40.盗賊は、御用。

 虹色の輪に包まれ、景色の揺れを感じた瞬間、全く別の場所にいた。


 何回体験しても、転移というのはすごいものだ。


 どうやら、林のようなところの端にいるらしい。


 前方を見ると道が見える。

 おそらく、あれが人族の街に続く街道なのだろう。


 少しだけ街道に近づいて様子を窺うと…


 ……誰も通っていないようだ。


 しばらく見ていると、北側から馬車が近づいてくる。


 俺が向かうのと同じ街に行くようだ。


 四頭立ての大きな馬車だ。

 行商人ではないだろうか。

 御者は小太りなおじさんが務めているようだ。


 異世界に来て初めて見た人間が、元の世界の自分を彷彿とさせる太めのおじさんというのは……。


 決して、美女を期待していたわけではない……決して……。


 しばらく、通りの様子で伺っていたが、他に馬車は通らなかった。

 街道利用者は少ないようだ。


 この感じだと、街道をそのまま走っても良さそうに思ったが、不自然な爆走に見えるだろうし、念のため、林の中を進むことにした。


 林道と呼べるような道はないが、足場が悪くても、俺以外にはほとんど影響がない……。


 ニアとフウは飛んでるし、リンに足場の悪さは関係なさそうだし、シチミはカバンとして俺にぶら下がってるし。


「フウ、この街道沿いに南に向かえば目的の街があるんだよね?」


「はい、そうです」


「よし! じゃあ、みんな行くよ!」


 俺たちはかけだした。


 全速力というわけではないが、結構速く走れている。

 自分でもびっくりするぐらい疲れない。

 時速何キロぐらい出ているかわからないが……もしオリンピックに出たら確実に金メダルだろう……


 俺は、警戒のために『視力強化』スキルと『聴力強化』スキルを使ってみる。


 『視力強化』スキルは、かなり遠くまで見れる。

 何キロ先かわからないが通常の視力とは桁違いだ。


 『聴力強化』スキルは、意外と調整が難しい。

 慣れないと、いろんな音を拾いすぎて混乱してしまう。

 なるべく聴覚に意識を向けないのがコツみたいだ。

 自然に入る音を聞き流す感じがいいみたいだ。


 そんな練習をしながら走っていると、『聴力強化』スキルの効果か、怪しげな音を拾った。


 これは……悲鳴?


「みんな一旦止まって! 」


「ちょっと、どうしたのよ! びっくりするじゃない」


 怒るニアに、静かにのポーズをする。


 更に、耳を澄ます………


 ………やっぱり……誰かが襲われてるみたいだ。


「人の悲鳴が聞こえる! 何かに襲われてるみたいだ」


「え! どこ? すぐ助けに行かなきゃ! 」


 ニアが叫ぶ。


 今は一刻も早く『ボルの森』の子たちを助けに行かなきゃならないが……


 目の前で襲われている人を見殺しにすることなどできない。


「よし行こう! みんなこっちだ! 」


「オッケー! 急ぎましょう!」

「はい! リンにも聞こえる!」

「オイラもやってやるぜ! 」

「はい」


 ニア、リン、シチミ、フウ、みんな即座に同意してくれた。


 全速力で近づくと……


 なんと先程のおじさん商人が、盗賊のような者たちに襲われていた。


 殴られたようで顔が腫れ、服はボロボロだ。

 最後に背中を斬られたようだ。

 大きく傷が開いている。


 これはやばい……早く治療しないと……


 しかし、襲ってるのが魔物ではなく人間だなんて……


 盗賊は全部で十人いる。


 十人でおじさん商人を取り囲んで、嘲笑っている。


 積荷は充分奪えるはずだし、わざわざ殺す必要なんてないはずだ。


 こいつらは殺しを楽しんでるんだ。反吐が出る。


 目がもう……まともじゃない……


「みんな盗賊たちを倒すぞ! なるべく殺さないように捕獲するんだ! 」


 俺は走りながら『絆通信』をみんなにつなぐ。


(俺が先に出て注意を引く。何人か俺のほうに向かってきたら、シチミを上に放り投げるから、投網を投下。リンは変形して残りの盗賊を拘束もしくは足止め。ニアは、できるだけ早くおじさんに回復魔法を頼む。フウは上空で、外に敵がいないか警戒してくれ)


(オーケー)

(わかった)

(任しとけ)

(はい)



「いつまでも遊んでる暇はねえぞ! さっさと始末して、馬車ごと持ち帰るぞ! 」


 おじさん商人は瀕死なのに、更にトドメをさそうとしている……


 だが、そんなことはさせない!


