第33話 魔法少女は不滅なり

「やった!」


 茜達の攻撃がライアースを貫いたのを見て僕は思わず叫んでいた。茜達の鮮烈な一撃はライアースを飲み込み、ライアースは意識を失ったように失墜して地上に叩きつけられた。

 僕と師匠は目配せして地上に降りる。

 地上には次々に皆が集まってきた。最後に、宮子に肩を担がれた茜が息を切らしながら僕達に近寄ってきた。僕は興奮した口調で茜に声をかける。


「やったな!」


「見たかパチモン。ウチらが本気を出せばこんなもんや」


 そう言って茜は減らず口を叩く。そんな茜を宮子がたしなめる。


「駄目よ、茜ちゃん! もうパチモンなんて言っちゃ!」


「う……せやかて……」


 そう茜が口を尖らせて反論しようとしたその時だった。ざり、と砂を踏む音が聞こえて皆が弾かれたようにその音の先に頭を向けた。見れば、倒したはずのライアースがしっかりと両足で地面から立ち上がっている。その体は茜の攻撃でボロボロだけど、表情に宿る気迫は依然そのままだった。まさかあれを受けて動けるなんて……。

 ジョージがすっと前に出る。


「驚いたな。完全に仕留めたと思ったんだが」


「良い攻撃だった。実際、今の俺はかなりのダメージを受けている。これまでの戦いでは無かった事だ」


「ならどうする? 第二ラウンドといくかい?」

 

 くっとライアースが笑う。


「虚勢を張るなジョージ。今の一撃、お前達の全てを賭けた全力である事は分かっている。俺の目的はお前達の力を見るため。これ以上は無駄というものだ」


「けっ! 見逃してくれるってのか。お優しいことで」


「焦らずともいつか必ず決着の時は来る。魔法少女達よ。今回の勝負、預けたぞ」


 そう言い残してライアースは空に浮かび上がると、凄まじいスピードで飛んでいきこの場から離れていった。

 緊張の糸が切れたのか、ジョージがぶはあ、と大きくため息をつく。


「ああクソ、肝が冷えたぜ」


 ジョージがムキムキの姿から元の小さなマスコットに戻る。そして毛皮の中からごそごそとタバコを取り出すと、ライターで火をつけて一服し始めた。


「ジョージ! せっかくのチャンスやったんに、みすみす逃してもうてええんか!」


「魔力を使い果たしてすっからかんのお前が言うな。お前達はもう役に立たない。俺達の攻撃はライアースに通じない。これが最善だったのさ」


「せやけど……!」


「茜ちゃん、もういいよ。周りを見て。私達、皆を守れたんだよ!」


 宮子が嬉しそうに語る。その様子を見た宮子は小さく息をはくと、にっと歯をむき出しにして笑った。


「……せやな! ウチ達の大勝利や!」


 茜が笑ったのを皮切りに、その場にいた全員が笑い出した。そうやってひとしきり笑い終わると、茜が僕の前に出てきて右手を差し出した。並べて宮子も手を差し出す。


「悪かったな、パチモンなんて言うて。えっと、ブリジットやったか? ありがとうな」


「もういいよ、気にしなくて。改めてよろしくな、茜、宮子」


 そう言って僕は茜と宮子の手をにぎる。第一印象は最悪だったけど、これでようやく二人と友だちになれた。

 すると宮子は僕の肩に腕を回してがしっと掴む。


「よっしゃ! これでウチ達の戦力は倍増や! 一緒にディクテーターの奴らをいてこませたるで!」


「いや、ワシ達は元の世界に帰るよ。君達と友だちになるという目的は達成できたからね」


 それを聞いて茜が信じられないといった真顔の表情で師匠を見る。そして師匠から隠れるようにひそひそと僕に話しかけてきた。


「なあ、お前の相方ちょっと頭イカれてんか? ここは力を合わせて立ち向かおうとかそういう話の流れやろ? 空気読めへんのも大概すぎるで……」


「ごめん、ほんっとにごめん……。いつもあんな感じだけど、今日ほどあの人の事が分からなくなったのはないよ……」


 今日の師匠には常識は全く通じない。僕はもう完全に諦めてしまった……。

 行き場を失った怒りを吐き出すように、茜が空に向かって吠える。


「ってことはなんか? 結局お前達は好き勝手に引っ掻き回しただけやないかい! どうすんねん! 向こうは魔法少女が増えたって危機感で大攻勢に出てくるかもしれんのやぞ!」


「それに関しちゃ多分大丈夫だろう。ディクテーターの最高幹部があのザマだ。下手に手を出してくるような真似はしばらくは起きんだろうさ。少なくとも、ライアースの傷が癒えるまではな」


