3.スライム、弾む!

 ――――ボヨーンッ


 ――――ボヨーンッ


 薄緑のビーチボールのようなものが、バウンドしながら近づいてくる。


 俺が慌てて立ち上がると、ニアは振り向きながら言った。


「あれはスライム、大丈夫よ」


 スライム?

 なんか思ってたのと微妙に違う。

 てか、魔物の定番じゃないか……


「大丈夫って、スライムは定番の魔物だろ? 倒さないと!」


「魔物の定番? グリムの世界にもスライムいたの? こっちじゃ、魔物じゃなくて無害な……いえ、有益な生物よ」


 ほう……魔物じゃないのか。

 一部勘違いも入っているが今はいいだろう。


「そうだ! テイム持ってるんだし、このスライム、テイムしたら? いろいろ役立つわよ」


 え、……テイムしろと言われても……やり方わかんないし……


 そうこうしてるうちに、スライムが目の前まで来た。

 怖さをこらえて、ニアを信じて、黙って立っていた。


 目の前のスライムは、ゆらゆら揺れている。

 ……なんかちょっと可愛い。


「あら、この子………自分から仲間になりたいのかしら?」


 ニアが俺の肩に止まりながら呟く。


「テイムって言えばスキルが発動するはずよ」


 耳元で囁くにニアにうながされ、テイムしてみることにした。


 でも本当に仲間にしていいのだろうか?

 そんな気持ちからなんとなく言葉が出てしまった。


「仲間になってくれるのかい?」


 スライムは何やら嬉しそうな感じで、その場で二回バウンドした。


 ――――スライムをテイムしました。スライムの積極的な意志が確認されたので、パーティーメンバーとして登録されました。スライムに名前をつけますか?


 おお、テイムに成功したみたいだ。

 そもそも『テイム』スキル使ってないと思うんだが………あれで使ったことになるのだろうか。

 まぁ、うまくいったんだし、いいか。


 てか、また天声だ。

 これも気まぐれに発生しているのだろうか。

 それとも、テイムすると必ず聞こえるのだろうか。

 今考えてもしょうがないか………


 そうそう、名前か………

 一応つけておくか。


 うーん、なんとなく上品な凛とした佇まいだし、やっぱりスライムといえばこれだよな。


「命名――リン」


 そう声に出して言うと、スライムは嬉しそうに三回バウンドして、一瞬光った。


 これはもしや……名前をつけると、レベルが上がったり、クラスチェンジしたりするやつか!


 期待してニアに訊いてみた。


「確かに、名前をつけると『ネームド』と言われ、ステータスが若干アップするらしいけど、いきなりレベルが上がったり、クラスチェンジしたりはしないはずよ」


 なるほど、この世界はそういう仕様じゃないわけね。


 まぁ、スライムが、リンという名前を気にいってくれたみたいだから良かったけど。


 今も、こっちを見つめてプルプルしてるし、なんか可愛いやつだ。


「ちなみにだけど、人族なんかで英雄的な行いで、二つ名が自動的に付くことがあるけど、これもステータスが若干アップする程度のはず。本で読んだ知識だけどね。……でも憧れるわ! 二つ名 『ダブルネームド』は自分で勝手にはつけられないからね。ある程度の数の民衆の支持みたいなものが必要みたいなんだよね。……ムフフ……でも私はもうすぐよ! きっともうすぐ“最強の美少女”の二つ名がつくはずよ! 」


 せっかくの長説明が最後で台無しだ。


 がんばれ! 残念妖精さん……。今回も発動――――優しさスルー


 改めてリンに挨拶する。


「よろしくね。リン」


 (ありがとう、あるじ。リン頑張る。ありがとう、ポカポカ)


 頭の中に突然響いた!

 ……天声とは違う感じだ。


 これは……リンが俺に話しかけてるのだろうか? ………テレパシーみたいなものか?


 不思議に思ってニアに訊いてみると……


「それは………念話ね。テイムすると、テイムされた『テイムド』と呼ばれる使役動物とテレパシーで会話できることがあるのよ。グリムって、いいテイマーになりそうね。声に出さないで心の中で話しかけてみたら……」


 確かめてみよう!


 (リン、聞こえるかい? これから一緒に頑張ろうね)


 (リンがんばる! あるじと一緒に頑張る! ポカポカ、ありがとう!)


 おお、やっぱり会話できる! すごい! なんか嬉しい。


 (リンはどうして、ここにいたんだい?)


 (………わかんない。目が覚めたらここにいた。隠れてたけど、あるじのポカポカ、好きになった)


 わからないわけか……

 まぁ、俺と似たようなもんかな。ポカポカは謎ワードだけどね。


 そういえば、ニアはどうしてここにいたんだろう?

 黙って見守ってくれていたニアに訊いてみる。


 なんでも、ここから北方にあるピクシーの里から家出同然に飛び出してきたらしい。

 冒険に憧れて、渡り鳥の背中に乗せてもらって、人族の国にある迷宮都市を目指していたそうだ。


 ところが、突然突風に襲われ降り落とされてしまったらしい。

 それでここに落下してきたようだ。


 ちなみに渡り鳥は、突風で遠くに吹き飛ばされてしまったそうだ。


 親が心配しているだろうに、大丈夫なんだろうか?


「大丈夫よ……ちゃんと手紙書いてきたから。全く問題なし!」


 なんか怪しいが、本当であることを信じよう。


 そういえば大事なことを聞き忘れていた。


「さっき、スライムが魔物じゃないって言っていたけど、なんなんだい?」


「『始源の中庸生物』って呼ばれてるわ。この世界の生き物は大雑把に分けると、魔素を大量に浴びて変質した『魔物』と、聖素を大量に浴びて変質した『聖獣』、そのどちらでもない『普通生物』になるの。その普通生物の中でも特別な存在として位置づけられているのが、『始源の中庸生物』なの。いまだに詳しくは解明されていないんだけど、一説にはこの世界を維持管理する役割を与えられるとも言われているわ。スライムやトレントなんかがここに入るの。スライムは、いろんなゴミを分解して、綺麗にしてくれるから、どこにいても喜ばれる存在よ。役立つ有益な生き物なのよ。特にテイムされたスライムの需要は高く、テイマーといって最初に思い浮かぶのは、スライムを連れてるスライム使いというくらいメジャーなのよ」


 なるほど……とにかくスライムは魔物ではなく、特別な生き物だということはわかった。


 この世界では、最初に出会う倒すべき雑魚キャラではなく、有益な生き物……良き隣人なのだろう。

 ペットみたいな感じなのかもしれないけど。

 でも仲良く共存できるってなんだか嬉しいよね。


 念話でリンに訊いたところ、レベルは3とのことだった。


 ニアの話では、スライムのレベルとしては、ごく普通のレベルということだ。


 スキルは、『分解』『吸収』『種族通信』という『種族固有スキル』を持っており、この他に『通常スキル』として、『物理耐性』『魔法耐性』『状態異常耐性』『隠密』『聴力強化』を持っているらしい。


 なんか……滅茶苦茶凄いスキルな気がする。


 スライムは、みんなこんなにスキルを持っているのだろうか?

 それとも、この子が特別なのか……。

 スキルレベルはまだ低いみたいだが、今後が楽しみな感じである。


  ニアともそんな話をしている時だった――――


 ――――ガシャ、ガシャ、ガシャと乾いたような……嫌な感じの音が後方から聞こえてきた……。


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