23.精霊、踊る!

 俺たちが大木に戻るまでに、近くの魔物はあらかた倒したはずなのに、またすぐに押し寄せてきている。


 侵入している魔物の数が多いから、どんどん流れ込んでくる。


 俺は、大木の洞に入る前に、ニアたちに防衛のための魔物の迎撃を再度託す。




 洞の中に入ると……


 ……かなり広い空間になっていた。


 標準的な体育館くらいの大きさはありそうだ。


 中央には直径五メートルくらいの円柱があり、天井とつながっている。

 まるでこの空間を支える大黒柱のようだ。


 広場を壁沿いに左に少し行ったところに、下へ降りる階段があった。

 木の内径に沿うような形の広幅の階段だ。


 カチョウの後について降りると……


 さっきと同じような広場があり、そこには多くの生物がひしめき合っていた。


 おそらく、避難してきた森の住人たちだろう。

 住人といっても、人型のものはいないが……


 さらにもう一階降りると、同様に森の生物たちが避難していた。


 もう一階降りた地下三階には、多くの小部屋と通路があり、その真ん中の部屋に案内された。


 円柱だ……おそらく全フロアを通して貫いているのだろう。


 本当に、この大木の背骨というか大黒柱なのかもしれない。


 中に入ると……


 ……柔らかな光が溢れる何もない空間だった。


「強き王よ、どうか精霊の声をお聞きください」


 そういうと、カチョウは部屋を出ていってしまった。


 声を聞けと言われても……


 心を落ち着けて耳を澄ませてみる……


「来たね」

「来たねぇ」

「待ってたよー」

「待ってたね」

「ありがとう」

「ありがとう」

「大好き」

「大好き」

「一緒だよ」

「一緒だね」

「楽しいね」

「楽しいよ」

「わくわく」

「わくわく」

「大丈夫」

「大丈夫」


 囁くような声が聞こえる……


 実際の言葉なのか、念話なのかの区別もつかないほどだ……


 小さな小さな、大量の光のつぶつぶが、不規則に乱舞している……


 これが精霊なのだろうか……


 どんどん心が軽く晴れやかになる……


 何か癒されていく……

 