「やめろ! 」


 俺は走りながら、ショルダーバックとなっているシチミを、前方の敵めがけて投げつけた。


「誰だ!」


 振り向く盗賊たち。


 シチミは、ショルダーバッグの口を開け、種族固有スキル『マルチストラップ』の『投網』を発射する。


 投網は、手前の三人をまとめて捕らえた。


 そしてシチミは、投げられた勢いのまま、その三人に体当たりする。


 投網に絡まった三人は、ひと塊りになって大きく吹き飛んだ。


 おっと、死んでないよね……


 ……確認は後だ……。


 リンは、その隙をついて大きくバウンドすると、盗賊たちの頭上を抜け、奥の盗賊四人を拘束する。

 種族固有スキル『変形』を使い、細長い鞭を四本出し巻き上げたのだ。


 俺は、残る盗賊のうち二人に近づき、共有スキルでセットしてある『状態異常付与』を使う。

 麻痺状態を付与し、動きを奪う。


 残るは一人……


 ……もうニアが無効化したようだ。


 盗賊が股間を押さえてうずくまっている。

 ニアが如意輪棒を持っているので、一発やられたのだろう。


 あの悶絶具合……

 潰れたんじゃないかなぁ……自業自得だ…… 。


 ニアが狙ったのか、偶然かはわからないが、加減を間違えて殺さなくてよかったよ。


 まぁ、殺しを楽しむような盗賊は、死んでも自業自得だとは思うけど……


 ニアは早速、おじさん商人に風魔法の『癒しの風』をかけてくれたようだ。


 ………治っていく……


 何とか間に合ったようだ。


 俺は改めて、拘束した盗賊たちに『状態異常付与』で眠り状態を付与し眠らせる。


 念の為、ロープなどで拘束したいところだが……


 ロープなど持っていない……


 そういえば……


 迷宮で手に入れた魔法道具の中に『魔法紐』があった。


 俺は『波動収納』から『魔法紐』を出した。


 見た目は、ただの黒い紐だ。

 太さは三センチくらいはあるかな……結構しっかりしている。


 『波動鑑定』してみると……


 ——魔法紐——階級 極上級

 

 極上級?


 ニアの知識では、アイテムの階級は……


神器級ゴッズ

伝説の秘宝級レジェンズ

究極級アルティメット

極上級プライム

上級ハイ

中級ミドル

下級イージー


 ……となっていたはずだ。


 ……かなり価値あるアイテムのようだ。


 だが、どんな使い方をするのか全くわからない。


 ただの紐に極上級なんてつくはずないし……


 俺は『魔法紐』に焦点を合わせ、詳細と念じる……


 ——魔法紐——魔力操作により、硬軟自在の変形紐。

 棍の硬さから、鞭の柔らかさまで調整可能。

 伸縮も最大五倍まで可能。

 紐として生物を拘束すると、魔力を吸収すると共に、麻痺状態を継続する。

 使用者の魔力量と魔力操作技能により、階級以上の能力を発揮することも可能。


 おお……この魔法紐もすごい能力を持っているようだ……


 迷宮の魔法道具は、どれもとんでもないものばかりだ……。


 俺は、魔法紐を手に取り、魔力を流してみる。


 おお……すごい!


 鞭のようにうなる!

 蛇の動きのようでもある!


 何か……意識で動かせるようだ……

 右に曲げようと思うと……曲がる!


 試しに、魔力を多めに流し、硬くなるよう念じてみる……


 これは……棍だ……硬い……カチンコチンだ……棍棒と一緒だ。


 紐自体は丸い束になっているのだが、握り手より先の紐だけが硬い棍棒状になっている。

 握り手より下の紐の束は、柔らかい紐のままだ。


 今度は、柔らかくなるように念じてみる……


 ……………………………………

 ダメだ……うまくいかない……


 魔力を流して硬くしたから……逆に魔力を吸い上げてみるか……


 俺は、手のひらからそっと魔力を吸い上げてみる……


 すると……


 おお……柔らかくなってきた……鞭のようになってきた……


 俺は打ってみる。


 ビュウンッ———

 ———ペシンッ


 完全に鞭だ。


 これはすごい!

 アイディア次第で、いろんな使い方ができそうだ!


 なんかテンションが上がってきた!


 俺は、この紐が気に入った!


 普段は、ただの紐に見えるから、腰からぶら下げていても特に問題は無いはずだ。


 俺はテイマーだし、捕獲用の紐をぶら下げていても不自然じゃない。

 商人として荷造りのための紐を腰から下げていても問題ないだろうし。


 普段遣いの道具・武器としてちょうど良い。


 さすがに魔剣を腰から下げるのは、目立ちすぎて無理だと思っていたから、丁度いい。


 この紐を、俺の普段使いの武器にすることに決めた!


 早速俺は、この魔法紐を使い、盗賊たちをまとめて拘束した。


 これで、暴れだす心配はないだろう。



 おーと、おじさん商人さんが、目を覚ましたようだ。

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