26.突然の、襲撃者、大森林の浄魔達のターン。

 幅五十メートルの範囲に制限された敵の侵攻ならば、この戦力でも、前線を構築しながら対処できる。


 ケニーは、作戦の第一段階の成功に安堵していた。


 だが、これからが本番であり、真価が試されるのだ。


 ケニーの配置した優秀な部下達が、迫りくる魔物たちと正面から激突する。


 戦闘の主力は、大森林でのケニーの事実上の副官たちである『マナ・ジャンピング・スパイダー』三体と、その部下である『マナ・ハンター・スパイダー』たちだ。


 『マナ・ジャンピング・スパイダー』はレベル40以上、『マナ・ハンター・スパイダー』はレベル30以上ある。

 一体の『マナ・ジャンピング・スパイダー』に、十体の『マナ・ハンター・スパイダー』が部下としてついている。

 この三つの小隊が戦力の中核をなすのだ。


 『マナ・ハンター・スパイダー』は、『ハエトリグモ』が魔物化したもので、『マナ・ジャンピング・スパイダー』はその上位種だ。


 『ハエトリグモ』は、普通の蜘蛛のように、巣を張って獲物を待つわけではない。

 常に移動しながら狩りをする根っからのハンターなのだ。


 その能力を持つ『マナ・ハンター・スパイダー』たちは、強くタフな戦士だ。


 大きなムカデの魔物や、大ウサギ、大ネズミの魔物にも怯まず立ち向かっていく。


 『マナ・ハンター・スパイダー』が人間ぐらいのサイズであるのに対し、ムカデ魔物は十メートル以上の長さがある。

 大ウサギは、軽トラサイズであり、大ネズミはそれを一回り小さくしたぐらいの大きさはある。


 いずれも、自分より大きいのに嬉々として襲いかかり、縦横無尽に戦場をかけている。


 ジャンプが得意な彼らは、トリッキーに跳ね飛びながら、次々に魔物に剣先のように鋭い前脚『剣脚』を振りを下ろしていく。


 まさに狩場だ。


 ただ、猿の魔物は同様にトリッキーに動くタイプであり、動きについてくる。


 なかなか捉えられない。


 これに気をとられていると、芋虫の魔物に体当たりを受けてしまう。


 芋虫の魔物は、その見た目に反し意外にスピードが速い。

 まるで無限軌道で突撃する戦車のようだ。

 そして、口から糸や糸を丸めた弾丸を飛ばしてくる侮れない敵なのだ。


 猿魔物たちが戦線をかき乱している。


 これに対処したのは三体の上位種、『マナ・ジャンピング・スパイダー』たちだ。

 ケニーの指示を受けるまでもなく、即座に判断したのだった。


 彼らは、驚異的なジャンプ力と、それに伴う高速移動、そしてトリッキーな変則攻撃を繰り出す。


 トリッキーの本家はこちらだと言わんばかりに、猿魔物たちを追い詰める。


 ———動きを読み、高速で先回りすると一体に剣脚を突き刺した。

 ———同時に、もう一体に糸を飛ばし、引き寄せ斬り倒す。


 人間ほどのサイズである『マナ・ジャンピング・スパイダー』は、普通のゴリラ以上に大きい猿の魔物に対しても、全く大きさのハンデを感じさせない圧勝ぶりであった。


 他の『マナ・ジャンピング・スパイダー』たちも、それぞれ猿魔物たちに狙いを定め屠っていった。


 高速で突進してくる芋虫魔物や大きなムカデ魔物を引き受けたのは、レベル25前後の『マナ・ホワイト・ベア』たちだ。


 十体の『マナ・ホワイト・ベア』たちは、それぞれに奮戦している。


 そのうちの一体は、大きな丸太のような芋虫魔物の突進を受け止め、力任せに持ち上げると、ムカデ魔物に叩きつけた。


 そのままムカデの魔物に爪を立てる。


 しかし装甲が硬く、なかなか致命傷にならない。


 すると、切り裂くのを諦め、持ち上げてジャイアントスイングのように振り回し出した。


 彼らのプロレス好きの“あるじ殿”が見たら、泣いて喜んだであろう。


 そして、十分な加速をつけると、後続の魔物たちめがけて放り投げる———


 十メートル以上の長さのムカデ魔物ブーメランは、その長さの分だけの魔物をなぎ倒してくれた。


 四メートルを超える巨漢、『マナ・ホワイト・ベア』ゆえの力技である。


 近くでは、他のムカデ魔物が猛毒の噛み付き攻撃を他の『マナ・ホワイト・ベア』仕掛けている。


 しかし、厚い毛皮を突き刺すことが全くできず、攻めあぐねていた。


 その動きの鈍ったムカデ魔物に、大きな塊が突進する。


 軽トラサイズの『マナ・ワイルド・ボア』たちだ。


 レベル15前後の彼らは、最前線では危険だが、後方に待機し、弱った魔物のトドメを刺す担当のようだ。


 約三十体の彼らは、臨機応変に戦況に対処している。


 空から襲ってくる、カラスと蛾の魔物には、『マナ・クイーン・キラービー』に率いられた百体の『マナ・キラービー』が迎撃に当たる。クイーンはレベル30だが、普通のキラービーはレベル15前後だ。