 何か頬が冷たい……俺は泣いているようだ……


 体と心が光の粒子と溶け合い混じり合うようだ……


 一瞬とも、永遠ともいえる感覚の中で……俺は全てを手放し委ねる……


 ……そう意識さえも……強い光の放出感だけを残して……





  ◇






「マスター、新たなマスター、お目覚めください」


 呼ぶ声の先には……カチョウがいた。


「新たなマスターに就任いただき、ありがとうございます。

 大きな守護の力の発動を確認いたしました。精霊達により霊域マスターとして認められました。

 精霊たちがマスターの力を吸い上げ、守護の力を代わりに発動させてくれたようです。もうこの霊域は大丈夫です」


 ……状況がうまく飲み込めないが……


 ……どうも気を失っている間に……全てうまくいったようだ……


 それにしても、さっきの体験はすごかった……


 ……これを人生観が変わるような体験というのだろうか……


 あの精霊たちはもういないのか……


 ……いや……目を凝らすと……ランダムに動く光のつぶつぶが見える……


 俺は、しばらく光のつぶつぶに見とれる……


 何度か試してわかったが……

 目を凝らすことでも見られるが……目を凝らすよりも、むしろ目の焦点をぼかすような見方のほうが見やすいようだ……

 不思議な感覚だ……

 両眼それぞれを別方向を見るような感覚で、ピントをぼかすと、直接の視界がぼやけて、乱舞する光のつぶつぶ……つまり精霊が見えてくる……


 そんな俺の様子を見て、カチョウが察したように言った。


「精霊はどこにでもいるのです。

 有機物も無機物も、魔素や聖素も、思考や思念さえも、全ては霊素によりできています。

 そう、霊素は万物の素なのです。

 精霊は霊素が精錬されたものであり、かつ、霊素そのものなのです。

 精霊たちは、マスターのことが大好きなようですよ」


 なるほど……万物の素か……


「マスター、もう大丈夫とは思いますが、地上に戻りましょう」


 カチョウに言われて我に返る。


 まだゆっくりしている場合じゃない。

 早く状況確認しないと……。

 ニアたちのことが心配だ。


 階段を駆け上り地上に戻ると……


 ニアたちと森を守っていた生き物たちが集まり、地面に腰をおろしていた。


 どうやら魔物は、もういないみたいだ。

 死体だけが転がっている。


「ニア、リン、シチミ大丈夫かい?」


「大丈夫よ」

「はい」

「ばっちし」


 俺の呼びかけに、みんな笑顔で答える。


「魔物はもう大丈夫なんだよね?」


 俺が訊くと、ニアがジト目で訊き返す。


「あの強い光の後、残った魔物は全部動かなくなって、そのまま倒れたわ。あれは……即死ね。今度は何やったの?」


 ……何やったと言われてもねぇ……


「新しき主様、お守りいただきありがとうございます。守護の力を確認しました。

 通常は、魔物や敵意あるものを寄せ付けず、既にいる場合には弾き飛ばすはずなのですが……あまりにも強い力で、即死したようです。さすがですね主様」


 跪きながら緑髪さんが言う。


 周りには一緒に戦っていた生き物たちがいる。


 人型の生物は彼女以外にはいないようだ。


 鹿、熊、狼、狐、狸、ツバメ、そして空飛ぶ錦鯉などだ。


 みんな感謝のこもった視線を向けてくれている感じだ。

 それぞれに、いろんな色をしていたり……ツッコミどころ満載なんだけど……後だな……。


「じゃぁ、もう大丈夫だね。ところで君は?」


「申し遅れました。私は『ボルテックス霊域』代行者の一人、ドライアドのフラニーと申します」


「俺はグリムです。よろしくね」


 俺は挨拶をし、仲間たちを紹介する。


 よく考えたら、カチョウにもちゃんと自己紹介してなかったんだよね。


 緑髪さんは、やはりカチョウが連絡してたフラニーだったようだ。


 しかも、森の妖精『ドライアド』、ゲームなどからの俺のイメージでは、もっとかわいい感じだったんだけど……。

 このフラニーは、お姉さんっぽい綺麗かわいい感じだ。


 フラニーと一緒に戦っていた動物たちは、森全体の被害確認に向かった。


 みんな怪我をしていたので、フラニーとニアで回復してあげてからだ。


 フラニーも回復魔法が使えるようだ。


 それにしても……

 すごい魔物の死体だ……


 これを片付けるのはかなり大変そうだ……


 俺は、『自問自答』スキルの『ナビゲーター』コマンドのナビーに問いかけてみる。


(魔物の死体も戦利品扱いと思われます。それ故、『波動』スキルの『波動収納』コマンドのサブコマンド『戦利品自動回収』を使えば、全て一括で回収されるはずです)


 なるほど……

 魔物の死体も戦利品になるのか……


 だからスケルトンの骨が全て回収されていたのか……

 他のアンデッドたちは……実体がなかったから回収されなかったということなのだろうか……


 ただ……気持ち的に死体を回収して保存しておくなんて……ちょっと嫌だけど……


 一応、仲間たちに相談してみると、ニアが言った。


「魔物の素材は、武器や防具になったりするから、売ればお金になるはずよ。

 それに魔物には必ず心臓の近くに、『魔芯核』があるわ。

『魔芯核』は、“マシン”とか、“カク”とか、“コア”とか、色々な呼ばれ方してるけど、魔物の魔力の結晶みたいなものなの。

 魔法道具の素材になったり、エネルギー源になったりするから、これも売れば、かなりのお金になるはずよ。

 それに魔物は、元々は普通の生物だから、食べようと思えば食べられるはずよ。

 私が倒した『コカトリス』なんかは『オリジン』魔物だけど……それでも多分……おいしい鶏肉よ。

 全部回収しておけば、後でいろいろ役立つと思うよ」


 そういうことならいいか……


 『戦利品自動回収』と念じると……


 見えている範囲の魔物の死体が一瞬で消えた。


 そして……見えない範囲の魔物の死体も回収されているようだ……


 すごい数の回収が記録されている……


 それにしても……数が多すぎないか……


 あっという間に、百を超えて、どんどん増えている……


 おそらく、俺たちが来る前にフラニーたちが倒した魔物も、全て回収対象になっている。


 俺が霊域の主になったことで、俺の戦利品というの扱いなのだろうか……


 いや……それだけじゃない……


 ……これは…… 『マナテックス大森林』でケニーたちが倒した魔物も入っているようだ。


 使役生物テイムドの倒したものは、マスターの戦利品になるはずだし……

 イビルバタフライの死体も回収されている……間違いないな。


 ニアは、パーティーメンバーであって、使役生物テイムドではないが、ニアの倒した『コカトリス』も回収されている。

 これはパーティーメンバー共有の戦利品ということで、回収できたのだろう……多分……。


 そんな確認をしていると、ちょうど『アラクネ』のケニーから念話が入った。


「あるじ殿、こちらは、ほぼ侵攻が止まり、残存魔物もあらかた片付きました。しかし、魔物の死体が突然消えまして……」


 俺は、『戦利品自動回収』をしたことを説明し、現在の俺たちの状況を簡単に説明した。

 そして、ケニーたちの労をねぎらうとともに、引き続き警戒態勢でいるように指示を出した。

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