第36話 鉱山

 師匠と僕がこの町に来てもう五日が経った。あの宴のおかげで町の人達とはすぐに打ち解けられ、今では町中を歩いていると声をかけられることもしょっちゅうだ。

 そんな日々を過ごしていると、今日は朝早くからオーウェンさんが朝早くに僕達が泊まっている宿屋に姿を表した。


「ようクリス! 出かける準備をしろ!」


「むぐ!」


 師匠と一緒に自室で朝食をとっていた僕は、突然大きな音を立ててドアを開けて現れたオーウェンさんの登場に驚いてパンを喉につまらせてしまった。慌てて水を流し込み、詰まっていたパンをお腹の中に流し込む。


「げほ、げほ! い、いきなりなんですか!」


「おお、悪い悪い。ちょっとお前に手伝ってもらいたくてな。一緒に鉱山に来てくれ」


 そう言いながら悪びれもせずに豪快にオーウェンさんは笑い飛ばした。いつもこんな調子だから大分慣れてきたけど、それでも不意打ちはやっぱり心臓に悪い……。

 とはいえ、ちょうど朝食も摂り終わったところだ。着替えも済んでいる。


「分かりました。師匠も来ます?」


「ああ、いや。ライアはここに残ってもらいたい。俺の留守中に何かあると困るからな」


「ということみたいだね。こっちは任せて安心して行ってくるといい」


「そうですか、分かりました。それじゃ行きましょうか」


「おう! かなり歩くからちゃんと準備してこいよ」


 その言葉に僕は違和感を覚えた。


「え? 浮遊や転移魔法は使わないんですか?」


 大魔法使いオーウェンともなればそのぐらいの魔法は造作もないはずだ。それを指摘されたオーウェンさんはバツが悪そうに頬を掻く。


「ああ、悪いな。俺は今は魔法が使えないんだ。不老不死の魔法やら外の世界の結界やらでほとんど魔力を持ってかれちまってな」


「でも不老不死の魔法なら師匠も使ってますけど、それでもとんでもない魔法が行使できますよね。なら何で師匠は魔法が使えるんですか?」


「ワシは外法を使っているからね。ワシの魔力の根源は、とある異世界と接続して取り出している。おかげでほぼ無尽蔵に魔力は使えるというわけだ。むしろ、ただの人の身でそれだけの魔力を使えている師匠の方が実は規格外だったりするのさ」


「お前が人を化け物みたいに言うんじゃねえよ。まあそういうわけで、今の俺ができることは普通の人間とさして変わらん。じゃ、宿屋の外で待ってるからな!」


 そう言い残すと、オーウェンさんは宿屋の外に出ていった。全く、嵐のような人だ。


 僕はスクロールやらポーションやらをかき集めて袋に詰めて背負う。鉱山で何をしなきゃいけないのかは分からないけど、準備は万端にするに越したことはない。

 僕はドアのノブに手をかけて師匠に振り向いた。


「師匠、それじゃちょっと行ってきます」


「ああ、行っといで。しっかり役に立ってきなさい」


「はい!」


 師匠の声に応えると、僕はドアを開けて部屋を出る。そして階段を降りて宿屋の玄関を出ると、そこにオーウェンさんが立っていた。

 オーウェンさんは僕の姿を見ると、親指をくいっと立てて道を指し示した。


「よし、それじゃ行くか」


「はい。よろしくお願いします」


「そんなにかしこまるなよ! 気楽に行こうぜ、気楽にな」


 そう言いながら、オーウェンさんは笑って僕の背中を叩く。と言っても痛くない程度に優しくだ。素振りは豪快だけどこういう細かい気配りがオーウェンさんらしい。

 そうして、僕達は町の外にある鉱山へと向かうのだった。



「え? ライアって師匠の本当の名前じゃないんですか?」


「ああ、あれは俺が付けたもんだ。何を聞いても答えなかったりはぐらかしたりでらちが明かなくてな、ついイラッときてあいつの事を嘘つきのライアって呼んだらすっかり皆に定着しちまったのさ。元の意味で呼んでるやつはもういないけどな。だから実際、俺もあいつの重要なことはほとんど分かってないんだ。まあ、そんなことはどうだっていいんだがな。今のあいつを見れば信用に足るやつだって分かるだろ?」


