28.テイム、始めました!

  『コカトリス』は、レベル以上に強力な魔物である。


 いかに優秀な部下たちといえど、くちばしの一撃を食らっただけで石化してしまう。

 これでは一人も死なせないという使命が果たせない。


「…… これは……私が行くしかない……緊急事態だ……あの魔物は私が仕留める。あるじ殿のためにも……」


 ケニーは、再度、仲間たちに念話をつなぐ。


 『コカトリス』の接近と注意、自分が仕留めることを告げる。


 そして、『マナ・ナゲナワ・スパイダー』たちに適宜援護をするように指示を出す。


 動き出すケニー ———


 地上に十体———

 空に五体———


 倒すことよりも、まずあのくちばしを封じなければ。


 ケニーの作戦は単純だった。

 くちばしに糸を巻きつけて、開かないようにしつつ、嘴全体を被ってしまう。


 これを仲間たちが襲われる前に、早業で成し遂げなければならない。

 全十五体、時間が勝負だ。


 やるしかない……

  あるじ殿のためにも……。


 ケニーは、全身全霊をかけたスピード勝負に挑んだ———


 ケニーが最初に狙ったのは空の個体だった。


 まず一体に、右手の指先全てから糸を発射し、一気にくちばしを覆ってしまう。

 同時にもう一体に、左手から同様に発射した五本の糸を飛ばす———

 的確にくちばしをとらえ、覆った。


 ———これで二体の石化を封じた。


 この二体は、『マナ・ナゲナワ・スパイダー』たちに指示を出し、糸で拘束し捕獲させる。


 空の残り三体の注意を引くために、ケニーは、ジャンプで空中に舞い上がる———


 空中に現れたケニーに対し、『コカトリス』は怒りの形相で襲いかかる。


 ケニーは、胸でクロスさせた両手を広げると同時に、十指の先から糸を放射する———


 それを、種族固有スキル『糸織錬金』で織り込み、一瞬で巨大な捕獲網を作り上げた。


 空間いっぱいに広がった捕獲網が三体を捕らえる———

 ———粘着網に捕らえられた三体は動けずに落下していく。


 ケニーは、念のためくちばしを糸で覆いたかったが、地上の十体の拘束を優先した。


 着地したケニーは、両腕を肘のところから曲げ、それぞれ回転させ出した。


 そのまま指先から糸を出すと、重なりあいながら、大きな円柱形の筒が作られていく。


 再び上空に舞い上がったケニーは、その筒を振りおろす———


 スピードに乗った二つの筒は、それぞれの『コカトリス』の頭にすっぽりと入る。


 それを確認したケニーは、筒の首側の糸を引き、締め上げる。


 筒は固定され、『コカトリス』は振り払うことができない。


 この筒は『コカトリス』の嘴より長いために、突こうとしても届かない状態になるのだ。


 この様子をもし彼女の“あるじ殿”が見ていたら、『猫の傷舐め防止グッズかい!』とツッコミながら、笑ったに違いない。


 ケニーは、『コカトリス』の攻撃を避けながら、何度か空中にジャンプすると、同様に“突つき防止筒”を空中から飛ばし、追加で四体に筒を被せた。


 合計六体の石化攻撃を封じたのだ。

 この六体に、『マナ・ナゲナワ・スパイダー』が糸を投げ動きを拘束する。


 残りの四体は混乱し、四方八方に突撃しだしている———


 今のところ攻撃されているのは魔物であり、同士討ち状態だが、このままでは味方のところに突っ込みかねない。


 ケニーの動きはさらに加速する———


 両手から糸を飛ばし、左右方向の二体を拘束し、嘴に糸を巻き付ける。

 同時にお尻から出した糸で別方向の一体も拘束し、嘴を封じる。


 最後の一体が、『マナ・ホワイト・ベア』に迫っている。


 間に合うか……

 焦るケニー……


 その時……


 突如、空から投網が投下され———


 コカトリスを周辺の魔物ごと拘束した。


 『マナ・ホワイト・ベア』はギリギリ回避したようだ。


 上空を見上げるケニーの目に、大型犬サイズの『マナ・スパロー』に乗った『ミミック』が映る。


「おれっちたちにお任せなのだ!」


 上空から叫んだのは『ミミック』のイチミだった。

 他にも五体の『ミミック』が、それぞれ『マナ・スパロー』の背に乗って上空を旋回している。


 本来、迷宮に所属している彼らだが、元来の自由な性格が抑えられず参戦したらしい。


 『マナ・スパロー』に頼んで、半ば強引に乗せてもらったのだった。


 迷宮のアリリも、大きな戦力ダウンにはならないからと、許していた。


 他の五体の『ミミック』たちも種族固有スキル『マルチトラップ』の一つである投網を、上空から魔物の集団に投下している。


 思わぬ援軍のお陰で、間一髪のところで最後の『コカトリス』の動きを封じることができた。


 ケニーは、すぐさまその一体の嘴を封じた。


 そして、先に粘着網で捕獲し上空から落としていた三体の嘴も封じた。


 捕獲した十五体の『コカトリス』たちは、『マナ・ナゲナワ・スパイダー』たちに命じて、自陣の一カ所に集めさせた。


 そしてケニーは再度、戦況の把握をやり直す。


 ……後続の魔物たちの勢いが完全に止まった。


 どうやら、もう新たな侵入は止まったらしい。


