あなたは……。し、失礼しました。私は、行商人のトルコーネと申します。この度は助けていただきありがとうございます」


 俺の両手を握り、涙ぐんでいる。

 やはり行商人のようだ。


「私は、グリムと申します。盗賊たちは捕縛したので、もう大丈夫ですよ」


「私は、ピクシーのニア、特別に“妖精女神”って呼ぶことを許してあげちゃうわよ」


 ニアは、さらに残念な感じになってしまった……。


 リン、シチミ、フウは、人族の前では話さないように言ってある。

 騒ぎになると困るからね。


「気を失う前に、あなたが近づいてくるのが見えました。お一人であの盗賊たちを倒したのですか?」


「いえ、私一人ではありません。私はテイマーなので、このスライムやフクロウに協力してもらいました。何よりこのニアが頑張ってくれました。あなたを治療したのも彼女の回復魔法です」


「改めましてニア様、瀕死のところを救っていただき、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」


「別にいいわよ……。助かってよかったわね。まぁ、どうしても崇拝したいっていうなら、“妖精女神”様って呼んでもいいけどね……」


 “妖精女神”っていう呼び名が相当気に入っちゃったなこれ……

 

 せっかく感謝されてるのに……なんでこんな残念感のダメ押しをする?


 トルコーネさんはあまり気にしてないみたいだけど……


「グリム殿は、テイマーなのですか? なぜ、こんなところに……」


「実は私も少し前に……ニアに助けられまして……」


 俺は、事前に用意したストーリーを話す……


 ——魔物に襲われ、命からがら逃げ出したが、力尽きて倒れた。

 ——そこで、ニアに助けてもらい、近くの街に向かっていた。

 ——魔物に襲われた時に、頭を打ったらしく、記憶の一部を失ったらしい。


 このストーリーは、すんなりトルコーネさんに受けられたようだ。


 俺がトルコーネさんに襲われる心当たりがないか尋ねると……


「盗賊に、たまたま目をつけられただけだと思います。

 守護様へ急いで納品しなければならず、護衛もつけずに来てしまいました。

 納期に間に合わなければ、捕まってしまうのです。

 馬を飛ばしたのですが甘かった……。

 グリム殿たちが通らなければ、私は確実に死んでいました」


 どうも複雑な事情があるようだ……


 それにしても、納期を守れないだけで捕まってしまうなんて……


 これが異世界の現実なのだろうか……


 たまたま、ひどい守護の仕事を受けてしまっただけなのかもしれないが……


 更に話を聞いたところによると……


 街を統括する守護からの依頼ということで、大きな取引なのだという。

 多少の危険は承知で受けてしまったらしい。


 ハイリスクハイリターンに手を出したということだろう……。


 そして最近、この街道に盗賊が頻発している影響か、護衛のなり手が少なく、期限厳守のために、やむを得ず出発したということらしい。


 馬を飛ばしながら、夜は野宿をしたそうだが、ここまでは、何とか無事に来られたそうだ。


 ニアは、逆によくここまで無事に来られたものだと呆れていた。


 それほど切羽詰まっていたんだろう。


 盗賊たちは待ち伏せしていたようで、突然茂みから出てきて取り囲まれたそうだ。


 馬たちは驚いて暴れたようだが、なんとか無事だったとのことだ。


 斬り殺されなくてよかったとトルコーネさんが言っていた。


 おそらく盗賊たちは、積荷も馬車も馬も全て丸ごと手に入れるつもりだったんだろうけど。


 俺は、話のついでに、この周辺のことをいろいろ尋ねてみた。


 一部記憶喪失という設定なので、多少のことはごまかせるし……。


 トルコーネさんは、これから向かう街に住んでいるようだ。


 『コウリュウド王国』の『ピグシード辺境伯領』の『マグネ町』という街だそうだ。


 『コウリュウド王国』は、面積も広く、かなり力のある大国らしい。


 商品の仕入れに行った先が、この街道の北方向にある『アルテミナ公国』という小さな国だそうだ。


 現在、俺たちがいる『コウリュウド王国』と『アルテミナ公国』を結ぶ街道は、どこの国にも属さない“不可侵領域”といわれる場所らしい。


 一種の無法地帯ということなのだろうか……


 魔物が多く、“死者の森”という巨大な魔物の領域もあることから、両国とも魔物の侵入を防止する対策で精一杯なのだという。


 この場所を領地とする意思は全くないそうだ。


 仮に魔物を全滅させたとしても、魔素が濃く、すぐに新しい魔物が発生してしまうため、所有する旨味がないのだろうとのことだ。


 こういう場所は、この大陸に何箇所もあるらしい。


 “死者の森”とは、どうも我が『マナテックス大森林』のことらしい。


