第29話 本場の魔法少女

「一体! 何が! どうして! こんなことになっちゃったんですか!!!」


 あの後、僕達は質問攻めに合い、警察と呼ばれる人達には危険なことは止めろとこれ以上ないぐらいに怒られ、そこから逃げたはいいもののあちこちで散々追いかけられて町の広場に避難していた。ここには人避けの魔法が展開されているので、周囲には師匠とグルタとノイしかいないし入ってこられない。

 ようやく落ち着いたこの場所で、僕は溜まりに溜まった思いを師匠にぶつけていた。しかし、事を巻き起こした当の本人は僕がなぜこんなに怒っているか全く分かっていないようで……。


「どうだい、面白かったろう! この世界にはあんな感じの魔法少女というのがいるらしくてね。このために入念に下調べや準備をしたんだ。見なさい、この完璧な衣装を! 綺麗だろう? 魔法だってこのために専用のをいくつも作ったんだよ!」


 このはしゃぎようである。よっぽどその魔法少女とかいうのが気に入っているらしく僕に熱論を聞かせてくるが、正直僕にはこれっぽっちも響かない。訳も分からず大勢の中に放り込まれて晒し者になった僕の気持ちも考えてくれ……。

 と、そこまで思ったところで僕はようやく今、自分がとんでもなく恥ずかしい格好をしていることを思い出した。


「それより師匠! とりあえずこの格好を早く元に戻してください!」


「え? いいじゃないか、良く似合ってるし。なあ、グルタ、ノイ?」


「まあ普段の小汚い格好よりかは幾分かマシだな」


「可愛いス!」


「うっ……に、似合うとか似合わないとかじゃなくて! 何で僕がこんな恥ずかしい格好をしなきゃいけないんですか!」


「そりゃ魔法少女には相方が必要だからさ。マジカルスターいてこそのマジカルムーン、またその逆もしかり。まあお前さんがそこまで言うなら仕方ない。ローブだけは返しておこう」


 そう師匠が言うと、僕の上からいつも着ているローブが降ってきて僕の顔に被さった。僕は大急ぎでローブを纏って、この恥ずかしい格好が表に出ないように隠す。これでようやく人心地がついた……。

 ほっと一息ついた僕の額に、師匠の右人差し指がとん、と突かれた。


「ちょっと遅くなったが色々と情報を共有しておこう」


 その瞬間、僕の頭の中に大量の情報が流れ込んできた。この世界の事、魔法少女とは何なのか、そして師匠が作った魔法の数々など、それらが流れたのは一瞬だったけど、僕の頭の中にしっかりと刻み込まれた。


「この世界ではその魔法以外を使うのは基本的に禁止だ。ああ、浮遊ぐらいは使ってもいいがね」


「え! 本気ですか!?」


「ワシ達は今は魔法少女。ならば魔法少女らしくせんとな」


 と言われても、師匠が僕に伝えてきた魔法はどれも恥ずかしいものばかりで正直使いたくない……。


 その時、広場の入り口から砂を踏む足音が聞こえて僕は弾かれたように顔を向けた。人避けの魔法はちゃんと発動している。普通の人ならこの広場に入れるはずがない。つまりこの足音は……。


「見つけたで! このパチモン! こんなけったいな魔法で人払いしてコソコソ隠れよって!」


 現れたのは二人の少女だった。

 一人は少し赤みがかった髪をしていて、こっちを思いっきり睨みつけている。勝ち気な性格がこれでもかというぐらい表に出ている感じだ。

 もう一人は腰まで伸びた黒髪が印象的な子で、さっきの子の影に隠れるようにして僕達の姿を覗いている。どうやらもう一人とは対象的に内気な子みたいだ。


 突然現れて僕達を偽物呼ばわりされ、僕の頭にかっと血が昇った。


「いきなりなんだお前達は! 大体僕達が偽物ってどういうことだよ!」


「うっさいわパチモン! 何勝手に魔法少女名乗っとんねん! こっちは良い迷惑や!」


「お前さん、ちょっと落ち着きなさい」


「茜ちゃんも喧嘩腰は止めて! これじゃ話し合いにならないから!」


 掴みかかろうとしたところを師匠に羽交い締めにされて、僕は茜と呼ばれた少女から引き剥がされる。向こうも同じようにもう一人に止められていた。

 しばらく何とか逃れようともがいていたけど、途中から何だか馬鹿らしくなってしまって僕は抵抗を止めた。すると師匠はようやく腕を離してくれた。


 一方、向こうの方はと言うと未だ収まる気配がない。赤髪の女の子がこっちをギリギリと睨みつけて突進しようとしている。もう一人の女の子は力が弱そうなので、また突っ込んでくるのも時間の問題だろう。


「どうします? この状況……」


「ふむ、何とか話を聞いてもらえればいいんだが」


「面倒な。力で屈服させればよかろう」


「いやグルタ、ドラゴンの流儀じゃ何の解決にも……」


 その時、少女の目の前に白い何かが現れたかと思うと、手に持った白い棒状のものを少女に思いっきり叩きつけた。バシーンという小気味よい音が響き、少女の頭が大きく仰け反る。


