師匠、魔法少女になる
第28話 灰色の世界へ
最近、師匠の様子がおかしい。このところ食事の時以外、ずっと自室に閉じこもっている。
何をしているのかとこっそり様子を見に行ってみると、水晶玉の中をニヤニヤしながらじっと見つめているかと思えば、すぐに羽ペンを取り出し何かを忙しなく書き留めている。
この時はどこかの様子を水晶玉を通して覗いているだけと思って、深く立ち入ることはしなかった。別に師匠が何を見ていようと僕には関係ないと、そう高をくくっていたのだ。それが生涯最大の間違いだったと気づくのは、しばらくしてからのことだった……。
◇
その日、僕がいつものように日の出と共に起きてリビングに降りると、そこには珍しく師匠がいた。椅子に座って優雅にお茶を飲んでいる。
でもこの時、僕は強烈な違和感に襲われた。師匠の姿が変なのだ。師匠が姿を変えているのはいつも通り。でも今日は僕と同じぐらいの背格好をした少女の姿をしている。背格好はともかくとして、性別まで変えているのは見たことがない。
なんだろう、根拠はないけど何かとてつもなく嫌な予感がする……。
「あ、あの師匠、おはよう、ございます?」
「ああ、おはよう。さて、起きてきたばかりですまないが、今すぐ出かける支度をしなさい」
「へ? あ、は、はい……」
僕は師匠に急き立てられて僕は自室に戻る。普段はどこか行く時はまず朝食を食べてからなのに、今日はそれさえ省いている。何か待ちきれないといった様子に見えた。
僕はいつもの格好に着替えると、師匠の元に戻った。すると、そこで思いも寄らない光景を目の当たりにする。なんと、グルタとノイがいつのまにかリビングに来ていたのだ! しかも二人ともなぜか僕の肩にちょうど乗っかるぐらいにちっちゃくなって、テーブルの上に立っている……。
「グルタ! ノイ! なんでここに!?」
「
「ワタシもギルさんが迎えに来てくれたス。フレッド君と約束したスよね、今度一緒にどこかへ出かけようって」
「あ、ああ……。そうだけど、なんで二人ともそんなにちっちゃく?」
「二人にはマスコットをやってもらおうと思ってね」
「マスコ……? え、何ですそれ?」
突然師匠から謎の言葉が飛び出した。マスコットって一体何だ?
「まあ今は分からなくてもいいさ。さて、それじゃそろそろ出かけるとするかね。お前さん達、ワシのそばに来なさい」
師匠に
「でも師匠、行くってどこに?」
「それは着いてからのお楽しみさ。さあさあ早く!」
……いつものらりくらりしているはずの師匠のテンションが不自然なぐらい高い。僕の中の不安がどんどん大きくなるけど、残念ながら僕に拒否権なんてなかった。小さくため息をつくと、僕も師匠のそばに近寄る。
師匠が右手を地面に付けると、紫の魔法陣が現れる。そして次の瞬間、僕達はこの世界から姿を消していた。
◇
光が収まって目を開いた僕の視界に飛び込んできたのは、灰色の立方体が地面からいくつも突き出している光景だった。僕達はその一つの天辺に立っているらしい。
それにしてもうるさい世界だ……。僕達の下からはひっきりなしに何かが鳴り響くような大きな音が響いてくる。ちょっとこの音に慣れるまで時間がかかりそうだ。
「なんだか変な世界ですね」
そう言いながら僕は立方体の端まで近づき、そこから下を見下ろす。道の中心は乗り物のようなものが行き来していて、動物が引いているわけでも、何か魔力を感じるわけでもない。一体どうやって動いているんだろう?
さらに驚いたのは人の多さだ。道の端いっぱいに人が並んで歩いている。僕の世界の大きな街の大通りでさえこんな人通りは見たことがない。
そこに師匠が近づいてきた。
「この世界に魔法は表向き存在しない。その代わり科学というものがあってね。ほらチヅさん達の事を思い出してごらん。厳密にはちょっと違うが、まああんな感じだ」
「へえ、なるほど」
師匠に言われて僕はチヅさん達のことを思い出した。確かにチヅさん達の乗ってきた船を思い浮かべると、感覚的にこの世界は近いかもしれない。
その時、ポツリと師匠が呟いた。
「さて、そろそろかな?」
「え? 一体何が……」
僕が師匠に聞き返そうとしたその時、下から人の悲鳴が聞こえた。何事かと覗いてみると、何やら一角だけスペースが空いていて人が取り囲んでいる。その中心には男と、男に羽交い締めにされている女性が見えた。ここからじゃ遠すぎて見づらいけど、男は何か銀色に光る何かを手に持ってるようにも見える。
「そら始まった。さあお前さん達、行くぞ!」
「え? ちょ、ちょっと何ですかいきなり!」
「俺達も行くぞ」
「ハイス!」
突然、師匠に首根っこを捕まれて僕達は立方体の上から飛び降りた。風を切って僕達は地上に向かって落ちていき、地面に激突する直前にふわりと浮かんで音もなく着地した。
降り立った場所はさっきの空いていた場所だ。周りの人達が、何事かと僕達に視線を向けている。正直、こんなに注目を集められると視線で体に穴が空きそうだ……。
