第35話 伝説の魔法使い

 あの後すぐに町全体で宴が開かれ、僕と師匠、そしてオーウェンさんは町の中心の広場で語り合いながら宴を楽しんでいた。


「え!? オーウェンさんってあのオーウェンだったんですか!」


「ああ、そうだよ。オーウェン・マクガルド。歴史上最も偉大な魔法使い、初めて不老不死になった者、魔法の進歩を三百年進めた、など逸話にはきりがないあの伝説の魔法使いさ」


「おいおいやめろよ。そんなに褒められたら体がむず痒くなっちまうだろうが」


 そう言いながらもオーウェンさんは満更でもない様子だ。笑いながら手に持っていた木製のジョッキの中身をあおる。


 オーウェン・マクガルド。その名を世界中で知らない者はいない。今から五百年以上前に存在したと伝えられている大魔法使い。

 彼の逸話の中で特に有名なのは魔法革命だ。それまで魔法といえば不思議なことが起こせるが大して役にたたないものだったが、オーウェンは魔法の原理を解明し、それを世の中に広く知らしめることで魔法の歴史に革命を起こした。魔法使いである僕達が便利に魔法を使えているのは、オーウェンが残した魔法基礎理論が常に根底にあるからだ。

 しかし、オーウェンは突然歴史から姿を消した。それが、まさかこんなところにいただなんて。もしこの話が外に漏れたら、世界はひっくり返るような大騒動になるだろう。それだけの人だ。


「それで、うちの師匠がオーウェンさんの弟子になったのって何でなんですか?」


 僕は一番気になっている質問をオーウェンさんに投げかけてみる。師匠は自分の過去をほとんど僕に話さない。これはそれを聞けるまたとないチャンスだった。

 オーウェンさんは驚いたように目を見張る。


「なんだ、弟子には何も話してないのか?」


「若気の至りをおいそれと話したくはないですよ」


 そう苦笑しながら答える師匠に、オーウェンさんは意地悪そうににやりと笑った。


「じゃあ俺が話してやる! きっかけはこいつが突然現れて手当たり次第に何もかも破壊して周ってたのさ。世間じゃ黒い災厄なんて呼ばれてな、王家の騎士団やお抱えの宮廷魔法使いも全く歯が立たない状況だった」


「え? 師匠、そんなことしてたんですか!?」


 僕の詰問に、師匠は居心地が悪そうに笑って頬を掻く。


「だから言っただろう、若気の至りだと。まあ、色々とあったのさ」


「そこで俺の登場だ! 俺はこいつと三日三晩、いや、そんなもんじゃじゃなかったな。確か十日はぶっ続けで戦った。最後は俺が直接こいつをぶん殴ってぶっ倒し、俺の勝利ってわけだ!」


 ……魔法使い同士の戦いの会話とは思えないワードが飛び出した。魔力切れで肉弾戦にするしか手はなかったってことなんだろうか。まあ、確かにそうなったら師匠とオーウェンさんじゃ相手にならなそうだ。


「んで、捕まえたこいつをふん縛ってここに連れてきてな、皆と一緒に生活させてみた。最初は死ぬだの殺せだのいつも物騒なことをわめいてたが、百年も経つ頃になるとようやく丸くなってきてな。いつの間にか俺のことを師匠と呼んでた。弟子にしたつもりはないんだが、まあ断る理由もないしな。そんな感じだ」


「あの頃は完全にヤケになっていたんだが、ここで暮らすうちにね、人として生きるというのはどういうことなのかを皆から少しずつ教わったのさ。この町はそうしてワシを変えてくれた。そしてワシはこの町を出て、外の世界で暮らすことにした。この町の皆のような友だちを今度はワシの手で作るためにね」


 ようやく師匠の過去の一端を知ることができた気がする。それでも師匠はどこでどうやって生まれて、なんで黒い災厄なんて呼ばれるまで悪いことをしていたんだろうという謎は残るけど、きっとそれは教えてはもらえないだろう。


