第10話 手のひら

 あの時も、君は手を握ってくれた。上手く笑えなくて、どうしようもない俺の手を、ぎゅっと握り返してくれた。


 アンドロイドになる前。俺は普通に人間だった。親に捨てられた俺、ネグレクトをされた君が、児童福祉施設で出会った。


 笑えない俺に、君は言った。

「笑顔ってね。無理して出来るもんじゃないんだよ」

 にぱっと笑う君。

「ごはんがおいしい~、とか。今日はあたたかくてお昼寝日和だな~、とか。そういう小さな幸せを集めていたら、自然と出来るようになるの」

と、君は笑う。母親に育児放棄され「アンタが居なければ」「アンタのせいで」と散々言われてきたとは思えないほど、君は朗らかに笑う。……君は、強い。いや、がんばって強がっているのかもしれないけれど。


 笑ってる君を見て、思った。

 俺はこの先どんな事があっても、彼女の笑顔が守りたい、と。


 児童福祉施設を出て、二人暮らしを始めてまもなく。歩道に突っ込んできた酒気帯び運転の車から君を守る為、俺は「死んだ」はずだった。


 ぴ、ぴ、と。心電図の音だけが鳴り響く白い部屋に、一人の研究者。

「選べ。アンドロイドとして生きるか、死ぬか」



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