第37話 一秒でも早く
「……ス……クリス!」
誰かが僕を呼ぶ声に気づき、僕は目を覚ました。一体何が起きたんだっけ。そう、確か何か爆発のような音がして……。
「クリス、無事か!」
声の主はオーウェンさんだった。オーウェンさんは僕に覆い被さるような体勢でいた。周りにいた鉱員さん達も心配そうに僕を見ていた。
僕は体をあちこち動かして具合を確かめてみる。ちょっと頭はフラフラするけど痛みはないみたいだ。
「オーウェンさん? 僕は……大丈夫みたいです。一体何が?」
「おそらく
「わ、分かりました!」
僕は砂の目を起動させて周りを見渡した。あちこちに人の魔力の気配が感じ取れる。でも、そのほとんどが今にも消えそうなほどに魔力の反応が小さくなってしまっている。深刻な状況であることは間違いない。
「これは……たくさんの人がひどい傷を受けているかなにかで、今にも死んでしまいそうです!」
「……そうか」
僕の報告を聞くと、オーウェンさんの顔つきが険しく変わった。何かを強く決意しているような、そんな表情だった。
オーウェンさんはその場にどかっと座る。
「お前らとクリスは外に出ろ。お前らは外の奴らと連携して何とか中の奴らを救え。クリスは町へ行ってライアを呼んでくるんだ」
「オーウェンさんはどうするんですか?」
「俺は維持している全ての魔法を解除して、鉱山にいる奴らの命を全力で繋ぎ止める」
そう言うと、オーウェンさんの様子が突然変わった。ほとんど魔力を感じなかったはずのオーウェンさんの体から師匠に匹敵する、いや、それ以上の魔力が
オーウェンさんは魔法の触媒となる水晶玉を懐から取り出すと自分の前に置いた。そして魔法の詠唱が始まる。
「生命を
その瞬間、水晶玉から蒼い光が膨れ上がる。膨大な魔力を含んだその光はあっという間に鉱山全体を包み込んだ。温かい、とてつもなく大きい何かに抱かれているような、そんな感覚がする。
「何をぼさっとしてやがる! 行け!」
オーウェンさんに喝を入れられて僕ははっとした。
「でも……こんな魔法を維持できるはずがない! 僕も残って僕の魔力も使って……!」
「バカヤロウ! お前程度の魔力でどうこうできるもんじゃねえ! お前が今本当に何ができるかを考えろ! 俺を助けたけりゃ、それを全力でやり遂げるんだ! 分かったらさっさと行け!」
僕はぐっと声をつまらせた。分かってる。僕の魔力じゃ一秒だって保たせられないことぐらい。それをオーウェンさんは自分の命をかけてやってるんだ。僕が、僕ができるたった一つのことは、早く師匠にこの事態を知らせることなんだ!
それを飲み込んだ僕は歯を食いしばる。
「……オーウェンさん、ここはよろしくお願いします。皆さん、行きましょう!」
僕は鉱員の皆と共に鉱山の出口に向かって走り出した。
◇
「やれやれ、やっと行きやがったか」
クリス達が出口に向かって走っていき、俺は一人きりになった。残りたいという気持ちは分かるが、あいつには一番大事な役目がある。
(さて、久しぶりにこいつを使ったが、こんなにしんどいもんだったかな?)
ほんの僅かでも気を抜けば魔法が解除されてしまいそうだ。
その時、全身の肌からピリッとした刺激が伝わった。全身が収縮していくようなそんな感覚が俺を襲う。
(始まりやがったか)
不老不死の魔法を解除した反動。何百年と蓄積されてきたそれは確実に俺の体を蝕みつつある。状況的には最悪だ。だが、
「さあ、ここが踏ん張りどころだぜ。大魔法使いオーウェンよ! 力を振り絞れ! 魂を燃やせ! あいつを信じろ! ふ、はははははははははは!」
俺は笑いながら水晶玉にさらに魔力を込める。誰一人だって死なせてやるものか。俺の家族は、絶対に俺が守る!
◇
「はあ……はあ! 見えた、出口だ!」
僕達はようやく鉱山の出口にたどり着いた。鉱山の外に出るとそこは命からがら逃げてきた人達でごったがえしていた。でも、鉱山の中に取り残されている人はたくさんいるはずだ。
「皆さん、ここの人達をよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ。クリス君も気をつけてな」
鉱員さんの一人から返事をもらうと、僕は身につけている装備を確認した。使えそうな道具はスクロールと魔力補充用のポーションが三本。他は邪魔なのでここに置いていく。
少しでも身軽になった僕はスクロールを紐解いた。
僕に転移魔法は使えない。他に移動用に使えるとしたら浮遊の魔法しかないけど、浮遊の魔法はとんでもなく魔力を消費する。ここまでの道のりじゃとても僕の魔力が持たない。それでも、魔力切れをポーションで繋いでいけばギリギリ町まで届くかもしれない。迷ってる時間なんてない!
「
呪文にスクロールが反応する。スクロールは僕の体に巻き付くように漂うと、僕の体がふわりと浮いた。
「いけ!」
僕の号令を皮切りに、僕の体は空をすごい速さで飛び出した。高さで消費する魔力すら惜しい。僕は地面スレスレを維持して飛んでいく。
自分の魔力がどんどん空になっていくのが分かる。これを師匠達は平気な顔をして使っているんだ。本当にすごい。
(まずは一本目!)
魔力が切れそうになるギリギリのタイミングで僕は懐からポーションを取り出し、歯で蓋を開けると一気に中身を飲み干した。空っぽになりそうだった僕の体に魔力が染み渡ってくるのが分かる。
しばらく行くと行く手に森が現れた。僕は高度を上げて森を乗り越えるかそのまま突っ切るか少しだけ悩んだけど、そのまま突っ切る道を選んだ。今は少しでも魔力が惜しい。二本目のポーションを飲み干すと、僕は森の中に突っ込んだ。
森の中に入った僕は木に激突しないよう細心の注意を払って飛んでいく。小枝が僕の体に引っかかって肌を切り裂く。太い幹を避けられずに打撲する。それでも僕は止まらない。どれだけ傷を負おうと、前を切り開いて進むんだ!
最後のポーションを飲んだ時、ようやく森を抜けた。地平線の向こうに町が見える。あとちょっとだ! 頼む、持ってくれ!
――しかし、それは叶わなかった。町の手前で魔力が尽きてしまったのだ。浮力を失った僕は地面に墜落し、受け身が取れずに勢いでもんどり打って倒れる。
……痛い。どこが痛いのかすらもう全然分からない。それでも、
(立て……進め……。立て! 進め!)
僕は起き上がると足を引き摺りながら歩き出す。大丈夫だ、歩ける。足は折れていない。残っているのはもう気力だけ。早く、師匠に会って伝えるんだ。
……一体どれだけ歩いただろう。いや、もしかしたら全然歩いてなかったのかもしれない。もう目の前が真っ白だ。僕の体は、いつの間にか地面に倒れ込んでいた。駄目だ、もう動けない……。
その時、僕の体が誰かに起こされた。ああ、僕の目に薄ぼんやりと映るのはいつもの見慣れた師匠の顔だ。でも珍しく師匠が焦ってる。そうだ、あれを伝えなきゃ。ほんの僅かに残った力を唇に込めて告げる。
「オーウェンさんを……助けて」
そう言った瞬間、僕の意識はぷつりと切れてしまった。
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