 そっちはとりあえず置いておいて、僕はもう一つ残っている謎を切り出した。


「一体この町は、いや、この世界は何なんですか?」


「この町はな、俺が外の世界から連れてきた身寄りがなく不幸の中にいた者達を集めて作ったもんだ。世界のあちこちを見て回るうちに、俺はそういう奴らを嫌ってほど見てきた。こいつらは外の世界じゃ一生救われない。だから俺は外の世界を真似てこの世界を作り、できる限りそういう奴らを集めてこの町を作った。こいつらの為のこいつらの手で作る理想郷になるようにな」


「理想郷……それを作るためだけに捨てたんですか? 伝説と呼ばれる数々の偉業や外の世界の名誉も名声も全て?」


「そんなもん、俺がやったことに対して誰かが勝手に付けたもんだ。俺に取っちゃ大した価値はないんだよ。見ろよ、この光景を。俺が大切なのは両腕に収まる程度で十分なのさ」


 そう言ってオーウェンさんは両手を広げた。そこには、互いに笑い合い、楽しそうに過ごす皆の姿があった。本来救われることのなかった人達を、オーウェンさんは自ら築き上げた全てを投げ売って救ったんだ。凄い。本当に凄い。

 僕は無意識のうちに、両目から大粒の涙を流していた。間違いない。この人は、本当に師匠の師匠なんだ。


「おいおい、何泣いてんだよ」


「ご、ごめんなさい。なんだか感動してしまって……」


「……良い弟子を見つけたな、ライア」


「ええ。小言が多くてちょっと生意気で気難しい所はありますが、優しくて頼れるワシの自慢の弟子です」


「師匠……」


 師匠と随分長く一緒にいたけど、僕のことをどう思っているかを聞いたことは一度もなかった。でも今、師匠はそれを話してくれた。僕のことをそんな風に思ってくれていたんだと感じて、僕は胸の奥が熱くなるのを感じた。ローブの胸の部分をぎゅっと握る。


「ああ、なんだかしんみりしちまったな。そうだ、そら!」


 そう言うとオーウェンさんは僕を抱き上げて肩車した。突然のことに僕はオーウェンさんの頭の上で慌てる。


「ちょ、ちょっと何するんですか!」


「町を練り歩くのさ。町の奴ら全員にお前を紹介してやろう。そら、行くぞ!」


「いや、恥ずかしいから降ろしてくださいって!」


 足をばたつかせて抵抗するけどオーウェンさんはがっちり僕の足を掴んで放してくれない。結局、僕達はそのまま町中を歩き回ったのだった。



 宴が終わった後、ワシは町外れの小高い丘に来ていた。そこには、師匠が巨大な酒樽を脇においてワシを待っていた。


「来たか。あの子は?」


「師匠が酔い潰したんでしょう。今は宿屋で爆睡してますよ」


「そうか。まあ隣に座れ」


 ワシが師匠の隣に座ると、師匠はジョッキを手渡してきた。ワシがそれを受け取ると、師匠は酒樽から柄杓ひしゃくで酒を汲んでワシのジョッキに注いだ。ワシはその酒をぐっと半分ほど煽る。


「お前が弟子を作るとは思わなかったぞ。そんな柄じゃないだろうに」


「友だちになってくれって言ったはずなんですがね、いつの間にか師匠にされてしまいましたよ」


「しかし砂の目、か。外の世界に出た時に伝手つてできな臭い噂を聞いた覚えがあるが、まさかお前の下にいたとはな。なあライア、お前分かってるんだよな」


「ええ。初めに会った時から覚悟はしてました。いつかその日が来るということを。だから、最後に師匠に見せたかったんです。ワシの、きっと最初で最後の弟子の姿を」


「……そうか。だがあの子の気持ちはどうする? あの子はお前に懐き過ぎてる。お前だって……」


「……」


「ふう、辛いな。お前も、あの子も。まあ飲め。ぶっ倒れるまで飲んで、今日は全部忘れちまえ」


 そうしてワシと師匠は夜が明けるまで酒を酌み交わすのだった。

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