 後は今いる魔物たちを殲滅するだけだ。


 仲間たちに状況を知らせ、残りの殲滅に全力を尽くさせる。


 少しすると、北の空が一瞬光った。


 あれは、“あるじ殿”が向かった霊域の方角だ。


 おそらく“あるじ殿”がまた偉大なことをなさったに違いない。

 ケニーはそう思いつつ、気を引き締めるのであった。


 そして、戦況の把握を続けながら、もう一つの行動にとりかかった。


 ケニーには考えがあった。


 『コカトリス』を殺さずに拘束したのには訳があったのだ。


 『コカトリス』はケニー同様『オリジン』であり、普通の魔物と違って冷静で正常な思考を持っている。

 つまり、『テイム』が可能な対象なのだ。


 “あるじ殿”は、偉大な御業で共有スキルという新たな能力を付与してくださった。


 その中の一つに『テイム』があったのだ。

 最初は意味がわからなかったケニーだが、今ならわかる。


 襲ってくる魔物の中に『オリジン』がいる可能性があったのだ。


 そして、『オリジン』ならば『テイム』の可能性がある。


 成功すれば、『オリジン』という強力な魔物が戦力に組み込める。


 聡明な“あるじ殿”は、ここまで読んでいたのだ。

 『テイム』を授けた意味は、『オリジンは仲間にしろ』そういう意味だと理解したのだった。


 そして、捕らえた『コカトリス』に『テイム』を使う。


「テイム!」


 …………………


 空を飛んでいたボスらしき一体に放った『テイム』は、レジストされたようだ。


 『コカトリス』たちは暴走状態とまではいかないが、かなりの興奮状態だ。

 自分が未熟なのか、もしくは『コカトリス』の状態がレジストさせているのか……


 そう思ったケニーは、そのボスらしい一体を殴りつけた。

 胴体めがけて右左とパンチを送り出す。まるでサンドバッグだ。


 『コカトリス』の憎悪に満ちていた目が次第に力を失っていき……意識も朦朧としていく。


 ここでケニーは再度、『テイム』を実行する。


「テイム」


 すると、ボス『コカトリス』が一瞬震えた。


 見事、『テイム』は成功したのだった。


 ケニーは、他の『コカトリス』たちも、次々にボコると、『テイム』していった。



 その後、『マナ・ウォーター・スパイダー』に回復させ、念話で話しかけた。


(私は、この大森林を預かるアラクネーのケニー。これより、あなたたちには私の下で働いてもらいます。いいですね)


(わ、わかりました……つ、強きあなた様に従います。そ、それ故どうか命は……)


 怯えながら返答する『コカトリス』のボス。


 サンドバッグが効いたようで、他の『コカトリス』たちも、ガタガタ震えている。


(いえ、あなたが本来お仕えするのは、我が“あるじ殿”のグリム様です。私は指揮をするだけです。命を奪うことはありません。これからは仲間として共に戦うのです。あなたたちは死なずに生きること、そして仲間として助け合うこと、この“あるじ殿”の命に従わなければならないのです)


 『コカトリス』たちは安堵すると同時に、これほど強大なケニーを従え、心酔させる“あるじ殿”とはどれほどの強者なのかと畏怖の念に駆られた。


(改めて“あるじ殿”であるグリム様、そして指揮をするケニー様に忠誠を誓います。我らの力、存分にお使いください)


 今ここに、大森林を守る新たな戦力として、ケニー直属の“恐怖の石化軍団”が誕生したのだった。


 そしてこの偉業は、セットスキルがあまりなく、とりあえず『テイム』をセットしただけだった“あるじ殿”グリムは全く予想だにしないことであっただろう………。


 ケニーは、縄張りを離れ侵攻してきた理由を訊いたが、『コカトリス』たちは、よく覚えてないらしい。


 何かに操られていたのかもしれないが、ボコボコにしたことで、術が解けたのかもしれないとケニーは考えた。


 ケニーは、早速、新たな戦力として『コカトリス』たちを戦線に投入する。


 敵の時は厄介な存在であったが、味方となればこれほど心強いものはない。


 戦場に突進していくと我先にと魔物たちに嘴攻撃を繰り出し、石像を作っていく。


 ワシシやウルル、そしてイチミたち『ミミック』隊、彼ら迷宮チームの援軍で好転していた戦況が、更に大きく傾いた。


 どんどん魔物の数が減っていく。



 あらかた魔物たちを倒し終えた頃、突然、魔物たちの死体が消えてしまった。


「これは何事……我が“あるじ殿”に戦果として、お見せしようとしていたものを……」


 驚くケニーであったが、すぐに理由に思い当たる。


「こんなことができるのは、あの方以外には……」


 ケニーは念話で親愛なる“あるじ殿”に連絡する。


 すると……


 やはり“あるじ殿”の御業だったようだ。

『戦利品自動回収』という御業らしい。


 そして“あるじ殿”は見事霊域の危機を救ったようだ。


 さすが“あるじ殿”である。

 ケニーは、安堵とともに、誇らしい気持ちになった。


 仲間たちに念話で情報共有するとともに、最後の仕上げ、残敵の掃討の指示を出すのであった。



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