「い……ったぁ! いきなり現れてハリセンでどつくなジョージ!」


「少し落ち着け茜。お株を奪われて怒るのは分かるが、問答無用というのは魔法少女のやり方じゃあない」


 そう言って、空中に浮いた白い何かは、どこからか取り出したタバコを口に加えて火を着けた。紫煙がタバコから立ち昇る。

 大きさは小さくなったグルタやノイと同じぐらい。それはふわふわの白い毛に大きな巻角を持っていて、どうやらこの世界で言う羊という動物の姿に良く似ていた。目には鋭角をしたサングラスをかけていて、ゆったりとタバコを吸う姿は何だか男らしい。これがハードボイルド、というやつだろうか。

 一服したジョージと呼ばれる羊が、口に加えていたタバコを僕達に向ける。


「さて、それじゃあ話し合いの時間だ。とはいえ、お互いが何者か分からんのでは話が進むまい。まずはこちらから自己紹介させてもらおう。俺はマスコットのジョージ、そしてこっちの赤髪が新道茜、もう一人が小鳥遊たかなし宮子。二人とも魔法少女だ。ほら、挨拶だ」


「……茜や」


「宮子です。あの、よろしくお願いします」


 茜はぶすっとした表情で、宮子はおどおどとしながら僕達に挨拶した。次はこちらの番だ。師匠がすっと前に出て彼らに挨拶する。


「ワシはシャーロット、こっちの子はブリジット。それでこの竜とウサギの子が……」


「グルタだ」


「ノイス」


「ふむ。竜とウサギ、か。俺の世界、ティグルランドにはいない種族だ。いや、違うな。お前達全員がそもそもこの世界の住人ではない。どうだ?」


 ジョージに僕達の素性をピタリと当てられて僕は目を丸くした。グルタやノイはともかく、僕達はそこまで容姿に彼女達と大きな違いはない。それでも違う世界から来たと断言されたのには驚いた。


「ああ、その通りだ。でも良く分かったね」


「本来、魔法少女というのはティグルランドの住人が適正のある子供を見つけて合意の上でなるものだ。だが、この二匹はティグルランドの出身ではない。つまり、お前達は元々魔法が使え、自らの力のみで魔法少女になったのではないか? しかしそれができる子供などこの地球上には絶対に存在しない。ならば他の世界から来た、という方がまだ説明がつく。かなり強引な推論だが、どうやら的を射ていたようだったな」


「ならやっぱりパチモンやんけ!」


「落ち着けと言っている」


 また茜が僕達に向かって飛びかかろうとしたけど、その瞬間の完璧なタイミングでジョージのハリセンが顔面に決まった。茜は両手で顔を押さえてその場にうずくまる。


「だから痛いて! パンパン気軽にハリセンでどつくなていっつも言うてるやんか!」


「だったらいちいち噛み付くな。話が進まん。さて、ここで問題になるのがなぜお前達がこの世界にやってきたか、だ。問おう。お前達は一体何をしにこの世界に来た? 返答次第では、無理矢理にでも元の世界にお引き取り願うことになるが……」


 ジョージの目が一際ギラリと鋭くなった気がした。その迫力は思わず後ろに後ずさりしてしまいそうになるぐらいだ。しかし、師匠はまっすぐジョージを見て言い放つ。


「それは……魔法少女が大好きだからだ!」


「な、に?」


「だってそうだろう? 魔法少女は愛と勇気と友情を持って、弱きを助け強きをくじき悪と戦う。それはとても……ああそうだ、とても素晴らしいことだ! 感動すら覚える! ワシはそんなお前さん達に惚れ込んでこの世界にやってきた。お前さん達と友だちになるために!」


 熱を持って語る師匠に、ジョージは口を半開きにしたまましばらく放心していた。しかし、喉の奥からクックック、という低い笑い声が聞こえたかと思うと、ジョージは大口を開けて大声で笑い出した。


「ガッハハハハハハハ! こいつは傑作だ! 俺達と友だちになるためだけにわざわざこの世界にやってきて、魔法少女の真似事をしてたってか! いいねえ、俺は大好きだぜ? そういう大馬鹿は!」


 そう言いながら、ジョージはずっと笑っていた。後ろでは茜と宮子が何かを諦めたような表情でジョージを見ている。

 ジョージはひとしきり笑い終わった後にゴホンと咳払いをする。


「ようし、分かった。お前達が嘘をついている可能性もあるにはあるが、正直俺にはそんな風には全く見えん。ここは一つ和解といこうじゃないか」


「な、ジョージ! そんなパチモンを認めるんか?!」


「確かに表を取り繕った魔法少女かもしれん。だがその情熱は本物だというのは十分伝わった。こうして話も通じるんだ。わざわざいがみ合う理由はあるまい? 宮子はどう思う?」


「わ、私は……悪い人では、ないと思う」


 おどおどとこちらを見ながら宮子が答えた。それに満足そうに頷いたジョージが茜に声をかける。


「これで二対一だ。いつまでもくだらん意地を張るな、茜」


「……うっさいうっさい! 説教なんて聞きとない! ウチ達だけが魔法少女なんや! パチモンに仲間になってもらいたくなんてないわ! バーカバーカ!」


 そう言うと、茜は両目いっぱいに涙をたたえながら踵を返して広場から走って出ていってしまった。残された宮子はどうしようとその場でオロオロしている。

 ジョージが小さくため息をつく。


「すまんな。あいつはきっと突然のことに戸惑ってるんだ。ずっと俺達でこの町を守ってきたからな」


「心情は理解するよ。さて、それよりもだ。どうやらまたお客さんのようだ……」


 そう言って師匠は空に目を向ける。そこには、真っ黒な色をした人形ひとがたの何かが空を飛んで僕達を見下ろしていた。何だか、すごく嫌な感じがする……。

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