 スケルトンを中心としたアンデッドに支配された森で、昔から恐れられているそうだ。


 魔物たちが森から出て襲ってくることは滅多にないが、足を踏み入れたら生きては帰れないと噂され、普通の人間はまず立ち入らないそうだ。


 この話が本当なら、普通の人間は、そうそう大森林に入ってこないだろうから、少し安心だ。


 できれば、人間と争うことはしたくないからね……。


 魔物による危険のせいもあり、両国の交流はそれほど頻繁ではないらしい。


 それでも、行商人はそれぞれに珍しい商品を持って行き来するのだそうだ。

 ただ、もともと交通量が多くないのは確かなようだ。


 犯罪者など、国に居られない者などが、盗賊として住み付き、行商人などを襲うことがあるのだという。


 ただ、今までは、盗賊被害は多くなかったとのことだ。

 ここ最近、盗賊の数自体が増えたのか、頻発するようになったらしい。


 それに伴い、護衛も命を落とす者が増え、なり手自体が少なくなっているらしい。


 アルテミナ公国とその周辺の小国群には、『冒険者ギルド』があり、今までは比較的護衛の手配は簡単だったそうだ。

 ただ今回は、何日待っても引き受け手が現れなかったらしい。


 マグネ町から買い付けに向かった時は、たまたま、アルテミナ公国に戻る冒険者たちがいて、引き受けてくれたそうだ。


 コウリュウド王国には、迷宮都市以外には『冒険者ギルド』はないらしい。

 もっとも、名前は、『冒険者ギルド』ではなく、『攻略者ギルド』というらしいが……。


 積荷のことが少し気になり、訊いてみると、被害は全くないそうだ。


 急ぎの納品物というのは、クロスボウのようだ。 矢筒と合わせ五十セットあるらしい。


「大国なら、自国でクロスボウを作れそうな気がしますが、なぜ外国から仕入れたのですか? 」


「私にもわからないのです。確かに、コウリュウド王国は大国ですから、普通、武器を外国から仕入れることは無いはずなんです。よほど急ぎの事情があったのでしょう。この領地は、辺境ですから、むしろ隣国から仕入れた方が早かったのかもしれませんね」


 トルコーネさんも本当の理由はわからないようだ。


 ただ、アルテミナ公国には、クロスボウに限らず、弓を作る優秀な職人が多くいるらしい。

 性能重視で、あえてアルテミナ公国から仕入れた可能性も考えられるそうだ。


 いずれにしろ、守護様の依頼なので、深くは詮索できないらしい。


 ちなみに、クロスボウというのは、弦を引く装置があり、台座にボルトと呼ばれる短い矢をセットし、トリガーを引いて発射するらしい。


 弓の中では小さめで、照準も安定しやすいことから、少し訓練すれば誰でも使えるようになるそうだ。

 日本の弓道で使う弓とは違うようだ。


 幸い、馬も馬車も無事だったので、俺たちは馬車に一緒に乗せてもらいながら、街に向かうことにした。


 実はトルコーネさんは、俺たちに金貨20枚で護衛を依頼してきたのだ。


 俺は、もう街が近いから、お金は必要ないと断った。


 だが、お礼の意味も込めて、仕事として正式にお願いしたいと懇願され、ニアの勧めもあり了承したのだ。


 道中、いろんな話が聞けて、有益な情報が収集できそうなので、むしろお金を払いたいくらいなのだが……。


 トルコーネさんが感じのいい人でよかった。


 捕まえた盗賊たちは、門番に引き渡すと、褒賞金がもらえるということで、積荷と一緒に積んで運ぶことにした。

 魔法紐の効果で、ずっと麻痺したままおとなしくしている。


 ちなみに、盗賊たちが所持していた武器やお金などは、討伐した者が所有するのが通例であり、俺がもらっていいそうだ。

 特に必要もなかったので、トルコーネさんにあげようとしたら、断られてしまった。


「とんでもない。助けていただいた私がいただくわけにはいきません。どうぞ、グリム殿がお持ちください。換金するなら街で私が手配しますので。もちろん助けていただいたお礼もさせていただきます」


 護衛報酬もあるし、お礼は必要ないと言ったのだが、どうしてもさせてほしいと懇願され渋々了承した。


 どんなお礼かわからないけど、何かおいしいものでもご馳走してもらえればいいかな……。


 革製の防具十人分、鉈五本、トマホーク二本、短剣三本、硬貨入りの小袋などが戦利品だ。


 捕まえた盗賊たちがどうなるのか訊くと……


「盗賊は処刑されるか、犯罪奴隷として強制労働させられます。懸賞金がかかっている者は、ほぼ処刑ですね」


 犯罪奴隷と言っていたが……


 この世界には奴隷制度があるのだろうか……


 訊いてみると……


 ……残念ながら奴隷制度があるらしい。


 一部の国では無いそうだが、少なくとも、これから向かう『コウリュウド王国』には奴隷制度があるらしい。

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