 大型犬サイズのキラービーたちは、素早い攻撃で、同サイズの蛾魔物を攻撃している。


 素早さが上であり、鋭い針による攻撃が充分通用している。


 しかし、倍以上大きいカラスの魔物に対しては分が悪いようだ。


 致命傷は避けたようだが、くちばしによる攻撃で何体か負傷している。


 これには、一回り体の大きい『マナ・クイーン・キラービー』が対処する。


 だが、カラスの魔物の数が多すぎる。


 一対一なら互角以上に戦えるクイーンだが、取り囲まれてしまった。


 そこに、一瞬きらりと光る線が現れたかと思うと、次々とカラスの魔物が引き落とされるように地面に激突していく。


 これは『マナ・ナゲナワ・スパイダー』の粘着糸による攻撃だ。

 戦況を判断し、援護に入ったのだった。


 樹上に配置された約三十体の『マナ・ナゲナワ・スパイダー』たちは、援護要員として、地上、空中、両方の魔物に狙いをつけていたのだ。


 彼らは、戦況を判断し、臨機応変に、粘着糸で作った投げ縄を投げ、魔物を捕らえたり、仲間を救ったりしていた。

 レベル25前後の彼らは、第二の主力といってもいい。


 『投げ縄蜘蛛』が魔物化した彼らだが、もともと『投げ縄蜘蛛』は、“とりもち”のような粘着力の強い投げ縄を釣り糸のように垂らし、近づく獲物に狙いを定め、仕留める。

 一発必中のハンターなのだ。いやむしろ、一本釣りのフィッシャーかもしれない。


 その能力を持つ彼らは、激しく動き回るカラスや蛾の魔物でもロックオンすれば一発必中なのだ。


 投げ縄で捕らえた魔物は、そのまま地面に叩きつけ、弱ったところを、レベルの低い『マナ・ホーン・ラビット』などが止めを刺すという連携なのだ。


 『マナ・ホーン・ラビット』は、レベル5前後だが、1本角が生えており、それで刺突攻撃できる。

 五十体以上いるので、叩きを落とされた格上の魔物も、取り囲んで数の力で倒すのだ。




 『アラクネ』のケニーは、全体の戦況を確認しながら、仲間たちの状態を把握する。


 概ね予定通りの配置ができ、仲間たちは各個に期待通りの働きをしてくれている。


 だがやはり、物量の差は圧倒的だ。

 自軍の数が少なすぎるのだ。

 どうしても負傷者が発生してしまう。


「決して死なせるものか……あるじ殿のため、一体たりとも失うわけにはいかない」


 戦場の中で、苦戦している仲間を見つけては、糸を飛ばし援護する。


 それをやりながら、傷ついた仲間を素早く察知し、重傷者に糸を飛ばし強制的に回収する。


 そして、近くの湖から呼び寄せた『マナ・ウォーター・スパイダー』に治療をさせる。


 水魔法の『癒しの雫』のスキルを持っているからだ。


 『マナ・ウォーター・スパイダー』は、『ミズグモ』が魔物化したものである。


 その特性を引き継ぐ彼らは、普段は、湖の水中に生息している。

 水中に、シェルターのような巣を作り暮らしているのだ。空気のある、まさに水中宮殿だ。


 地上では、それほど戦闘力は発揮できないが、回復要員としてケニーが招集したのだった。




 ケニーは、思考を巡らす……


 現状、慣れない戦い方だが、概ね予定通りに迎撃態勢を維持できている。


 そして、最優先事項である、“誰も死なせない”という戦いは……なんとかできている……


 しかし、まだ魔物の侵攻は収まる気配がない……


 いずれ、じり貧になるのは明らかだ……


 これほどの魔物の大移動など……いったい何が起きているのか……

 敬愛する“あるじ殿”は無事なのか……


 そう思って、ケニーは我に返った。

 “あるじ殿”の心配をするなど、不遜の至りでしかない……

 また愚かなことをしてしまったと。



 その時、地響きを上げながら近づいてくる気配があった……

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