「な、何だこのガキども! どっから湧いて出やがった!? それにそこで浮いてる変な生き物も……!」
男が僕達に向かって怒鳴りつける。見れば、男は手に刃物を持っていて、刃先を女性の首元に押し付けているようだった。どうやら女性は男に脅されているらしい。下手に刺激すると大変なことになりそうだ。
その時、師匠がすっと右腕を上げた。その手にはいつの間にか、黄色い星と白い羽根が意匠されたステッキが握られていた。そして師匠が叫ぶ。
「マジカル……フォームチェンジ!」
その瞬間、僕達は黄色の光に包まれた。見れば、師匠の服が光り輝き、短いスカートにフリルの付いた可愛らしい派手な黄色の衣装に変化していく。
もう駄目だ、何が起きているのか僕の脳が全く追いついていかない……。
「おい、お前の姿も変わっているぞ」
「……え? ええええぇぇぇぇ!!!」
完全に放心していたところをグルタに指摘され、僕は自分の体の変化にようやく気づいた。いつの間にか右手には三日月と羽の意匠がされたステッキを握っていて、服装も師匠とお揃いの服に変わっていた。ただ、師匠の方は黄色だけど僕のは白が基調だ。
僕は慌ててスカートの前と後ろを両手で押さえながら師匠に向かって怒鳴りつけた。
「師匠! 一体何の真似ですかこれは!」
けど師匠は僕の抗議などどこ吹く風か。手に持ったステッキを男に突き付けて高らかに宣言した。
「魔法少女マジカルスター、そしてマジカルムーンここに推参! 私が来たからにはもう大丈夫! さあ、痛い目に合いたくなければ早くその人を解放しなさい!」
「……ふ、ふざけんな! ガキの遊びに付き合ってる暇はねぇんだ! オラ、さっさといなくならねぇと、こいつの代わりにお前を刺してやろうか!」
男は女性の喉元に突き付けていた刃物を師匠に向けて振りかざした。
「グルタ君、今ス!」
その時、ガキン、という音と共にナイフが男の手から弾け飛んで地面をカラカラと転がった。隙を見たグルタとノイが飛び出し、男の手からナイフを叩き落としたのだ。
「あ……ち、クソが!」
一瞬男はあっけにとられていたが、男は捕まえていた女性を突き飛ばすと、師匠に向かって突撃してきた。体格の小さい師匠を今度は人質にするつもりだ。けど、それを許す師匠じゃない。
師匠はステッキを頭上高く掲げると呪文のような何かを唱える。
「星の光は悪を絶対に許さない! マジカルパワーセットアップ! スターライトブラスター!」
「な! あがががががががが!」
師匠のステッキから謎の黄色い光線が飛び出して男を襲う。男は苦しそうに両手を空に上げて断末魔を上げると、口から泡を吹き仰向きに倒れてしまった。
全てが終わり、周囲に静寂が流れる。しかし次の瞬間、その場にいた人達から割れんばかりの喝采の声が上がった。
「きゃー! 可愛い! え、何これ? ドラマかなんかの撮影だった?」
「見て見てママ! 本物の魔法少女のお姉ちゃん達だよ!」
「そうね。かっこいいわね」
人々の視線を受けて可愛らしくポーズをとる師匠とは対象的に僕の方はもう気が気じゃなかった。こんな恥ずかしい格好をさせられて、その上衆人環視なんて冗談じゃない! 僕はせめてもと両腕で体をなるべく隠しながら、顔を赤くしているしかなかった……。
その時、一つの動く箱から何人も人が飛び出して人の波をかき分けてきた。その人達は僕達の前に辿り着くと、僕達に長い棒のようなものを突き付けて話しかけてきた。
「皆さん、御覧ください! この二人が人質事件を解決したとのことです。ええと、お二人は魔法少女という情報が入ってきているのですが。それは本当なのでしょうか?」
そう僕達に問いかける女性に対して、師匠がピースサインで応える。
「はい! 私達、マジカルスターとマジカルムーンはこれからもたくさんの人達を助けていきたいと思います。だから皆さん。私達のこと、応援よろしくお願いします! ほら、ムーンもこっちへ来て! せーの、ピース!」
「ぴ、ぴーす……」
もう一欠片さえ抵抗する気力もない。師匠に肩を抱かれて僕達を写している箱に向かい、魂が半分抜けかかっている状態で僕は何とかピースサインを送るのだった。
◇
「な、何やこれ! 一体誰やねんこの二人は!」
「ひゃ! ど、どうしたの急に大きな声出して……?」
「どうもこうもあるかい! これ見てみい!」
赤毛の少女が黒髪の少女に向かってテレビを指差す。そこには二人の少女が事件を解決したとニュースで大々的に放送されていた。そこには魔法少女というキーワードがこれでもかというほど大きく取り沙汰されている。
「魔法少女って……ええ! 何で公の場に魔法少女がって、この子達だれ!?」
「は、どうせパチモンや! 見とれよパチモン、絶対探し出してこの落とし前つけさせたるからな!」
そう言って、赤毛の少女が両手の指をバキバキと鳴らす。
こんなことが起きているなど、テレビの中の二人は知る由もなかった。
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