第27話 そして夜は明ける
あの夜の出来事が終わり、それから僕達は三日三晩リーリアに付き添って看病した。
いくら僕が魔力経路を繋いでリーリアの命を守っていたとしてもリーリアにかかっていた負担は尋常ではなく、診療所のベッドの上でリーリアは何度も危険な状態に陥った。それでも僕達は必死に手を尽くし、ようやく落ち着いたのが日も変わりかけた三日目の深夜だった。
僕はいつの間にか眠ってしまっていたけど、僕の肩が誰かに揺さぶられる。
僕と師匠はリーリアが眠っている病室にいた。カレット先生は病室にいない。多分、リーリアが安定してる間に他の病室を見て回っているのかもしれない。
僕と師匠は目配せして立ち上がり、病室を出た。すると、その先には僕達が出てくるのを待っていたかのようにカレット先生が立っていた。
「行くの?」
「ああ、もう大丈夫そうだからね」
「そう。その……ありがとう、リーリアを救ってくれて。そしてごめんなさい。あなた達には何度もひどい態度を取ったわ」
そう言って、カレット先生が僕達に頭を下げる。あのカレット先生がこんな風になるなんて、この村に来たばかりの頃からは想像もできない。僕達はようやく、カレット先生に受け入れられたんだ。
「なに、気にすることはないさ。先生の気持ちが分かるとは言わないが、事情はある程度知っている。先生、よく一人でここまで頑張った。ワシはそれに敬意を払うよ」
師匠の言葉に、弾かれたようにカレット先生は顔を上げる。暗くてよく分からないけど、その目には涙が
「そう、ね。でも結局、私ではリーリアを守れなかった。なんだか、心が折れてしまったみたい。もう、医者をやっていく自信がないわ」
そう言って先生は悲しそうに顔を歪ませる。けどそれは違う。僕はそれを否定しようとした。
「でも先生! あれは病気じゃありません。悪魔憑きという全く別のものです。だから先生が気に病む必要は……!」
「でももしまたあれが現れたら? 私はあれに対して無力だと思い知ってしまった。また同じことが起きたら、きっと私は逃げることしかできないわ」
「何だ、そんなことか。だったらまたワシ達を呼べばいい」
「……え?」
カレット先生は全く思いもよらなかったという感じでぽつりと呟き、大きく目を見開いた。
「先生、あんたは一人で何もかも抱え込みすぎだ。人は一人ではちっぽけな存在に過ぎない。それが二人、三人と繋がることによってできることがどんどん増えていくんだ。それに、友だちの頼みとあればなおさらだ」
「とも……だち? え、一体いつの間に?」
「おや、そう思っていたのはワシらだけだったかな? ワシ達は力を合わせて一人の少女を助けた。その関係は友だちといっても差し支えないと思ったんだがね。なあミョシュア?」
「え? あ、はい! もちろんです!」
突然話を振られてどぎまぎしながらも僕は自分の本心のままに答えた。もう出会った頃の先生じゃない。僕は今の先生に強い好感と尊敬の念を覚えていた。
「友だち……そっか、友だちか。はは、そういえば私はもうずっと一人だった気がする。誰かに頼ることができるなんて考えもしなかった。あの人が死んでから全部、私が何とかしなきゃって……ああ、あああ……ああああぁぁぁぁぁ!」
堰を切ったように、カレット先生が両手で自分の目を押さえて泣き出した。
本当はずっと怖くて辛かったはずなんだ。全部自分ひとりで背負い込んで、助けを乞うことも泣くことも許されず、村の皆に不安を与えないよう気丈に振る舞っていた。
それが今、師匠の言葉でカレット先生は救われた。自分ひとりだけじゃない。誰かに頼ってもいい。そう言われることがどれだけ嬉しいか、師匠に合う前はずっと一人だった僕はそれを痛いほど知っている。まるで、かつての僕を見ているようだった。
師匠が泣いているカレット先生を尻目に歩きだし、外に出ようと玄関のノブに手を伸ばす。その時、僕は大切なことを忘れていたのを思い出した。
「師匠、ちょっと待っててください」
僕は踵を返してリーリアの病室に入る。その中心のベッドには、リーリアが安らかな寝顔を浮かべて眠っていた。僕はリーリアのそばにそっと近づき、リーリアの耳元へ口元を寄せて小さく告げる。
「またね、リーリア」
そう言った瞬間、リーリアの表情が嬉しそうに
僕はこっそりと病室を抜け、師匠のそばに立つ。師匠がゆっくりと玄関の扉を開いた。と同時にドアの隙間から鮮やかな一筋の光が差し込んだ。また、新しい日が始まったんだ。
◇
「さて、今回の旅はどうだったかね?」
「僕は天涯孤独の身です。だから母親というのがどういう存在なのか、良く分からなかったんです。でも今回、カレット先生を見て初めて思いました。母親というのは本当に凄い存在なんだって。きっと、僕だったら途中で折れてしまっていた」
「羨ましいかい? リーリアが」
「……ええ、ちょっとだけ。でも大丈夫です。僕には師匠がいますから!」
「ほう、それは光栄だね。でももし、お前さんの母親が分かるとしたら会ってみたいかい?」
「よく……分かりません。僕を捨てた人に会いたいとは思えない。でも、カレット先生を見て僕のお母さんもそんな人だったのかもしれないと思う自分もちょっといるんです」
「そうか……」
そう答える師匠の横顔を僕は見る。その時の師匠の顔はとても辛そうで、まるで泣いてしまいそうだったんだ。でもほんの一瞬で元に戻ったから、もしかしたら僕の見間違えだったのかもしれない。一体その時、師匠は何を思っていたんだろうか。
◇
それから後、カレット先生は無事医者を続けることを決めたみたいだ。その評判は村の外まで響き渡り、今では噂を聞きつけた人たちが
リーリアはもうすっかり良くなって、今ではカレット先生の助手として、そして診療所の人気者としてカレット先生を助けているらしい。
今日もまた、僕達の友だちは忙しくも楽しく幸せな日々を過ごしている。
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