「へ? うーん、そういうもんなんか? ならまあ、ええかなあ……」


 ジョージに諭されて茜が腕を組みながらうんうんと唸る。あまり腑に落ちてはいない様子だけど、とりあえず納得はしたみたいだ。


 そこに師匠が口を挟む。


「なに、ピンチになったらいつでもワシ達の名前を呼ぶといい。マジカルスターとマジカルムーンはいつでも駆けつけるよ。なあ、お前さん?」


「へ? そ、そりゃあ助けてくれと言われれば行きますけど……」


「アホ抜かせ。お前達の力を借りんでもこの町の皆はウチ達で守ったる! なあ、宮子?」


「う、うん! でもどうしても駄目って時には呼ばせてもらうからよろしくね?」


「ちょ、宮子! せっかくウチがカッコつけたんに!」


 慌てる茜を見て皆が笑い合う。わだかまりはすっかりなくなって、僕達の間には暖かな空気が流れていた。


 しかし、楽しい時間も終わる時が来る。師匠が切り出した。


「さて、それじゃそろそろ帰るとするかね」


「あ、はい……」


 僕は後ろ髪を惹かれる思いで答えた。僕は存外、この世界というか茜達を気に入っていたみたいだ。

 それに気づかれたのか、茜が僕に近づいてきてバシンと僕の背中を叩いた。手加減なしに叩かれて僕は顔をしかめる。


「いった!」


「なに辛気臭い顔しとんねん。別に呼ばれなくたっていつでも遊びに来ればいいやろ。今生の別れやあるまいに」


「茜も大概空気読めないよな……」


「な、何やねん! まさかお前、ウチをこいつと同じやと思うとるんか!? それだけは聞き捨てならんで!」


「はいはいそこまで。茜ちゃん、巻き込まれるから離れるよ」


「は、離さんかい宮子! こんな屈辱を受けたまま元の世界に帰せるか!」


 必死の抗議をする茜を宮子が引き剥がす。こうして見ると、この二人って本当に良いコンビだなって心の底から思える。僕も身近に同じぐらいの友だちがいたらこんな感じになれるんだろうか、などとふと考えてしまった。


 師匠の転移魔法が起動し、僕達の足元に紫色の魔法陣が描かれる。僕達は茜達に手を振った。


「じゃあね、茜、宮子、ジョージ!」


「元の世界に戻っても元気にやるんやで!」


「さよなら皆さん。そしてありがとう!」


「達者でな」


 ジョージの別れの言葉を最後に、師匠の転移魔法が起動する。僕達は茜達の姿がにじんで消えるまで手を振っていた。


 そして僕達は元の世界の僕達の家に帰ってきた。そこは茜達のいた騒がしくも賑やかな世界と違ってさらさらと小さな音が流れる静かな世界。でも、ちょっとだけあのやかましい世界が恋しくなる自分がいる。


「さて、今回の旅は最高だったな! 魔法少女。実に素晴らしいものだった」


 感動の余韻に浸っている師匠を僕は呆れ顔で見つめる。本当に今回は師匠に振り回されっぱなしの旅だった……。


「師匠、もうこんなのはこりごりですよ?」


「いいじゃないか。楽しかっただろう?」


「それは、まあ……否定しませんけど」


 その時、グルタとノイが話に割り込んできた。


「それよりお前、いつまでその格好でいる気だ? 散々嫌がっていた癖に」


「やっぱり可愛いからずっとそのままでいるス!」


 二人に言われてようやく僕は自分の姿の惨状を思い出した。僕は師匠にすがりついて懇願する。


「師匠、お願いです! 早く服を元に戻してください!」


「いや、良い機会だ。慣れるまでしばらくそのままでいなさい。また向こうの世界に行く時はその姿になるんだし。……ああそうだ、良いことを思いついた! こっちでも魔法少女をやってみよう! これは面白いことになるぞ!」


「う……うわあああああああぁぁぁ!!!」


 ◇


「ん?」


「どうしたの、茜ちゃん?」


「いや、なんや世界の終わりのような悲鳴みたいなもんが聞こえたような。気のせいか?」


「大丈夫? 疲れ過ぎじゃない?」


「まあ今回は力を出し尽くした戦いだったからな。よくやったぞ、お前達」


「なんやジョージに素直に褒められると気色悪いわ……」


「それにしても、不思議な人達だったね。また、会えるかな?」


「きっとまた会える。でもそれはディクテーターとの戦いが終わった後でや! 平和な世界にしてからあいつらを呼んだろ! な、宮子、ジョージ」


「ああ、そうだな」


「うん!」


「そうと決めたらまた明日から頑張るで! 魔法少女ガーネットとアクアマリン。気合い入れ直して再出発や!」

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