「そう、ですね。それは間違いないです。師匠は変人で奇天烈だけど、人を騙したり裏切ったりとかそういうことは絶対にしない人です。きっと」


 僕達は雑談をしながら鉱山に向かって歩いていた。道中は平坦で舗装されていてとても歩きやすい。もう二時間ぐらい歩いているけど、おかげでそれほど疲れはなかった。


「よし、到着だ」


 おしゃべりに夢中だった僕は、オーウェンさんに言われて目的に着いたことに気付いた。

 鉱山は大きな岩山で、あちこちに大きな穴が開けられている。そこからレールが伸びていて、トロッコで鉱石などを運んでいるんだろう。


 オーウェンさんはそこにいた一人の男に声をかける。


「おい、カイル」


「オーウェンさん! 来てくださったんですか?」


「ああ、例の岩盤を砕くのに助っ人を連れてきたぜ。それはそうとあれは何だ?」


 オーウェンさんが鉱山の前に積み上げられた黒い塊を指差す。


「ああ、あれは石炭ですよ。石炭の鉱床が見つかったのでどんどん掘り出してる最中です」


「ふむ、そうか。くれぐれも扱いには気をつけろよ。さてクリス、鉱山の中に入るぞ。これを口元に巻いとけ」


 そう言うと、オーウェンさんは僕に布を手渡した。中に蔓延している埃や粉塵対策だろう。


「はい」


 布を受け取った僕は口元に巻いて縛る。布は厚手でちょっと息苦しいけど、これぐらいなら大丈夫だ。


 僕達は鉱山に開いている穴の中の一つから中に入る。中は点々とランプが点いているのでそこまで暗くない。と言っても足元はゴツゴツした岩だらけなのでつまづいて転ばないように注意してゆっくりと進んでいく。

 そうしてしばらく歩いていくと、僕達は大きな岩の壁で行き止まりになっている所にたどり着いた。そこには難しい顔をした数人の男が立っていた。


「おう、やってるな」


 オーウェンさんが声をかけると、男達の顔がぱっと華やいだ。


『オーウェンさん!』


「どんな感じだ?」


「やっぱりだめですね。ツルハシじゃびくともしない。穴を開けないと爆薬も使えないしでお手上げですよ」


「そうか。よし、クリス!」


「は、はい!」


「お前の魔法でこの岩盤にいくつか穴を開けてくれ。かなり硬いがお前ならきっとできるはずだ」


「分かりました」


 とは返事をしたもののどうしたものか。火精は空気を食ってしまうから論外。光精はこの薄暗い中じゃ力不足だし、土精も周りにこれより硬いものがないと削るのは難しそうだ。となると……。


「水精よ、我が手に集まれ」


 僕は右掌を上に向けて唱える。周囲の水気が詠唱に反応し、僕の手の中にどんどん集まってくる。でもこれだけじゃだめだ。その水を圧縮して力を蓄える。

 そして十分に水が集まったところで、僕は人差し指を伸ばし、岩盤に向かって狙いを定め、圧縮した水を一点に集中して解き放った。水は岩盤に凄まじい勢いでぶつかり、ゆっくりと岩盤を削っていく。そして集めた水を撃ち尽くした後には、岩盤に丸い穴が開いていた。


「ふう」


「ほう器用なもんだ。よくやったクリス! その調子でもう何個か穴を開けてくれ」


「了解です」


 オーウェンさんの指示通り、僕は同じ作業を何度も繰り返した。その結果、岩盤には計十個の穴が開いた。それを見て喜んだ鉱員の人達が次々に爆薬を入れていく。


「よし、これでいい。後は……」


 オーウェンさんがそう言ったその時、耳をつんざくような爆音が轟き、僕は気を失ってしまった。

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